見出し画像

生きるための希望をつかむ #03 fuzkue

もう何度きたかわからないくらい東京に遊びにきているのに、カフェだけは決定打がみつかっていない。札幌のカフェはレベルが高いというのは常々思っていて、同じくらい気に入るカフェにはなかなか出会えていなかった。けれど今回、ようやく「ここだ!」に出会えたような気がする。

ツイッターで長いあいだ静かにフォローさせてもらっている方が紹介されていたフヅクエさん。本を読むための空間というなんとも惹かれるそのコンセプト、おいしそうなメニュー、店主の日記の雰囲気、目指す空間でありつづけるためのこまかい注意書き、と枚挙に暇がないほど興味のわく場所は谷川俊太郎展会場のすぐそばに位置し、俊太郎展に行ったその足で直行するプランは誕生日の大きなたのしみになった。

お店に入るとカウンター席とどっしり構えられたソファー席があって、最初はなんとなくカウンターに腰をかけようと思ったのだけど、シンプルな椅子で向かうカウンター席は疲れた身体にすこし不安を感じさせたのでおひとりさまソファ席へ。これが驚くほどふかふかで、しかも前後にほんのりゆれるタイプの、え、これは赤ちゃんのゆりかごですか…?という心地よさのソファ。すっぽり包まれて座ると目の前には本棚カウンター席本棚。BGMにささやかな音楽。持ちやすく安定感のあるグラスには湯気のいっさい立たない白湯。超適温。ソファ脇のカゴにリュックとコートをどさっと置いていると「入口にハンガーあるのでよかったら使ってください」とさりげなく教えてくれる。過不足ないサービスと距離感、これはなるほど本の読める場所だった。

お手洗いは入口横にあって、わたしが用を済ませてお手洗いの扉を開けるとちょうど新しくお客さんがきたところでちょっとした鉢合わせ状態だったのだけど、そのお客さんがなんと、わたしがこの店を知るきっかけになったツイッターの方だった!とはいえ直接の面識はゼロだし(彼女のお友だちの投稿写真から彼女の雰囲気はよく知っていた)、話しかけてもわたしはただの知らないひとでしかないし、そもそも私語厳禁のお店だし、彼女だってプライベートの大切な時間を過ごしにきているわけだし…ということで、「個人的にはものすごい有名人で、自分としてはファンに近いような気持ちの特別なひとを、同じ空間で遠巻きに認知する」という時間を静かに過ごすことになった。まさかここで見かけるなんて。

本当はこの場所でホットコーヒーを飲んで読書をしたいと強く思っていたのだけど、思ったよりからだが温まったまま来店してしまったので冷たいものが飲みたかった。喉を潤したい、ジュースとかの気分でもない、アイスコーヒーは夕方6時のこのタイミングで飲むと夜ご飯に影響が出る、うーーーーん…とおそらく15分ほど悩んで決めたのはジンジャーエール。ロックグラスに四角い大きな氷が2つはいってやってきたそれは、存在感でもう合格。優勝です。しかしほんとうの戦いはここからです。どうせ優勝されているのでこの先の展開も読めますが、まあまあ、飲みましょう。

「おいしい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

おいしいが爆発した。これはこれはこれは。最高のおいしさを顔面で表現しながら飲んでいたわたしの姿を、キッチンにいる店主はみてくれただろうか、いやそんなわけはない。ちょっとくらいみてくれてもよかったんだけど。おいしすぎて顔面にとどまらず首とか手とかばたばた動いたような気もする。それもこれも仕方なかった。だってすっごくおいしいんだもん。根底にうすく広がるほんのりした甘さがまずやさしくやってくる。喉の奥で現れるしょうがの確かなさわやかさ。全体をきちんとまとめるよい強さの炭酸水。大きな氷にロックグラス…。さすがとしかいいようがない。ジンジャーエールというお世辞にもメインメニューとはいえないこいつがこのレベルならもうここはどうしようもない最高の地の予感しかしない。はあ、最高。

とまあ、おいしさに出会った衝撃と喜びをこれでもかというくらいに書きましたが、実はわりとこの展開は予想していて。というのもわたしは数年前、ここの店主が岡山で立ち上げたカフェに訪れたことがあった。そこでもやはり大変よい場所をつくられていたし、なによりお昼の定食プレートが最高においしかった。店内にあるやさしい注意書きや案内書きにもやわらかくユーモアに富んだセンスが感じられて、岡山に住んでいたらここで働きたかったなと思えたお店。札幌に帰ってきてからも熱がおさまらず、ラブレターを送りつけてしまったお店。そのお店を立ち上げた方が営むお店だということを知ったのは、このお店を知ってしばらくしてから。あのお店とこのお店がつながったとき、これはもう間違いないと確信したし、このジンジャーエールを飲んでそれはもう揺らぐことのない事実に変わった。すべてが大正解。

