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夏のスケッチ

2023/7/29

横断歩道の向こう、真っピンクのシャツの男が小玉スイカを脇に抱えて立っているから、夏だと思った。信号は長く変わらなかった。私は、プールの底に放り込まれたような気持ちでそこにいた。蝉の声が遠くて、空が高くて、緑が濃くて、なにか大事なことを思い出しそうになった瞬間、パッと青信号が光った。

世界が音を取り戻し、私は雑踏に紛れて歩き出す。すれ違いぎわ、小玉スイカの男のシャツをよく見ると、小さなフラミンゴの柄が散りばめられていた。

駅へ続く階段を登ると、2年前に潰れた駄菓子屋が葬儀屋になっていた。「かぜのひろば」と書かれた空き地に風はなく、時計は2時を指していた。自販機の向かいのベンチで、ホームレスが手すりを腹に抱えるように体をくの字に曲げて寝転がっている。暑くて、私も眠かった。とにかく眠かった。

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