出航

吐き出すことなく溜め込んでいた怒りが頂点に達した。するとすぐに、人が数人乗れるだけの小さな船の船長が「出航です」と静かに合図する。煮えたぎった怒りは船を動かす燃料となる。長いこと海底に下ろしていた碇はあっさりと外されて、さっと次の航海へ出た。小さな船はメンテナンスが行き届いていて、いつだって旅立つことができる。

怒りを原料とする燃料の補給はまあまあしんどい。目的地により燃料が異なる仕様のエンジンで、ここではそれが”怒り”であったから、今回の寄港は大変なものだった。世の中の不条理をかき集めていると、そのドロドロしたものが自分自身の中にも蔓延って、病原体を体内から追い出すように発熱し、常に心身が炎症していた。

もう一歩も動けなくなるくらい散々歩き回って分かったことは、ここには何もないということだ。資源は吸い尽くされ、光や希望みたいなものは枯れ、生命は硬直し、すべては失われて本当に何もなかった。ドロドロに腐敗したプライドと化石化した人間だけが取り残されている、生命の循環が破綻した島だった。

港を出る数日前、町内放送を流す物凄い音のするスピーカーから、弾けるように音楽が鳴り出して街中に響いた。掻き鳴らされるエレキギターと狂気じみた叫ぶ歌声。声の主は怒っている、この腐敗した世を。私はこれを出航のファンファーレにすることにした。

冷めた私は先へ行くけど
叫ぶように歌う彼の声が
この島の人間にも届くといいなと願う
まだ生きている者がいるのなら

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