ある冬の出来事 (内科医律vol14)

2023年冬

「以上です、御清聴ありがとうございました」

律は某製薬会社の社内講師として講演を終えた。

その後、律は営業所所長の斉木、斉木の部下であり律の担当者である真中伊織の三人で恵比寿の個室高級居酒屋にいた。

「神宮寺先生、本日は暮れのお忙しい中ありがとうございました」

50代半ばの斉木がMR特有の月並な文句を並べてくるのに対して、まだ29才と若い真中伊織が

「先生の薬に対する考え方がこれまで他の先生方からは あまり聞けない内容で興味を持ちました。私たち製薬メーカーとしても考えさせられる内容でした」

薬をいかに減らすか、止めるかというテーマを製薬会社を相手にぶっこんだにも関わらず、真中伊織は律の講演した内容以上を既に理解しているようにも思え、律はその様子に驚きを禁じ得なかった。

上司も同席してる以上、あまり突っ込んだ話をし過ぎるのは真中伊織の為にも良くないと考えた律はそれ以上は深入りはしないまま閉店の時間が迫ってきた。

「先生、タクシーが着いてますのでどうぞ!」

「ありがとうございます。所長は横浜でしたっけ?」

「そうなんです、私は品川経由で電車で帰りますので」

「真中さんは?」

「私は池袋なので恵比寿駅からJR
です」

「なんだ、それなら同じ方向だから乗って行きなよ?」

律が言うと真中伊織は遠慮したような態度を取りながらも

「えぇっと、お言葉に甘えさせてもらっても宜しいですか?ね?」

と所長の方をチラッと見ながら言った。

「気をつかって頂いて申し訳ありせん、せっかくの先生の御厚意だから乗せてもらいなさい」

斉木がそう言い終わるか終わらないうちに真中伊織はタクシーに律を先に乗せて自分も乗りこみ、運転手に「池袋方面まで」と行き先を告げるのだった。

講演中、その後の会食中と律の話しを真剣に聴き、かつ深く理解しているであろうと思われた聡明な彼女の姿を見たあとに、まだあどけない、そして無邪気な面が垣間見え始めて、その豹変振りに律は胸の鼓動が響くのを感じていた。

タクシーは首都高に乗り一路池袋方面に走っている。

「真中さんは私の今日の話をすごく理解してくれてるよね?さっきは所長もいたからあんまり深くは切り込んで来れなかったと思うけど」

律が切り出すと

「そうなんです、製薬メーカーにいながら何となく感じていた違和感があったんですが、今日の先生のお話でスッキリした気がしています」

真中伊織はまた先程までの真剣な表情に戻り律の目をじっと見てそう言った。

「そこらを理解してしまうとそれはそれで辛くなってしまうかもしれないけどねぇ」

律はそう言いながらも医療の闇に早くも気が付いてしまった彼女にもう1つ質問をしてみた。

「そういえば会社はコロナワクチンはどういう扱いなの?」

真中伊織は少し話にくそうに口を開く

「うちは4回目までは職域みたいな感じでやってましたね」

まるで他人事のように話す口調になるのがわかり律はさらに質問した。

「それで、真中さんはどうしたの?」

「あ、あの、私は実は射ってないんです、何となく違うような気がして。。それ以上の理由はないんですけど」

「まぁそういう感覚があったなら自分の感覚に従えば良いと思うけどね?私も射ってないし」

律がフォローするようにそう言うと

「先生もですか!?それ凄く珍しいですよね?」

真中伊織は驚きと喜びが入り交じり
声を上ずらせながら

「いままではその質問されると「2回」とか「3回」とか答えるようにしていたんです。でも先生には安心して正直にお答えすることが出来ました、こんな事は初めてです、何なんだろう、不思議です」

律も同じくその答えに喜びを感じると共に、もう少し彼女と話を続けたいと思い始めていた。

タクシーは既に首都高をおりて池袋駅周辺まで来ていた。

「さっきの席では話せなかったことも多かったし、せっかくだからもう少しどこかで話そうか?時間は大丈夫?」

時計の針は22:45を差していた。

「もちろん大丈夫です!私もまだお聞きしたい事がたくさんあります!」

真中伊織は真剣ながらもどこか先程見せた無邪気な面ものぞかせながら律の誘いに乗ってきた。

二人はタクシーを降りて池袋の雑踏の中を歩き始める。

気温は一気に冷え込み、西口公園のイルミネーションが美しい。

雪がチラつき始めていた❄️

to be continued

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