電波の前世記憶33

早朝。

ゲイルが公邸の中庭の片隅で鍛錬をしていると、数人の男がゲイルに向かってやって来た。

「過去にNo.1のSPを倒したと聞いてな」

「俺達はレイブン議員のSPだ、ぜひとも御手合わせ願いたい」

どうやら鍛錬の相手には事欠かないようだ。ゲイルは承諾した。


「それで朝からこんなにアザを作ったの?」

呆れた様子のステラに、ゲイルはバツが悪そうに笑った。

「中々の手練れ揃いだ、結構苦戦した」

「ジャックも心配だけど、あなたも心配だわ」

「この程度のアザなら何ともない…」

スパァン!と、ステラがゲイルのアザを叩いた。

「いってええ!」

「何ともなくないじゃない」

「叩かれたら痛いに決まってるだろ!」

その時だった。突然扉が開いて、ご機嫌そうなシャーロットが飛び込んできた。

「おっはよー!…あら失礼、ノックを忘れてたわ」

開いたドアをトントン、と叩くシャーロットに、ステラが答えた。

「どうぞ」

「いや、手遅れだろ…」

「見てたわよ朝の稽古!うちのSP達と同等に渡り合ってたのは流石私の認めた男よね!」

ゲイルが半眼になって答える。

「いや、単身レンジャー士官学校に潜り込んで、女子生徒の実力No.2,と素手で渡り合ったあなたにはかないません、お嬢様」

「敬語なんてやめて、堅苦しい!…あ、ちなみにその子、私のSPやってるの!私に一撃入れる子なんてそうはいないから、お父様に頼んで付けてもらっちゃった!」

「もらっちゃった、って…」

その強さで護衛は要るのか?という疑問を飲み込んでいると、噂をすれば何とやら、その女子No.2だった女が開いたドアの前で肩をいからせている。

「お嬢様!また人様に迷惑を…!あなたを止めるのが私の仕事なんですから!」

「ああ、そういう意味でのお付きなのか…」

「あなたも敬語はやめてって言ってるのに…拳を交えた仲じゃない、シェラ」

シェラの苦労は多そうだ。ゲイルはため息をついた。


主星中央自然公園。ジャックの為シャーロットが選んだ場所はそこだった。主星最大規模の噴水に、お茶を楽しめるローズガーデン。それらを巡ってからピクニックエリアの芝生の上にレジャーシートを敷いて、シェフに作ってもらったお弁当を広げる。色とりどりのサンドイッチに、ジャックは目を丸くする。

「この綺麗なの食べられるの?」

「もちろん」シャーロットが言う。「手て掴んで大丈夫、食べてみて」

「!、おばさん、これ美味しい!」

「お姉さんだから!私まだお姉さんだから!」

噴水の浅瀬でジャックと裸足で遊び、ローズガーデンで鬼ごっこ。全力でジャックと向き合ってくれているシャーロットに、ゲイルは彼女に対する印象を改めた。本気で人を喜ばせようとする真心は本物だ。そういう人間はそうそういない。

「あ、そうそうお菓子があったわ」

ステラがバックを開けて森から持ってきたお菓子を取り出した。ジャックの好物で、唯一ステラが作れる料理だ。森で採れたナッツを炒って、樹液のシロップで固めて出来ている。

「お母さんのお菓子!」

「なにそれ美味しいの?私も食べたい!」

好奇心に目を輝かせるシャーロットをゲイル達は止めた。体質に合わなければ大変だと。だが彼女は止まる様な人間では無い。ステラから容器をひょいと取り上げ、中身をぱくりと食べてしまった。

「完全無添加のお菓子!行きつけの菓子屋のヌガーより私はこっちの方が好きだわ!」

「おばさんそれ僕のお菓子ー」

「お姉さんて呼ばないと全部食べちゃうわよ」

そのやりとりに、ゲイルとステラは思わず吹き出した。


シャーロットにねだられるまま、二人が森での生活を語っていると、不意にジャックがぐずりだした。

「あらあら、おねむなのね」

ステラがジャックの頭を膝に乗せ、体にタオルケットをかけると、ジャックはうつらうつらしながら

「お母さん、いつもみたいに歌って」とねだった。

「駄目よジャック、人がいっぱいいるのに…」

「やだああ、歌がいい」

「もう、仕方ないわね…」

ステラが歌いだした。澄んだ歌声が、緑の広場にこだまする。その声は風に乗って流れ…

…結構多くの人を集めてしまった。

歌が終わると、人だかりから多くの拍手が沸き起こる。

「素敵な歌だこと」

「いや、いいものを聞かせてもらった」

口々にステラの歌を褒め、人々は満足そうに去って行った。膝の上のジャックが驚いた様子で、

「僕、目が覚めちゃった…」

聞いていたシャーロットが、腹を抱えて笑い出した。


その日の晩。ジャックは

「僕、都会大好き!人と遊ぶの楽しい!」

人見知りがすっかり治ってしまった。

シャーロットのプランは大成功だった。


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