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今朝の感情を[Spotlight Insight]

夏休み中だから、
当然のように我が家でも、
子ども達の生活リズムは狂い、
遅く寝て遅く起きるなんてことが続いている。

そこは都合よく目を瞑り、
そんな夏休み中に子ども達はよく近所に住む義父母の家に泊まりにいく。

正直なところ、
義祖父母に対して、僕自身があまり良い感情を抱いてはいない。

がために、義祖父母の家にもあまり泊まりに行ってはもらいたくない。


ということで今回の[Spotlight Insight]は、

・義祖父母の家に行ってほしくない
・義祖父母の家でご飯食べてほしくない

という感情を私自身が抱くことにテーマを絞って考察してみよう。

まず前提として、
決して義祖父母を心から嫌いで、口も聞きたくないというわけではなく、
人としては悪い人達ではないし、
勿論人生の先輩として学ばせて頂くこともたくさんある。

子ども達も可愛がってくれるし、
玄関の靴は揃えなさいとか、
ご飯を頂く前に「頂きます」をちゃんとしなさいとか、
お茶碗の持ち方、お箸の持ち方もちゃんとするようになどの教養的な部分も教えてくれる。

そう考えると、
こんなに恵まれた環境はなく、感謝しかない。

子ども達も義祖父母になついており、
よくよく思い返してみたら、自分も子供の頃よく隣家の祖母のところに遊びにいってたし、
そこで感じたことや教わったことって貴重よなという思いもあるから、
一概にダメーーーとはしたくない。

では、なぜそんな感謝しかないような環境で、子ども達が義祖父母のところにいくことを好ましく思っていないのか。


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大きな要因の一つは、
義祖父母に対して、信頼していないということであろう。

信頼というかリスペクトしていない。

義祖父母のところに預けるとだらしなくなるから嫌だという感情が沸いている。

夜遅くまでテレビみていても注意して寝かせることはないだろうし、

ご飯も栄養バランスを考えて作ってくれているわけではない。
むしろ、ひどい場合にはコンビニ食やカップラーメンなんてこともあるのではないかという疑心。

この疑心が、子ども達を義祖父母の家から遠ざけようとする起因に違いない。

そう疑心するには、今までの付き合いの中でそう思うに値するエピソードがいくつもあるわけだが、

では、なぜそうあって欲しくないのだろうか。

ダラしない大人になって欲しくないからだ。

詰まるところ、私自身が義祖父母に対してダラしない大人だとレッテルを貼っているということである。

では、それに対して私は至極立派か?と問われれば、

そんなことは全くないのである。

むしろ私の方がダラしない部分なんてたくさんあって、
子どもを育て上げたという意味においては、義祖父母の方が何倍も何十倍もすごい。

それを別角度から分析してみると、

私自身がもっと立派にならなくてはと思いながらも、
それが出来ていない自分に対して甘い現状があって、

それを自分の将来像になりえるかもしれない義祖父母に重ねてイライラしてしまっている可能性も伺える。

そして悲しいかな、僕がどうこう躍起になったところで、義祖父母の人生を生きているのは義祖父母だし、子どもの人生を生きているのは、子ども達自身であって、そこをどうこう自分の思い通りにだけすることは無理があると同時に、そこに絶対的正義、絶対的正解なんてものは存在しない。

故に何かや誰かを咎めるよりも、しっかりとそれを受け入れた上で、
自分自身の成長につなげる
ことの方がよっぽど有意義だ。

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ともすると、
今回の[Spotlight Insight] の終着点としては、

義祖父母の家に泊まることで生じる負の感情を永遠ループで改善しない状態でいるよりも、

自分自身が襟を正すための行動起因に変えることで、

自己成長につなげようというところで収めることとしよう。






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