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『バイトの面接に遅刻しそうだったが、どうやら遅刻していたの世界の方だったらしい。』

2021/12/19 @スタジオ空洞

劇団だるめしあんさんへ
日曜18時の回で観ました。アンケートを送る場所が見当たらなかったのでこちらに感想を貼っておこうと思います。

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まず水沢くんが面白かったです。冒頭なので脚本自体の勢いもあると思いますが、2番目、3番目の世界でも水沢くん出てこないかな〜と淡い期待を抱いていました。突飛な設定や煙たがられがちなテーマを、上手く笑いで包んで観せてくれた序盤でした。

「女性が大人になるとゴリラになる」という一文から、芥川龍之介の「あばばばば」のような、女(あるいは母)が世俗的な強さを獲得する神話を風刺する作品なのかと予想していました。これについては川上弘美『三度目の恋』(中央公論新社、2020年)の一節が面白いです。

「『子どもができると、女のひとは、強くなる?』
今度は高丘さんが、わたしに聞きました。
『まさか。子どもって、そんなふうに人を鍛えるための道具みたいなものとは、ちがうでしょ』」(p.172)

私の予想とは違って、今回の劇では、ジェンダーを置換する上でメタファをより伝えたいイメージに近づけるための装置としてゴリラが使われていました。アフタートークで触れられていたように、私も序盤から『BEASTERS』を思い出していました。
『BEASTERS』の面白い点は、肉食/草食の線引きとは別で男/女の線引きも生きている世界観なので、単純に両性を入れ替えただけでは当てはめきれない構造になっている点だと思います。実社会の写しに一枚別の構造を噛ませることで、風刺作品が産んでしまいがちな地獄を回避しながらフィクションとして上手く成立している。そして動物が可愛い。
「動物が可愛い」に当たる役割は「水沢くんが面白い」が果たしてくれたと思うのですが、後半にいくにつれて登場人物たちの会話で教科書的・ステレオタイプ的な部分が増えてきたので、やりすぎかなと思うこともありました。現代的な概念を分かりやすく説明してくれている点を評価する反面、この作品を観に来る客はそもそもある程度ジェンダー関連の予備知識を持っている人なのではないかと思うので、ベースラインからさらに新たな視座が出てきてほしいなと思いました。

ゴリラの使い方が予想と違ったという話は先にしましたが、「女(あるいは母)が世俗的な強さを獲得する神話を風刺する」という要素も作中に含まれていたのを思い出しました。水沢くんとDVD店員たちの会話が、性的身体の自由の概念を踏まえて書かれていますね。女子でも(劇中では男子でも)エロに興味はある、けどおじさんに(劇中ではゴリラに)痴漢されるのは違う、みたいな発言です。上野千鶴子が言ってそう。

サイボーグ兄妹の会話はまとめに入ろうとしている作為を感じてしまったのが少し残念です。女子(劇中では男子)が医学部に入りにくいという話題が出ましたが、自分が医学部に入れなれなかった要因として社会的なバイアスがあることを、この兄はそう素直に自覚できないのではないかと思いました。原因は個人or環境と考えたとき(本来原因は個人and環境ではあるが)、この兄は個人(=自分)に原因を求めそうだなと。
余談ですが「だいたいみんなサイボーグだよ」がツボでした。

男女の力関係が反転を繰り返す構造が、やがてサイボーグの世界へ、たくさんのパラレルワールドへと拡張し、様々なifを混ぜこぜにして外に出る(観客のいる世界に出てくる?)エンドでした。ジェンダーを置換し、解体し、攪拌し、最後、「遅刻していたのは世界の方」のタイトル回収が見事でした。
飛んでも飛んでも世界が遅れているという展開は絶妙な問題提起だ思います。時代が下ればユートピアは訪れるのか?これについては、サイボーグ兄妹の場面がやんわりとNOを出していたように思います。フェミニズムはたしかに女性の権利を開拓してきたし、かつてはなかった言葉や概念が産み出され、それらが少しずつ波及しつつある現代ですが、現状は概念を置き去りにして言葉ばかりが飛び交っているように思えてなりません。あるいは、劇中でDVD店員が「今の時代それダメだから」と言っていたように、ダメな理由は検討されないまま言論だけが封じ込められる、優しさの皮を被った保身のセンシティビティーが社会を覆っているように思います。今回の劇は、世界が進んでいる/遅れているという直線的な価値観では解決しきれない問題があることを示唆する終わり方だったと捉えています。

また、映像関連の知識はゼロなのですが、ビンタの演出や事後の前田さんがカメラ目線でぺこっとするカットなど、楽しい映像演出でした。

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ここ半年ほど"対ナンパ師・簡単かつ安全な意趣返し"を考え中です。劇中の「逆ナンですか?」「逆…?ではないですね」が面白かったので、今度機会があれば(あと勇気があれば)使ってみたいのですが、どうでしょうか。

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