僕の移動祝祭日

クリスマスはクラフトジンで横浜デート。
夜になって、ちょっとまえまでバイトをしていたのに、彼女はきてくれた。
僕は下見でもしつつ、横浜の異人街のある山手をぶらぶらとしていた。
クリスマスでほかにもカップルが多かったけれど、事前に予約しておいたから、彼/彼女らには関係なく、店に入った。

あとで港の見える丘公園で夜景でも見にいこっかなんて話していたけど、たのしくて、結局夜更けまではなしこんでしまった。

その夜、彼女は過去のことをよく喋った。まえにもぽつぽつと話すことはあったけど、ここまで話がおよぶのは初めてだった。そのなかみはあらゆる思春期の女の子が通過するようなつらい経験だったけれど、それをたった2、3年前まで女子高生だった彼女の口から聞くのは生々しかった。
そして、村田沙耶香さんの『しろいろの街の、その骨の体温の』がすきなの、と彼女は言った。

いっしょの初詣までに、『しろいろ』を読んでおいた。境内で待つときにでもその感想をシェアしようかと思っていたけど、やめた。彼女の経験したことがあまりに『しろいろ』に似ていたからだった。クリスマスの夜に、話が深まって僕に話してくれたことだったのだと、あまり触れないようにして、ふたり同時に柏手を打った。

ものがたりへの思い入れを見る度に、その人の失望やかなしみの深さを想う。

(2022.1.11 ある媒体に掲載)

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