電波の前世記憶12

二人は鉱山を出る事になった。

解放軍…よもやレジスタンスになるとは口が裂けても言えない極秘事項だ。グラインが後見人役となり、都会で働くという設定で町を出る…という話に置き換えた。(ステラには口が酸っぱくなる程説明が必要だった)


「そうか…寂しくなるな」

「我らのお嬢ちゃんが…グスッ…」

「お前さん達は若い、こんな所にいるべきじゃない」

「そうだな…」

炭鉱長がしみじみと言う。

「子供ってのは希望ってのは本当だな。あんたら兄妹が居る間、ここは希望に溢れてたよ」

「そうそう、若いのがいるってのはいいもんだ」

そして誰もが口々に「忘れないでくれ」と二人へ言った。

「あたりまえよ!ぜったいわすれないわ!」

ステラの言葉にゲイルも強く頷いた。

死と隣り合わせの炭鉱夫達は切なそうに笑った。


「ここをでたら、わたしはこじいんにいくのね」

「ああ、かなり長い間、離れ離れになると思う」

引っ越しの用意をしながら、ステラは自分に言い聞かせる様に言う。

「お兄ちゃんがたたかうんだもの、わたしもつよくなるわ」

「そうか」

また一つ成長を感じて、ゲイルは胸が熱くなった。

「さあ、荷物はなるべく少なく!大切な物だけ持っていくぞ!…ん、なんだステラ」

ステラは真剣な顔でゲイルの手を持ち、言った。

「だいじなものもってる」


「あんたら、随分と軽装だね!大事な物は持ったのかい?」

おかみの言葉に二人は顔を見合わせて笑い、手を繋ぐと「もった!」と宣言した。おかみは一瞬の間をおいてから腹を抱えて笑い出した。


「準備は出来たかい?」

「はい、グラードさん」

食堂で待っていたグラインを偽名で呼び、ゲイル達は歩みだした。ここに戻って来ることは恐らくもう無いであろう。

「君たちは、ずいぶんと愛されていたんだな」

グラインの言葉に視線を上げると、そこにはステラの誕生日の時に撮った集合写真が大きなパネルになって飾られていた。全員が笑顔に溢れている。生きている者の顔も、もう死んでしまった者の顔も。

ゲイルが口を開いた。

「ちょっと寄りたい所があります、いいですか?」


炭鉱夫達の共同墓地。たった一つしかない石碑には、沢山の名前が彫られていた。その前に立ち。

「俺達は強くなります、見ていて下さい」

ゲイルとステラが揃って頭を下げた。


「ずいぶんクラシックな車ですね」

グラインのガソリン車にゲイルが漏らすと

「…そう言うということは、君のいた星は光子自動車が主流の主星及びその周辺の惑星に限定されるな」

グラインの返しにゲイルは渋い顔になった。グラインが笑う。

「ずいぶんと都会から飛ばされてきたんだな、少年」

「ゲイルです」

「この星じゃ主星の恵みはほぼほぼ届かないからな。ガソリン車が主流だ、覚えておいた方がいいぞ、少年」

「だからゲイルでっ…!」

車体が大きく揺れる。隣に座っていたステラの体が軽く浮き上がった。

「おまけにちゃんとした舗装道路も少ない、舌を噛むなよ、少年」

ゲイルは慌ててステラと自分のシートベルトを締めた。

「ねえ、おじさん」

「せめてお兄さんと呼んで欲しい所だな、小さなレディ」

運転席で嘆息するグラインにステラが答える。

「わたしのお兄ちゃんはお兄ちゃんだけよ?」

「おやおや、ずいぶんと愛されてるな、少年」

「…俺と扱いが違いすぎませんか?」

半眼のゲイルにグラインが肩をすくめる。

「俺は紳士なんでね…何か聞きたいのかな?小さなレディ。少年を口説き落とせたのは君のお陰だ、何でも答えよう」

「わたしのいくこじいんはどんなところ?」

「首都にある大きめな児童保護施設だ。綺麗めな孤児を集めて合唱団を作ったりして富裕層から寄付を集めてる。そこならレディの際立つ美貌もそれほど目立たないだろう、木を隠すなら森だ」

