「塩で除草」は本当に危険か?

結論先に書いておきます

・塩を撒くと永遠に何も生えてこない死の大地になる
→そんなわけない(が、少なくとも耕作や園芸は厳しくなりそう)

・塩分が流出して近隣の耕作地がボロボロになる(あるいは近隣住宅の基礎がボロボロになる)
→基本的にはなさそう

・河川や地下水への汚染が起こる
→なさそう

・近隣一帯の地価が下がる
→多分なさそう

・建物の基礎や配管がボロボロになる
→場合によってはあり得る

よって、言われてるほど危険じゃないけど使用には注意が必要、という感じ

おもしろみのない結論だ

この話題、定期的にバズっている気がする。

土地に塩を撒けばたちまち命は死に絶え、コンクリートは腐食し、元の大地には永劫戻らない。それだけにとどまらず撒かれた塩は雨水に乗って流出し、近隣の住宅や農地に甚大な被害をもたらし、果ては河川に流れ込んで生態系を破壊する……らしいが、流石にそんなわけなくないか?と思ったので調べてみた。

論点の整理

上記ツイートへのリプライや引用リツイートで塩による除草のさまざまな問題点が指摘されているが、それらはおおよそ下記2ツイートの内容に集約されると思う。

まとめると、
①塩は土中で分解されず、無差別な除草効果が長期間残ってしまう。
②塩分の流出により周辺の土地にも多大な影響が出てしまう。
③地下水や河川へ流れ出た塩分が環境に悪影響を及ぼしてしまう。
④土地の塩分濃度が上がり、地価が下がってしまう。
⑤鉄筋コンクリートや地下のインフラ設備にダメージを与えてしまう。

以上5点について考えることで塩による除草の危険性(もしくは安全性)を検討したい。


①塩は土中で分解されず、長期間残るのか?

これについては否定しないし、否定する必要もない。そもそも除草のために塩を撒いているのだから、その成分が残り続け雑草の繁茂を抑えるのならむしろ喜ばしいことではないだろうか。ただ、この"長期間"というのが具体的にどれほどの期間を指しているのかははっきりさせる必要がある。こちらの論文を見れば、津波により塩害を被った水田が、降雨のみによって稲作が可能なまでに回復していく様子が分かる。もちろん、庭や公園と水田とでは土壌の水はけや排水設備にも大きな差があるため、この論文をそのまま援用することはできないだろうが、少なくとも塩の影響が「半永久的に」残るなどということはなさそうである。

また、この論点と直接関連はしないものの、植物に対する塩の害が過剰に高く見積もられていることについても指摘したい。当然だが、土壌に対する塩水の影響はその濃度、分量、散布頻度などによって異なる。適切な分量であればむしろ作物の生育や品質によい影響を与える場合もあり、塩を撒けば必ず土地が死ぬかのような言説はあまりに大げさである。(参考:塩類土壌下で生育が促進したのはなぜですか?ーみんなのひろば)

※ とは言え、雑草が死滅するほどの塩を撒けばほとんどの作物が生育できない環境になると思うので、後々植物を育てるかもしれない土地に塩を撒くべきではないことは間違いない。


②塩分の流出で周辺の土地に影響は出るのか?

これに関しては、まず、塩分の移動とは何なのか、どのようにして流出が起こるのかを考えなければならない。
除塩対策に関する基礎情報1.溶質移動の基礎と除塩(石黒宗秀)によると、土中塩分の移動は、溶媒である水によって運搬される移流と、分子のランダムな運動に起因する拡散によって引き起こされるという。
勾配や高低差のない地形で、ある土地からの排水が隣接する土地へ一方的に流れ込むというのは考えづらいから、ここでは(水平方向への移動については)拡散による塩分の移動のみに注目していいと思う。

除塩対策に関する基礎情報1.溶質移動の基礎と除塩(石黒宗秀)

表1を参照すると、拡散による塩分の移動ではたった10cmの土壌を進むのに3ヶ月弱、6年かけても50cm程度しか拡散しないということになる。当然それだけの時間が経てば雨水によって鉛直方向への移流が起こり、地表部分の塩分濃度は相当に下がっていると考えられる。これが果たして、隣接地への多大な影響・甚大なる被害と呼べるだろうか。
農水省の除塩マニュアルを確認しても塩害が無差別に拡大することへの注意や対策は特に記載されていない。排水や導水の仕組みによっては塩分が他の土地に流れ込むことがあるとされているものの、これはやはり"移流"の問題で、"拡散"の影響はそこまで大きくないように思える。

※1 とある津波被災地では瓦礫や土砂の堆積によって排水設備が機能しなくなり、結果として流れ出た雨水(塩水)が下流の別の耕作地に流れ込む二次塩害が起きたという。このような話が伝言ゲーム的に広がり、「庭に塩を撒くと流出した塩分で二次被害が起こる」という言説が生まれたのかもしれない。

※2 隣接地への影響が全く出ないという話ではない。勾配や高低差、そのほか何らかの状況で土地の排水が隣接地に流れ込みうる場合は当然塩分による問題も起こると思う。また、散布した塩水や塩の混じった砂埃が飛散することで近隣に影響が出る可能性もある。(参考:塩を除草剤として使用した場合の害について)


③地下水や河川に溶けた塩分は環境に悪いか?

