知ってるけど知らない人の話

最寄駅から自宅までの間にスーパーがある。

ごくありふれたスーパーだと思う。物価には疎いけど、売値はおそらく特別高くも安くもないだろう。頑張って移動すればもっと安売りの店もあるのかもしれないが、特に平日は帰り道に夕食の買い物などしたいので、結局ここに寄ることが多い。夜遅くまで開いているのもありがたい。

このスーパーのレジに「推しメン」がいた。
二十歳過ぎくらいかな、という年齢の男子。
別に他の店員さんの態度や作業に問題があるわけではないのだが、彼のレジ対応は頭一つ抜けていた。柔らかな表情で「いらっしゃいませ」を言い、スムーズに商品をレジに通し、ポイントカードやお釣りを丁寧に受け渡ししてまた柔らかく「ありがとうございました」で締める。露骨に「キビキビしています!」という雰囲気を出すのではなく、全てをごく自然にこなしているのが良かった。

毎回彼のいるレジをわざわざ選んでいたわけではないが、しょっちゅうお店に行くので途中で顔は覚えてもらえたようだった。アクシデントで前の客の対応が長引いた時に「すみませんお待たせして」「いやいや大丈夫ですよ」などとほんの少しルーティンから外れた会話をするのも楽しかった。

彼の姿を見かけなくなってしばらく経つ。
辞めたのだろうが、何もわからない。知るすべがない。
大学を卒業したのか、もっといい働き口が見つかったのか、それとも単に飽きたのか、何もわからない。
そもそも彼の年齢も、学生なのかどうかも、何もわからない。
名前すら、名札についていた名字は目に入っていたはずだが、もはやぼんやりとしか記憶にない。

わざわざ他の店員さんに確かめるほどのことではない。
近況が知りたいとか、接客に好感を持っていたことを伝えたいとか、友達になりたいとか、全然そういうことではない。
悲しいというほど悲しいわけでも、寂しいというほど寂しいわけでもない。

でもたまに、ああもう会うことはないんだなあ、と思うことがある。

という話。

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