大丈夫って言ってくれた

5年ほど前、高校生の時に買ってもらったゴミ袋みたいなジャンパーを着た僕は、つじあやのさんの「風になる」を爆音で聴きながら自転車を漕いでいた。

岡山城と後楽園を横目に、一級河川の旭川に架かる旭大橋を渡る。目的地の区役所はまだ遠い。

基盤丸出しのiPhone5と100均のイヤホンは接触が悪く、曲が途切れるたびに立ち止まってジャックをガショガショやっていると、後ろから呼び止められた。

「外しなさい、イヤホン外しなさい」

「はぁ、ごめんなさい」

「危ないから」

「すいませんけど、区役所の分庁舎ってどこにあります」

「イオンの裏手じゃけど」

「ありがとうございます。今から障がい者手帳貰いに行くんです。精神の3級です」

「そうなん、イオンの裏手」

多分こんな会話をしたことを覚えている。誰でもいいから自分の現状を把握しておいてほしい気持ちが溢れ出すぎた結果、注意された警察官に赤裸々に告白してしまった。

警察の姿が見えなくなってから、もう一度イヤホンをする。しかし、何度ガショガショしても音は聴こえてこない。完全に壊れてしまった。

「陽の当たるう、坂道おぉ、自転車で駆っけ!の!ぼ!るぅ!」

無音のイヤホンを装着し、奇声を上げて橋を下る。

お前街で有名なアホになるで、最高やな。十五歳の自分に話しかけて心を保つ。

そして昨日、就労支援センターでスタッフの木下さんとした会話を思い出す。

「手帳持ってようが、なかろうがあんたの価値は変わらんのよ、お守りみたいなもんだからね」

「ええこと言いますね。リアルの1巻思い出しましたわ」

「だいぶパクってた?」

「俺の大事な人生の節目を漫画の名言ですまそうとすなよ」

「気をつけて行きよ。あと、今週も読まれたん?ネタ。」

「まだわかりません。読まれてたらまた自慢します」

「男でも引く下ネタまた送ったん?」

「それしか送ってない」

「じゃあ、安定しとるな。大丈夫よ。」

会話を反芻していると、いつの間にか市役所に着いていた。

申請書の控えやら、引き換え書類やら、自立支援制度の紙やら、身分証明書やらをバラバラ取り出して受付の人に渡す。

「掛けてお待ち下さい」

もうすぐ正式に健常者じゃなくなる。

背もたれなしの正方形の椅子に座り、緊張を紛らわすためスマホを弄っていると投稿していたラジオ番組が違法アップロードされていた。

採用されたかすぐに確かめたくて、死んだイヤホンを何度も抜き差ししていると、奇跡的に音が聴こえる差込み加減のポイントを発見した。

ホストがフルーツの盛り合わせを運ぶ様に手のひらでスマホを掲げ、頭をもたげてラジオに集中する。ネタコーナーが始まった。

「岡山県のベランダ、、、」

よいしょっ、と呟く。これから障がい者になる事など一瞬で忘れ、山里さんの声に神経を更に研ぎ澄ませた。


続く。

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