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突撃ルポタージュ! 中小企業診断士二次口述試験〈東京会場編〉

中小企業診断士試験の最後の試練が口述試験である。先日、令和4年度の口述試験に潜入する機会を得たため、その様子をご報告したい。


2.5時間前 池袋ダンジョン

合格率99%超。遅刻せず平熱で試験会場に辿り着いて、社会人然として受け答えできれば合格という噂のこの試験。試練たる所以は「遅刻せず平熱で」の部分である。これをクリアすべく、試験まで外食も控えて鼻うがいを欠かさない毎日を送り、交通トラブルに備えて4通りの移動プランを準備し、ツインめざまし時計体制でいつもよりも早起きして、指定の受付時間の2時間も前に最寄りの池袋駅に到着した。

ここまでくれば、さすがにもう大丈夫。

時刻は朝の8時。あらかじめネットで目星をつけておいたエチカ池袋のスタバに向かう。日曜の朝8時なら「通常はそれほど混んでいない」ということはGoogle先生に確認済みだ。先生のご宣託通り空席の残るスタバでコーヒーとドーナツを注文し、令和4年の問題用紙を開く。周りを見回すと事例を読んでいる受験生がチラホラいる。お互い苦労しましたなぁ、というほのかな連帯感。

池袋までの電車の中では読みきれなかった事例Ⅲと事例Ⅳの与件文を読み込み、30分ほどでスタバをあとにする。目指すは一年ぶりのR大学。今日は一年前の二次試験の辛い記憶を上書き保存するためにやってきたのだ。あの日、私を翻弄した池袋駅ダンジョン。どうしてあんなに迷ったのかと思うくらい、なんの問題もなく正しい出口にたどり着けた。やはりあの日の自分は既に普通の精神状態ではなかったのだろう。

1.5時間前 R大学

大学到着は9時頃。筆記試験のときとは雰囲気が違ってひっそりとしている。だいぶ早いので中に入れるのか少し心配していたが、細く開けられた校門には既に係員の姿があった。招待状をお見せして第一の関所を通過し、この試験最大の関門に進む。検温である。ドキドキしながらおでこを差し出すと、手首で測るという。さっきアルコール消毒したから気化熱で冷えてるんじゃ、と思うまもなくあっけなく検温終了。

拍子抜けした気分のまま、係員の誘導に従って入り口すぐの大講堂に進む。ここが受付前の受験生の待機場所だ。既に多くの受験生が座っている。ほぼ全員がダークスーツ。そんな中に上半身スウェットのツワモノもいる。下もスウェットなら脱帽だが、残念ながら机の影になって見えない。ちなみに私はいつものジャケパンスタイルにした。5年前に買ったスーツは、今の私には小さすぎる。

大講堂の椅子は後列の机と一体型のよくあるタイプなのだが、跳ね上げ力が異常に強いのか、ちょっと姿勢を崩すと椅子から放り出されそうになる。弾かれないように注意しながらまっすぐ座って、筆記試験の際に作ったファイナルペーバーに目を通す。冒頭に自分に向けたアツめのメッセージが書いてあるのでちょっと恥ずかしく、でも、通ってきた道のりを思い出してちょっと誇らしい気分にもなる。

ところで、検温を突破した瞬間から受験生には新たな役割が課されているのをご存知だろうか。分刻みのスケジュールでオペレーションされる巨大イベントの出演者という役割だ。協会関係者と何も知らない受験生と(おそらく)BPO受託企業は、一致団結して破綻なくこのイベントを完遂しなければならない。

受験生は試験開始時刻と班の組み合わせで個体識別される。試験開始時刻は12分刻み。試験は10分程度なので、バッファーは2分ほどしかない。班の番号は口述試験を受ける教室と対応しているようだ。30以上の班があるので、同時に30人以上の受験生を捌いていることになる。もしも自分がそんなイベントの責任者だったら、と想像しただけで脂汗がでてくる。と同時に、よほどおかしな言動でもない限り落ちるような試験ではないのだろう、と納得もする。

0.5時間前 そして歯車は回りはじめる

9時半になると最初の組の受付が始まる。試験開始時刻の30分前になると、順次3階の受付場所に進むよう指示される。同じタイミングでキューを受ける10名以上が一斉に移動するので、ついて歩けば迷う心配はない。

