密告(密会)(内科医律 vol15)
桜の開花も聞こえてきそうな春分を間近に控えた3月中旬、律はいつものように午後の外来を終えて医局に戻っていた。しばらくやり残した雑務などを片付けてから帰宅しようと考えていたのだが、18時近くなったその時電話が鳴る
「はい、神宮寺です」
「あ、事務の者ですけどメルカディオファーマの真中さんという女性の方が先生に御面会出来ないかとのことなのですが」
メルカディオファーマの真中とは冬の社内講演会の後に律の話に興味を持ち、帰りのタクシーの中でも話し足りずにもう一件付き合って飲んだMRの真中伊織だ。
「あ、構いませんよ、医局まで上がってきてもらってください」
たいていは外来時間中の最後の時間あたりを狙って来る事が多いのでこの時間帯に訪問されるのはあまり経験がなかったが、面識のない相手でもなく、他の医者は皆帰宅したあとだったため律は受け入れた。
ほどなく医局のドアがノックされる。
律「はい、どうぞ!」
「失礼します」
真中伊織の申し訳なさそうな表情がいきなり見て取れた。
「先生こんな時間に申し訳ございません」
律「この時間に珍しいですね?それにしてもだいぶ久しぶりでは?」
前回律の話を食い入るように聞いていた割にはその後の訪問があまりなくすっかり律の頭の中から彼女の記憶が消えそうなほど久しぶりの訪問だったのだ。
「本当に申し訳ありません、ちょっと社内でゴタゴタしまして、なかなか御面会も出来ずにおりました」
前回の夜はその後も日付が変わるくらいまで律の話に聞き入り
「また近いうちに御面会もお願いします」と言って別れていたので
これだけ間が開いての面会に真中伊織は恐縮しきりであった。
律「まぁいろいろあるよねw 座ってください」
「失礼します」
あの夜とは違い完全仕事モードの真中伊織は固い表情のまま座り話し始めた。
「実は先日先生とお話させていただいた時に御質問いただいた点で面白い話題がありましたのでお持ちしたんです、とても会社の名前を出して出せる話ではないのですが・・・」
律はその内容を一通り目を通してから顔を上げ真中伊織の方を見た。
不安そうな顔をしながら律を見つめる真中伊織の手は若干震えているようにも見えた。
「どうでしょうか、先生」
真中伊織は不安げに律に尋ねた。
律「これはなかなか凄い話だけどとても表に出せる話じゃないね」
「はい、そうなんですけど、先日の先生の話をお聞きして先生にだけは見ていただきたかったので・・・」
律「とりあえず返します、でもさすがに院内でこれを見せられても返答に困るしこれ以上言いたい事も言えないので場所変えようか?この後時間ある?」
「もちろんです!」
不安そうだった真中伊織の顔は一気に晴れたように見えた。
律「じゃあ19時過ぎにここで待っててください」
「承知いたしました!」
そういう真中伊織はあの夜の無邪気な彼女に戻りつつあるように見えた。
to be continued
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