再会は突然に 内科医律 Vol11
「以上のように、内服薬に頼らない医療により、知らず知らずのうちに起きている医原性の副作用を防ぎ、また別な側面からは医療費の削減も視野に入れられると考えます、癌の治療などに関しても・・・」
と律が話かけた時、聴衆の中の一人が声を上げた。
「神宮寺君、癌の治療には三大標準療法言うてな、手術、放射線、化学療法、この三つが全てやねん!エビデンスはこれしかないねんな、君もそれはよう知っとるやろ?そのほかの選択肢を患者に提示するなど訴訟にわざわざ足突っ込みに行っとるようなもんやさかい、やめときや」
痛烈なヤジを飛ばしたのは関西の癌治療のドンとも呼ばれている
国際大阪学院大学医学部の岡野教授であった。
長いものには巻かれることしか知らない周囲の医師達は岡野のヤジに呼応するようにヤイノヤイノ声を上げていた。
「えぇ、皆様、現在はまだ発表中ですので、静粛にお願いします」
座長がその場を収めるがザワツキは完全に収まることはなかった。
律は気を取り直して発表を最後まで終えると
律「以上です、御清聴・・とは一部の方はとても言えませんでしたが
ありがとうございました」
律はたっぷり皮肉を込めてそう言い放った。
座長「それでは神宮寺先生に御質問のある方は挙手願います」
待ってましたというかのように手を挙げたのは先ほどヤジを飛ばした岡野の愛弟子とも呼ばれる准教授の葛永だった。
「貴重なお話ありがとうございました。先生のおっしゃることはわからないでもないですが、先程当教室の岡野教授もおっしゃられたように、現在の保険医療において、三大療法以外の治療を施す、医者が勧めるというのはエビデンスがなく、訴訟リスクも高く、やはり現実的に難しいかと思いますが、それでも先生は今の御姿勢を改めるつもりはないということでよろしいのですね?」
口調は岡野と比べると丁寧だが、もはや脅迫とも取れるような内容の質問に律は驚きながらも『奴ら』が相手であれば想定内でもあった。
「御質問ありがとうございます、いや、もう御忠告と捉えてしまってもよろしいですね。今先生がおっしゃったお言葉は結局はあなたがたの保身に関する内容しかないように思えるのは私だけでしょうか?それが岡野教授を代表とする国際大阪学院大学医学部の総意ということと捉えさせていただきます。」
葛永「君、教授に何と失礼な!謝りたまえっ!」
と葛永が言い終わる前に律はさらに続けた。
「三大療法、それで治った患者さんは良いでしょう。しかしながら手術不能で放射線、化学療法しか選択肢がなく、それも癌腫によっては奏効率のかなり低い治療しか選択肢にない現状はどうお考えでしょうか?今あなたたちがやっているのは結局他にやれることがないから奏効率の低い治療を唯一のエビデンスと患者を唆し、本来効果のあるかもしれない他の選択肢を閉ざし、結果悪化したらホスピス送りにする、そんな医療としか思えませんが、医者というより鬼畜と呼んでも過言ではないかと」
会場のざわつきが一層増す。座長が慌ててもう一度マイクを持つ。
「せ、先生まぁ落ち着いてください」
律「落ち着く必要があるのはあっちの大阪の連中の方ですので私は大丈夫です、これで終了とさせていただきます、ありがとうございました」
律が降壇するとどこからともなく少ないながらも拍手が聞こえる。
わずかに聞こえるこの拍手だけが律の背中をいつも押してくれていた。
全ての発表が終了し学会は懇親会の時間が迫ってきていた。
律は自分の発表があのような形で終わったこともあり、また当然のように周囲の律を見る目は冷たいものが多く懇親会には出ずにすでにタクシー乗り場へと向かっていた。すると・・・
「先生!お久しぶりです」
と後ろから声をかけられる
振り返るとそこには上下黒のスーツを身に纏い、颯爽と律の方へ向かって歩いて来る一人の女がいた。
「ん?どこの女医だ?しかしどこかで・・・」
律は心の中で呟く
女「先生の発表すごく共感しました。あの場であれだけ主張出来て、さらに岡野教授とあそこまでバチバチやれるのは先生くらいですよw」
女「同じこと思っている医師はほかにもたくさんいると思います、最後に拍手していた人達、拍手をしたくても他の人の目が気になって心の中だけで拍手していた人達もいたと思います」
突然の出来事にやや呆気に取られている律を見て女はさらに続けた。
女「あれ?先生私のこと忘れちゃいました?w」
女「昨年のクリスマスイヴ当直ではお世話になりました
レイチェルって言えば思い出して貰えます?www」
そうか、どこかで見た顔ではあったが、当直時に見たスキニージーンズを履いた姿とは全く違うフォーマルな姿で一瞬思い出せずにいた。
あの日 瞳、愛美と共にささやかなクリスマスパーティをともにした
清宮麗華だった。
律「申し訳ない!あの日と服装も髪型も違ったので一瞬どなたかわからないでおりました、まさかここにいらっしゃるとは夢にも思わず・・・小児科の先生がなぜここに?」
麗華「癌の治療に関しては私たちも携わるので、ちょっと興味があったのと、抄録を見ていたら先生のお名前があったもので。。。先生はもうお帰りですか?もしよかったらもう少しお話聞きたくて・・・懇親会会場は居心地悪いと思うので、別なお店で少しお時間いただけたりしませんか?」
to be continued
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