受付場所は普通サイズの教室だ。受験番号と名前を伝えると緑色の番号札の入ったネームホルダーを渡され、班番号で指定された席に座るよう指示される。試験開始時刻ごとに受験生をカラーコーディングして、コンタミリスクを低減しようというわけだ。同じ長机には、青いネームホルダーをつけた前の時間帯の受験生が既に座っている。いよいよ緑組の歯車としてイベントの真髄に組み込まれたことを感じ、背筋が伸びる。

この部屋に青組と緑組がいるということは、滞留時間は24分。移動時間を除くと正味10分といったところか。イベントの進行を乱さずにトイレに行くなら今しかない。トイレは男女とも受付部屋のすぐそばにある。運営側に抜かりはない。念のためのトイレを済ませ、席に置かれた注意事項の紙をあらためて読み、私は我が目を疑った。

え、スマートウオッチは使えない?

確かに一次試験も二次筆記試験もスマートウオッチは禁止だった。なのに、どういうわけか口述試験では大丈夫と思い込み、いつものスマートウオッチを着けてきてしまったのだ。受験生諸氏はぜひ注意されたい――口述試験もスマートウオッチはNGである。

やがて大勢の係員が列をなして教室に入ってきて、青組一人ひとりの隣に着席しはじめる。これはもしや、噂のあれが始まるのか、と期待が高まる。そう、東京会場名物「一斉本人確認」だ。

指揮官の合図と共に、係員が一斉に口を開き、隣に座った受験生の受験番号と名前を確認する。しーんとしていた教室がにわかに騒然となる。想像以上の迫力だ。思わず笑ってしまう。間違いなく本イベントのクライマックスだ。確認が済むと、そのまま係員に連れられて青組が戦地へと旅立ってゆく。そして、さっきまで青組が座っていた席に移動し、先輩歯車として次の組を受け入れたら、あっというまに緑組の出番だ。係員にマン・ツー・マンでアテンドされて試験場となる教室の前に移動し、戦いを終えた青組氏が出てくるのを待って入室する。

おうちに帰るまでが試験です

教室にはロの字型に長机が配置され、向こう岸に試験官が座っている。いぶし銀の刑事みたいな強面のベテラン二人組だ。荷物を置いて椅子に座ろうとすると、試験官が慌てたように「おかけください」と言う。しまったフライングだ、と内心で自分をこづく。そして、模擬面接通りに名前と生年月日(なぜか和暦)を聞かれ、試験が始まった。

問題は事例Ⅳから2題、事例Ⅱから2題。予想通り予想外の問題が投げかけられる。与件文の記憶を頼りに、事例企業の状況說明で盛り盛りにして回答する。試験官はニコリともせず強面を貫いているが、こっちがピントの外れた回答をするとハラハラし、想定内の回答に着地するとホッと胸をなでおろしているのがなんとなく伝わってくる。見切り発車で話し始めて迷走したまま強引に「以上です」と押し切ったときなど、「〇〇と言うことですね」と適切な総括までつけてくれた。そう、たぶん試験官だって落としたくはないのだ。結局一度も「他には?」攻撃が発動されることなく4問の質疑応答が終了。

「これで試験は終了です。お帰りいただいて結構です」

よっしゃ、終わった! 内心ガッツポーズだ。ただ、緑組の歯車としては少々ひっかかる発言である。帰るとは、何処へ? 

受付場所に戻るのではないだろう。たぶん大講堂でもない。試験終了後の集合場所について指示はなかった。ということは家に帰っていいのか? 間違えて進行を乱したら大変だから、確認したほうがよさそうだ。でも、家に帰っていいですか、ってのもなんか変だし。光の速さで逡巡した挙げ句、なぜか選んだ言葉は、

「それは、校門からでしょうか?」

一瞬の沈黙の後、「はい」と試験官が真顔で答える。私は礼を言って席を立ち、荷物を持ってドアに向かった……つもりだった。思った場所にドアはなく、目の前は壁だった。R大学の世界線では、ドアはかならずしも部屋の角にあるとは限らない。

「あ、こっちじゃなかった」

照れ隠しにそう言うと、さすがの試験官も笑ってくれた。完全にアタオカ判定である。でも、すべての失態は試験終了後の出来事なので合否に影響はない筈だ。たぶん。

合格発表まであと5日。祈りましょう。

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