結論から言えば、環境への影響はほとんど無視できると考えられる。

国土交通省の報告書によれば、秋田、福島、新潟の3ヶ所において下表のように融雪剤(塩化ナトリウム)を散布し、流入した河川の水質を測定したところ、「河川に流出した道路用凍結防止剤が水生生物に影響を及ぼす濃度に達する可能性は低いと言える」との結果が出ている。

道路用凍結防止剤の河川への影響調査

また同報告書から、散布された融雪剤の約7割が側溝を通じて流出しているとの調査結果も出ている。すると、調査地点となった秋田の橋梁部では一日あたり28~56kgの塩分が河川へ直接流入していたことになるが、それでもなお「水生生物に影響を及ぼす濃度に達する可能性は低い」のである。
だとすれば、庭や公園に定期的に散布される塩が、土壌から少しずつ流れ出し、やがて川や地下水に到達するとしても、その影響は無視できるほどに小さいと言えるのではないだろうか。

※ たとえば10%食塩水100Lを週に一回散布し、仮にその全てが河川に流れたとしても、週あたり10kg、日あたり1.4kg程度になる。


④土地の塩分濃度が上がると、地価は下がるのか?

この話はかなり胡散臭い。まず、いくら調べても塩分濃度と地価の関係についての一次ソースが出てこない。参考になるかと思い環境省ホームページの土壌環境基準を確認してみたが、塩分濃度に関する項目は存在しない。また、実際に土地売買に際して塩分濃度を測ったとか、それによって価格が上下したというような体験談も見つからない。
さらに、土地の塩分濃度に関する注意喚起をしている不動産関連の人物や団体が見つからない。もし仮に塩を撒くことで本当に地価が下がってしまうのだとしたら、どうして彼らはそれを看過しているのだろうか。

Googleで日付指定検索をしてみると、どうやらこの「塩分で地価低下」理論の初出は2015年頃のようだ。
絶対にやってはいけない!「塩」による「雑草対策」
探した限りでは、この記事以前に塩と地価を関連付けている人間はいない。サイトを読んでもらえれば分かるが、「半永久的に」「深刻な」「お子さんや孫の代まで」など、具体的な根拠も示さず強い言葉で塩による除草の危険性をアピールしている。現在、「塩 除草」などのワードで検索すると、このサイトを含めアイ・エイチ・エスという資材販売会社のページが複数ヒットするが、その情報は本当に信頼できるものなのだろうか。

塩分濃度によって地価は下がるのか、というこの問題については否定する根拠も肯定する根拠も見つけることができなかった。が、これほどの大きな危険性を肯定する根拠が全くないというのは不自然に思える。その不自然さをもって、この論点は否定してしまってもいいような気がする。

※ 詳細な分析をしたわけではない個人的な印象だが、2015年に上記サイトが出るまでは(というかその後もしばらくは)塩による除草についての意見は中立的なものが多いように見受けられる。2019年にハナタカ優越館が炎上して以降ポツポツと塩の危険性を語るサイトが増え、いつの間にかネット上では「塩=絶対悪」が常識となってしまった。その"常識"の中には上記サイトの内容がそのまま引き継がれている。


⑤塩の散布は、鉄筋コンクリートや地下のインフラ設備にダメージを与えるのか?

鉄筋コンクリートについて
塩水が鉄筋コンクリートを腐食させるメカニズムについてはこちらのサイトが分かりやすい。塩水が直接コンクリートを溶かすわけではなく、ひび割れ部から内部に浸透し、鉄筋と反応することで全体の強度が低下してしまう。このひび割れは肉眼で目視できるとは限らず、また地中にひび割れがあった場合気付きようがないので、基本的にはコンクリート付近では塩を撒かないのが無難だと思う。
しかし、②の論点でも述べたように塩分は水平方向へはそれほど移動しないため、ある程度の距離をとって散布すればコンクリートへの影響は小さくできる。少なくとも、一部で言われている「近隣一帯の基礎がボロボロに…」などという事態は起こり得ない。また、今回話題になったツイートでは遊具の腐食を心配する声も多いが、これに関しても同様、遊具付近には塩を散布せずそこだけ手作業で抜くなどすれば容易に対処できそうな気がする。 

地下のインフラ設備について
これについては判断ができなかった。水道管やガス管の材質について簡単に調べてみたがかなり種類が多く、それぞれの耐塩性や使用率に関するまとまったデータもなく、調べる労力と得られる情報が全く釣り合わなかったため調査と考察を断念した。が、たとえば水道管として使用される塩化ビニルはかなり強い塩耐性を持つらしく、必ずしも塩がインフラを破壊するわけではないらしい。

・まとめ
鉄筋コンクリートと地下のインフラ設備、どちらにしても影響が全くでないということはなさそうな気がする。しかし塩を撒かずとも自然の風雨によってあらゆる人工物は常に劣化し続けているわけで、塩の危険性というのはそれとの比較で語られるべきではないだろうか。塩による影響が風雨による影響と比べて相対的に十分小さければ、塩を撒くことに特に問題はないはずである。「塩による影響がある」という一点のみで塩が危険だと結論付けるのは科学的な態度ではない。
とは言え、結局のところ両者を定量的に比較するデータがない以上は塩を使うときは人工物(特に金属)に注意した方がいいというのは確かかもしれない。

結論:「塩で除草」は本当に危険か?

①~⑤の考察を踏まえれば、少なくともインターネット上で叫ばれているほどの危険性がないことは明らかだろう。塩での除草を推奨するわけではないが、除草剤に比べて遥かに安価であることを考えればひとつの有効なライフハックと捉えてもいい気はする。
現在ネット上に蔓延っている「塩での除草は危険」論の骨子には、ひとつの資材販売会社が製品の販促のために打ち出した過剰な言説をもとにしている部分があり、手放しで受け入れられるものではない。"少し調べれば分かること"が真実とは限らないことを改めて意識する必要があると思う。

ここまでの内容は、素人がネット上で集まる情報だけをもとに考えてみただけのもので、論理の飛躍や資料の恣意的な読み取りが多分に含まれているはずなのであまり信用しないでください。ご精読ありがとうございました。






おまけ

なめくじが塩を批判してるの面白い
庭に撒いた塩:発言小町


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?