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慎ましく暮らしているPさん

私が働く病院では、在宅医療に関わることはほとんどない。時々、自分のペースで入院してくるPさん。かなり個性が強い。自分の思いがあると、何度もナースコールを押して看護師を呼ぶ。今すぐ対応できないことを説明するも、またすぐにナースコールが鳴る。
私が薬剤指導に行けば、30分以上は話し続ける。人の名前や薬の名前をよく覚えていて、看護師の仕事ぶりを分析して評価し、どの薬がどれだけいる、と自分が主治医のように希望を言われる。
子供がいることを話されるが離れて暮らしているらしい。子供のことを誇りに思っていることが伝わってくる。
医療費の面を考えて退院希望を決められる。

そんなマイペースなPさんだが、入院中に食事療法を守れず、売店での間食購入ができなくなったことや、おそらくだが予期せぬ検査を勧められていることがあるのか、最近は外来通院で頑張っている。

よく電話がかかって来るようで、対応に追われる職場の同僚を見かけていた。

病棟業務で遅くなり、ぼちぼち帰ろうかと思っていたその時、外線電話が入る。Pさんからだ。
「今日は何?」と思ってしまった自分に恥じ入る。

電話の向こうで喘鳴とともに一部の薬がないことを言われる。詳しくは言えないが、今回はこちらの手違いだ。上司と相談し、私が薬をお持ちすることになった。

公営住宅に暮らすというPさん。持参薬や残薬の状態から想像して、誠に失礼だが、「ゴミ屋敷」状態になっているのでは、とすら思っていた。

部屋を探して、ここかな?と思うと同時に、見慣れた手押し車がドアの横にあるのが目に入った。ここだ!窓にはすだれがかかり、かわいい観葉植物の鉢が玄関先に置かれている。呼び鈴はないようだ。

「Pさーん」と呼んでみると、ドアのすぐ向こうから待っていましたとばかりすぐに返事があった。入り口前で室内用の手押し車に座って待ってくれていた。

ヘルパーさんが入ってくれているとは言え、部屋は小綺麗に整っていた。小さなコンロの周りに醤油などの調味料が置かれている。自分がしているわけではないかもしれないが、生活感があふれている。意外にも、さっぱりまとまった空間で暮らしていた。

「わざわざありがとうね、コーヒーでも出せばいいんだけど、私がコーヒーが嫌いでね。遠くまで来てくれたから、これ持って帰って」と数千円渡そうとする。

コーヒーもお金もいらないから、と必死でお断りする。

本当は一軒家に住んでいたが、子供が独立したので、その家を売ってここ(公営住宅)に移って来た。自分の年金の範囲で何とか暮らしている。子供が自分のところに来いと言ってくれるが自分はここでいい。

という趣旨の話をしてくれた。

入院中に見るちょっと「こじらせ女子」なPさんとは違い、一人で慎ましく、かわいらしく暮らす姿を知った。今までは一面しか見えていなかったのかもしれない。たまたまだが、家にお邪魔したことで、見えたことがある。これからPさんと話すのが楽しみに思えて来た私である。

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