「孤児を見た目で選別するんですか!?」

「人は綺麗な面しか見ない、鉱山で痛いほど学んだんじゃないか?」

「……」

押し黙るゲイルに、グラインは続けた。

「衣食住は勿論、教育まで保証出来る。それとも何か少年、片田舎の児童施設にそのレディを入れたいか?人身売買の温床だ、さぞ高値で金持ちの変態に売られるぞ?」

「……!」

無言で激昂するゲイルをミラー越しに一瞥し、グラインの声が低くなる。

「そういう世の中を変える為に俺達は動いている。

せいぜい働いてもらうぞ…少年」

最後の言葉には年端のいかないゲイルを使う苦々しさが含まれていた。


確かに、児童保護施設は大きかった。立派な煉瓦造りの建物から子供達の喧騒が響いてくる。ゲイルが驚いたのは、この水の少ない惑星で生け垣を使っている事だった。

「わかったろう、君のお姫様はこの星の下手な平民よりいい暮らしが出来る」

小声でグラインが耳打ちしてくる。確かに、通りすがりに見た平民学校より格段に豪華な造りだ。

「それはわかりましたけど…」

ゲイルがステラを見やる。

「?」

きょとんとしてこちらを見返してくるステラに、ゲイルが頭をかきむしる。

「ああああ友達出来るかないじめにあわないかな大丈夫かなああああ!」

「その年で父性を爆発させるな少年!」

「だってこいつ子供と接した事一切無いんですよ!それなのにこんな子供の巣窟で!」

小声でわちゃわちゃとやっていると、背の高い、痩せぎすなメガネの女性がやって来た。ステラがぼそりと言う。

「このひと、おくすりくさい」

「そういう事は言っちゃ駄目だステラあああ!」

「しっ、俺に任せろ」

こめかみをひくつかせている女に、グラインがうやうやしく会釈した。

「はじめまして、連絡を入れましたグラードです」

「まあ、あなたが青年実業家の?私が施設長のフローレンスです」

「いやあ実に見事な施設ですね、運営している方の心が表れ出ているようだ!」

大仰に施設を褒めた後、グラインはフローレンスと名乗る女の瞳を見つめ

「実に美しい」

「まあ…お上手な方…」

おくすりくさいオールドミスが陥落するのを、ゲイルは乾いた瞳で眺めた。


「…という訳で、遠縁のこの子達を預かる事になりまして、名高いこの施設ならばこの子に最適な環境を与えて下さると思いまして…」

流れる様なグラインのトークに、フローレンスが応じる。

「まあまあそれはご苦労なさった事でしょう…この子がそうですのね?」

フローレンスがステラを見る。その目が一瞬値踏みするような目つきに変わったのをゲイルは見逃さなかった。やがて文字通りお眼鏡にかなったのか、グラインに振り向くフローレンス。

「まあ、まるでお人形の様に愛くるしい子ですわね!こんな子供が両親を亡くされるなんて…」

「ああ、悲しまないで下さいフローレンス、なんて優しい方だ…」

茶番をよそに、ステラがゲイルを見上げる。

「お兄ちゃん、りょうしんてなに?」

「何度も説明したろ!?子供には普通お父さんとお母さんがいるの!いいかステラ!」

ステラの肩を掴んで、ゲイルは小声のまま語りかける。

「他の子と同じように勉強してお友達作って普通に過ごせ!特にあの光る力は絶対使うな!」

「わかった、お兄ちゃんのためならどりょくをおしまないわ」ステラは真剣に頷く。「ふつうってよくわからないけど」

「それな!どう伝えたもんかな!?普通って!」

ゲイルは頭を抱えた。


「それでは、失礼ですが預かる際の費用を…お心遣いでよろしいので…」

「では、このくらいで…」

「まあ!こんなに!」

「この子の幸せの為なら惜しみません」それだけはグラインの本心だった。

「お預かりしますわ、さ、ステラ、今日からここで暮らしましょうね」

別れの時が来た。ゲイルはステラを思い切り抱きしめて耳打ちした。

「生きて必ず迎えに来る」

「うん、お兄ちゃん…わたしまってるから…はなれててもきもちはいつもいっしょ、わかちあうから…」


「あの子を信じろ、少年」

「わかってる」

ステラの居ない車の中で、グラインに答える。気持ちを切り替えろ。これから死線が自分を待っている。

「君に頼みたい仕事は…」

「腐敗組織の機密奪取か暗殺」

「驚いたな…何故わかった?」

「俺があんたならそう使う」

「さすが、俺が惚れ込んだ事はある」

「…俺にそっちの気は無い」

「そいつは俺も同じだ、同士」

二人の戦いが始まった。



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