店内には店主の私物本がずらりと並ぶ。読んでみたかったあの本もこの本もあって迷って迷って、1冊手に取っては少し読んで、は~なるほど良い…となっては棚に戻す。店内の蔵書で手に取りたくなった本は実用書に近いものが多くて、それは最近偶然読んだ吉本ばななを皮切りにやってきているうつくしい日本語ブームのさなかにいるわたしにはちょっと現実的すぎたので、数冊を試し読みしてはよさを確認しておしまい。結局俊太郎展で購入した図録本の日本語を愛でることにした。本を読むための店で読む彼の言葉は格段にしっとりして、重みがあり、屋久杉の前で佇んでいるような気分になった。

そうしてよい時間を過ごしていたら、今日お世話になるお姉さんから連絡が入る。合流できるめどがたったとのこと。おいしいご飯を一緒に楽しみたかったけれど、せっかくだからここでなにかフードメニューも注文したい。あと温かい飲み物も。ということで、サンドイッチと紅茶を追加注文した。

目の前の本棚とソファ席の間には人ひとりが余裕で歩ける程度のスペースがあって、壁側から、 ソファ→スペース→本棚→スペース→カウンター席 というつくりになっている。ソファと本棚のあいだのスペースを店奥に進むとそのままキッチンゾーンにつながるつくりなので、お店の方は配膳時にソファと本棚の間を直進してくれば早いのだけど、あえて本棚とカウンター席の間のスペースに迂回してからこちらまでやってくる。そのおかげで、静かに読書をしている客の目の前を通ることがない。本の世界に浸っているひとの邪魔を徹底的に避けるこの店のやさしさだと思う。そうしてやってきたサンドと紅茶は音を立てることなく静かにテーブルに置かれ、ポットサービスの紅茶には保温カバーがかけられた。サンドを食べようとして気づいたけれど、カトラリーを使わない食べ物って読書にはあんまり相性がよくないのだな、手が汚れてしまう可能性があるから。けれどこのサンドイッチ、片面が軽くトーストされているので、やわらかくふにゃふにゃしてつい具がはみ出る・手が汚れるという心配がない。トースト面を下にすれば安定して難なく食べられて、やっぱり流石なのだった。そしてトーストもさることながら、感激したのは紅茶だった。セイロンティーのナイスな加減。少し熱がとれてから口にしても、口の中に濃さが残ることなく、ベストな味わいで口を通過する。大変よい加減の紅茶。家でもこんなふうに淹れたい。

追加注文も平らげ、程よい時間になってお会計を済ませる頃。いつものわたしだったら会計時に「すごいすごいいい場所でした…あと岡山もあそこもすごいすごいすきで…めちゃめちゃいいですありがとうございます札幌からきましたもうほんとよかった!!!です!!!!」とお伝えしているのだけど、なんせお話厳禁のこの場所だし、店主の方ももちろん寡黙だし、今回は伝えたいことを全部紙に書いてテーブルに置いた。けれど店主が外出されていて、キッチンカウンターにいたのは親しみやすい綺麗さのあるお姉さん。女性というだけでやっぱり話しやすさがある。というわけで「ごちそうさまでした…わたしきょう札幌からきたんですけど…」とひそひそお伝えしたら「ぇえっ!ええっ!は?え?!札幌?サッポロから?!?!?!」と非常によい反応をもらえたので「そうなんです~、札幌から谷川俊太郎展に…誕生日旅行で…」と追加でお伝えすると「えええうわああおめでとうございます!えっとえっと…(周囲を見渡す)これどうぞ!これしかない!」とクッキーをくれた。遠慮なくいただく。 そうして肝心のお会計は、実際請求された額よりも数百円多めに出した。というのもこのお店、HPでもメニューの説明でも、「心遣いとしていくらか多くくれるお客さんがいて、そういう支援のしかたもありがたいです」とはっきりと書かれていたので。なかなか来られないわたしのような人間はそういうことがいちばんわかりやすく応援できる。支払いを終えてお店を出ようとしたらお姉さんがドアの外まで送ってくれて、外で改めて普通の声量でお話をする。本当によいお店だったこと、ツイッターでずっとすきな方が推していて知ったこと、そして今日その方と偶然会えてしまったこと、岡山のカフェも大好きなこと…気づいたらテーブルに置いたラブレターの内容を全部お姉さんに話してしまった。こういうちいさなコミュニケーションタイムをあいしている。いい空間でいい時間だった。ほっくほくの気持ちで次の約束がある西荻窪に向かった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?