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人生は一夜で変わる

投稿のきっかけをくれたのは坂爪圭吾さんだった。
書きたいことはたくさんあるのに、いざ書き出すと話がてんでバラバラな方向に散らばってしまい、ブログもnoteも結局手つかずのまま今日まで来てしまった私。
それが、「やっぱり書きたい」「書き残したい」という思いが溢れ出し、
お風呂から上がった濡れ髪&バスタオルのまま、MacBookのキーボードを叩いている。

思えば、かっこばっかりつけてきたなと思う。
胸にあったのは、
イマイチな文章を書いて、「なんだアイツ」と思われたくない、とか
私はやればもっと出来るんだ、中途半端なものは出したくない、とか。

そんなちっちゃなプライド(虚栄心)を守るため、いったいどれだけの瞬間をとりこぼしてきたんだろう。
(と言いつつ実は、紙のノートやiPhone、MacBookのメモに山ほど書き残してきている。
記録を残し出したのは、記憶にある限り小4です。)

公開する勇気を出せず今日まで来たけれど、
私が坂爪さんの文章に心を打たれてきたように(時には本当に頭をぶたれたような衝撃を受けることも・・・)
私の書き残す(公開版の)文章が、いつか誰かの何かのためにもなるかもしれないと思ったこと。
そして、何よりも、純粋に「書きたい」「書き残したい」「伝え切りたい」と強く思ったこと。
この2つに背中を押されている。

物心ついた頃から、文章を書くことと読むことが大好きで、社会に出てからも、意識せず《人にものを伝えること》を仕事に選んできた。

ただ、今の私にとっては「不特定多数の人の目につくところに”自分”を出す」というのは(まだ)怖いことでもあり、10代20代といろいろ乗り越えて、「平和にひっそり生きていくって幸せだなあ・・・」そんな風に実感している自分もいる。


だけど、坂爪さんの「心を燃やして生きる」そんな生き方に影響されて、「やりたかったこと」をどんな形でもいいからスタートさせることに決めた。

坂爪さんが綴っている文章で好きなものを挙げ出すとそれこそ枚挙に暇がないけれど、
最初の投稿であるこの記事で紹介したいのは・・・

ーこの世でいちばんの環境破壊は『自分なんかダメだ』と塞ぎ込んでしまうことだ。
これは最大の資源の無駄遣いで、自分を否定しても誰も幸せにならない。
(中略)「自分は宇宙全体における偉大なる黄金色のお米粒なのだ」と開き直れば、塞ぎ込む必要も消える。ー

大きなことができなくてもいい。
ただ、心を燃やして生きる。
消化試合のような生き方ではなく、「これが私です!」と胸を張って生きていきたい。
そして、死ぬときに「自分を生き切ったわ。次もまた自分に生まれてきたい!」と思って死にたい。それくらい自分という人間を(自分と人のために)活かしたい。

そう思った今日でした。

続く・・・


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