ある囁き　内科医律　Vol10

瞳から聞いたその名前が律は頭から離れなかった。

「皆藤紗那」

何気なくコーヒーを飲んだりしている給湯室にいつの頃からかちょっとしたお菓子が入ったかごと一輪挿しの花が置かれるようになり、季節ごとに
いや二十四節気ごとくらいに花がかわっていくのを何となく律は気が付いていた。

「実は育ちが良いと評判の看護部長あたりがきっとやっているんだろうな」
と律は思いながらも、小さな楽しみになっていたのは事実だった。
しかしその日は急に訪れたのだった。
皆藤紗那が新たに生ける花を手にその場にいたのだった。

「おはようございます、あれ？神宮寺先生どうされました？」

律「コーヒーメーカーが調子悪いみたいで」

「ちょっと見せてください・・・あ、この機械ここをこうすると・・・」

律「おっ、それで動くんですね！ありがとうございます。」

「いいえいいえ！はい、召し上がれ♪♪♪」

律「ありがとうございます、そのお花生けてるのってあなただったんですね？いつも楽しみに見てました」

「ほんとですか？嬉しいなぁ、そんな風に見てくれている人がいるなんて」

律「ほんとですよ❕素敵です。コーヒーメーカーも直してもらって、今度ランチ奢りますねｗ」

というと彼女はそれまで見せていた落ち着いた物腰しからは想像出来ない勢いで両手を天井に向けて上げ「やったー！！！」と無邪気に声を上げるのだった。

それから2週間経過したが、律と皆藤紗那は院内で顔を合わせる機会がなく律もそのやり取りのことすら忘れかけていた。

「先生、次の方、職員の方なんですけど、風邪症状で受診希望です」

律「はい！呼んでもらって良いですよ！」

「もう前にいらっしゃるはずです」

それを聞いて律は診察室のドアを開けた。

律「どうぞお入りください、あ、どうも。」

そこには「アレ」以来会っていなかった皆藤紗那がいた。

「すみません、ちょっと風邪気味で数日お休みをいただいていたんですが、まだ喉が痛いのと咳が出るので・・・」

律「わかりました、ちょっと診せてくださいね」

律は一通りの診察を行い、食事や生活面での対策などを話、必要な処方を行った。

律「これで数日以内にはよくなると思いますよ！お大事に！」

「ありがとうございます、ほんと助かります、先生ってお薬出してくださるだけじゃなくこんなアドバイスもくださるんですね！凄いです！」

律「いやいや、そっちの方が薬なんかより大切ですからねｗ」

「でもなかなかそういう先生いらっしゃらないですよ？」
と言い終わるか終わらないかのタイミングで

『あ、でも治ったらランチ楽しみにしてますね』

と小声で律に囁くのだった、周囲の職員らが一瞬だけ律のそばを離れたそのタイミングを見計らうかのように。

to be continued