アウトレットの恋物語 (内科医律vol21)
律は週末は大学の同期と共に箱根にいた。
土曜の仕事を昼に終えて大学同期の気のおけない面々で食事、お酒、そして翌日はゴルフを楽しんだ。
文句のつけようのない楽しい時間はあっという間に過ぎ、仲間と次回の再開を誓い帰路に付いた。
日曜夕方の東名高速は当然の渋滞、それは想定内ではあった、しかし事件が起きた。
ゴルフ場を離れる際に律はスマートフォンを落として画面が僅かながら割れてしまっていたのだった。それでも操作に問題はなかったためそのまま帰路についたが、徐々にスマートフォンが熱を持ち、液晶も映りが悪くなり時期に操作不能に陥ってしまっていた。
律に限らずだろうが現代人の多くがスマートフォンに生活の多くを依存している。
「このまま東京まで帰ると到着は20時はゆうに過ぎるな、それからだと対応してもらえる店はないな」
そう思った律はそこから一番近くのICで高速を降りた。
「何とかショップを見つけないとな」
スマートフォンを使えない状態で見知らぬ街に突然降り立ち、車を走らせながらショップを探すがなかなか見つからない。時計の針は既に19時近くになっていた。
すがるような気持ちで車を走らせる律の目に大型家電量販店のネオンが映ったのはそれからまもなくであった。
「営業時間 ~20時」
まだ1時間弱の余裕があった。
律はエスカレーターを駆け上がり携帯ショップに急いだ。
「どうなさいましたか?」
焦りの見える律を見て1人の男性店員が声をかけてきた。
事情を話す律の目の前には閉店近くにも関わらず大勢の客がまだ順番待ちをしているのが見てとれた。
「大変申し訳ないのですが当店ではもう対応しきれなさそうなんです、直営店に行っていただく方が良さそうですがどこも19時で終わってしまっているんですよね」と自分のスマートフォンを見ながらその店員は律同様に困った顔を見せる。
「そうですよね、仕方ありません」
と律はあきらめて帰ろうとすると、背後からその店員が駆けよってきた。
「お客様、ここから少し走ったところにあるアウトレット内のショップは20時まで営業のようです、ここならもしかしたら・・・」
「ほんとうですか?ありがとうございます!」
礼を言いながら律は自らのスマートフォンが使えないため、その店員のスマートフォンに表示されたそのアウトレットの地図を目に焼き付けるように凝視した。
「何とか行ってみます!」
と言い残し律はまた急いでエスカレーターを駆け降りて愛車に飛び乗った。
「ここから南へ3.5kmにあるアウトレット」それだけの情報を頼りに律は車を走らせた。
時計の針は既に19:15、時間は限りなく少なくなっていた。
走ること約10分、左手に広々とした駐車場を備えた大きな建物が見えてきた、目指すアウトレットだ。
もうだいぶ人気の少なくなった駐車場に車を停めて律はショップへと急いだ。
20時までの営業時間ではあったがすでに店内に客の姿はなく、店員がゴミ捨てに出てきたりすでに閉店準備の気配であった。カウンターには店員の姿もなかった。
「すみませーん!」
律が願うように声を出すと
「はぁい!」
と奥の方から若い女性の声が聞こえた。
若い眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性が現れた
律はその女性にここまでの事情を話すとその女性は
「わかりました!時間がギリギリなので出来る限り急いで対応しますね!普通の店舗ならいくらでも残って対応するのですがここはアウトレットなのでそうもいかないので・・・」
そう言いながらも彼女の手はパソコンのキーボードを叩きながら、律から必要な情報を聞き出していた。
同時に部下と思われる若い男性スタッフに指示を出して手続きを可能な限り迅速に終わらせるようにしているのが感じられた。
気づけば時計の針は既に20時近くになっていた。律が時計を気にしていたが、彼女は全くそんな素振りも見せずにただただ律のスマートフォンの手続きを全く無駄のない動きで進めていた。
「お疲れさまでした!お先です!」
と先程彼女の指示で作業をしてくれていた男性スタッフは仕事を終え帰宅するようだった。
彼女は1人だけ残ってしばらく作業を続け、必要な書類作成をしながら彼女は急に律に顔を寄せて話し始めた。
「古いスマホの方がもう動かないので基本的にデータの移行が出来ないんです」
「それは仕方ありません」
律もそれには納得して返答した。
「でも1つ方法があるかもしれないのですが。。。普段はやらないんですけど今は我々2人しかいないので。。。ちょっとトライしてみて良いですか?」
彼女はそう良いながら律のスマートフォンに専用の機器を出し入れしながら奮闘し始めた。
「あー、この機種だと上手く行かないみたいです。。。」
彼女は泣きそうな顔で律の方を向くも、残りの作業を手際よく行う。
そして・・・
「大変お待たせしてしまいました、これで完了です!」
彼女は達成感に溢れた笑顔で律に新しいスマートフォンを差し出した。そして必要書類をまとめて丁寧に紙袋に入れて店の玄関先まで律を見送りに出てきた。
「感謝しても感謝しきれません、とても助かりました」
律の言葉はほんとうに心からの言葉であった。
「良かったです!」
彼女は依然として笑顔のまま律を見つめる。
「成瀬美月さんとおっしゃるんですね?こんな時間に駆け込んでここまでやっていただいたので、本当ならどこかで好きなもの1つ何でも買ってあげたいくらいですw」
「えぇ!いいんですかぁ?このアウトレット結構良い店あるのにぃ(笑)でも今日はもうどこも閉まっちゃってるので、遠いけどまた待ってまーす」
と真剣かつ迅速に手続きを進めていた時にはみせなかった無邪気な表情を律に見せるのであった。
律は溢れんばかりの感謝と少しばかりの名残惜しさを心に秘めて再び帰路についた。
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