観測者SS番外編"Black or White"
私は惑星ヴィルーパの中層企業■■■■社に所属しているエージェント、『ルーシー・■■■■』
私の腕輪型デバイスにこっそり潜り込んだ『フェンリル』とか名乗るデータ生命体...?とかいう奴に出会い、奇妙な共同生活を強いられているって訳
おかげで私がコーヒーを飲もうとする時もいつも決まって文句を...
「いや待てルーシー、いくらなんでもその量の砂糖はおかしいぞ!?」
「何よ?たかが角砂糖6個じゃない」
「はぁ...コーヒーも飲んだことないデータに言われるなんてよっぽどだぜ...」
とまあ、こんなの感じ
砂糖くらい普通こんくらい入れるわよね?え?入れない?嘘でしょ?
「...で、ルーシー、例の件どうすんだ?自分の会社の暗部暴こうとしてるって件だ」
そう、私は最近所属する■■■■社の動向がどうにも怪しく思えたの
そこで、私は独自に会社の秘密を暴こうとしてた訳なんだけど...
「あーそれね...ようやく動こうって所だったんだけどさ...厄介な指令が入ってね...」
「厄介な指令?どんなだ?」
「競合の××社の機密情報を探ってこいってさ、無茶でしょ?企業の最深部まで忍び込めってさぁ...」
「で、ソイツを片付けなきゃお役御免って事か」
「そういうこと...はぁ...これからだって時に...」
「...なあ、1つ提案がある」
「...え?」
*****
俺は、所謂データ生命体って言われてる『フェンリル』
気がつけばこの星のデータの海の中にさまよってたのさ
自分がいつ生まれたのか、自分は誰なのか、誰かに作られたのか、はたまた勝手に生まれたのか、自分の事なんて『フェンリル』って名前以外何もわかりゃしなかった
そうしてこのデータの海を探り回ってる途中に、ルーシーの腕輪型デバイスにたまたま入っちまったって事さ
最初はウイルスだと勘違いされて除去ソフトウェアで削除しようとしてきたんだが...あんなんじゃ俺を消すこちなんざ出来やしないさ
俺に向かってくる除去用データを一瞬で書き換えて無害化、こんなの造作もない
で、俺に敵意なんて無いのを丁寧に教えてやったってわけさ
今じゃこの通り、まるでお友達みたいなもんさ
んで、これからその親愛なるお友達の為に指令のお手伝いをしてやる訳だが...
「...ウソでしょフェンリル...いとも簡単に会社深部のセキュリティを解除してるじゃない...」
「俺に言わせりゃどこもかしくも戸締りが甘いんだよ」
「まるで電脳世界の空き巣ね...」
「そっちも油断すんなよ?俺が順調でもお前さんがバレたら全部台無しだからなァ」
「わかってるわよ!」
ま、俺にかかれば朝飯前って事さ
「...そういえばさ、まだ聞いてなかったんだけどさ」
「なんだ突然?」
「...フェンリル、どうして急に私に協力を?」
「まぁ...ヒマ潰しだな...意味もなく電脳世界をフラつくのも飽きてたからな」
「何よそれ...私は命賭けてんのよ!」
「安心しなって、俺はしくじらねぇからさ、ほら、お目当てのメインサーバーだぜ」
「全く...で、ここに入り込んでデータを根こそぎ持ってくのもあなたが出来るのよね?」
「任せな、電脳空き巣の本領発揮ってとこかな?」
「お願いねフェンリル、私も何とかバレないようにするから...」
---へぇ...コイツらなかなか面白い事企んでんじゃねェか..."企業十三連合"の転覆ねェ...
---...待てよ...何だこのデータ...おかしいじゃねェか...
---なんで競合のはずの■■■■社と××社が手を組んでる事になってんだ...!?
---それにこの転覆計画...持ち出したのは■■■■社だと!?それじゃあ××社のデータをルーシーに盗ませたのって...
---まさかコイツは...罠...!?
「ルーシー!今すぐ出るぞ!!コイツは---」
---瞬間、電脳世界から見えた光景は最悪の事態そのものだった
---待ち構えていた■■■■社の処理部隊に自動小銃の掃射を受けるルーシー
---コイツは最初から罠だった...この指令は言うなればルーシーを処刑する為のものだった
---ルーシーは奴らに勘づかれていたんだ...クソっ...
---この状況からルーシーを救うにはどうすれば...
---一か八かだ...やるしかない...
*****
---見渡す限りに広がる、数字の羅列、目がチカチカする程の光の世界に、私は居た
「...ここは...?」
「所謂電脳世界だ、お前さんを助けるためにはこうするしかなかった」
「...え?私今電脳世界に...?生身の人間よ?」
「ああ、だからお前の体をデータに変換して『持ってきた』正直リスクが大きすぎてやりたくなかったがな...」
「...ねぇ、私はさっき■■■■社の連中に撃たれた...一体何があったって言うの?おかしいじゃない...××社の深部にあいつらが居るなんて...」
「ああ、その件だが...このデータを見てもらった方が早い...簡潔に言うと、お前さんはまんまと罠にかかったって訳だ」
「...何よこれ...最初から二社共手を組んで...しかも十三連合に反乱を起こそうなんて...」
「ああ、ついでにこのデータ、企業十三連合の連中にも片っ端にバラ撒いておいた、これで連中は十三連合のお怒りに触れて『抹消』されるだろうよ、これでヴィルーパも安泰だな」
「...容赦無いのね...」
「ま、仮にもお前さんをハメた連中だからな、これくらいやってやらなきゃな」
「...ねえフェンリル、私は...死んだの?」
「...ま、このまま放っておいたら死ぬだろうな、そうしてデータ生命体の仲間入りってとこだろうよ」
「...じゃあこれからはあなたに電脳世界でのイロハを教えてもらわなくっちゃね...」
「まぁ待てルーシー、たった一つだけ、お前さんを現実世界に戻す方法がある」
「あるの?でも肉体は死んだままじゃ...」
「お前さんの肉体をデータ化処理し、損傷した箇所を破損データとして扱いデータの修復を行う
言うなれば電脳世界式緊急手術だ」
「そんな事可能なの!?」
「理論上はな...俺もやった事がある訳じゃねぇから絶対出来るとは言い切れねぇ...どっか一つでもミスれば部位欠損、余計な部位の増殖、記憶の欠如、存在しない記憶の増設、その他もろもろって感じだ
ついでに、成功率を少しでも上げる為に俺とお前さんのデータを同期する
これで損傷した箇所を一つ残さず把握出来るが、最悪の場合、俺も消える」
「...ねえ、どうしてそこまでして私を...助けようとしてくれるの...?」
「...愚問だなルーシー、助けたいって思う事に、理由なんて必要か?」
「...優しいのね、フェンリル...」
「...で、どうするルーシー、お前次第だ」
「...あなたの覚悟は無駄になんて出来ない、私も覚悟を決めるわ
...フェンリル、あなたに全て託すわ...お願いね...」
「...任せな、"同期開始"」
---よし、血管と外傷の修復は終わった、だが出血が多すぎる...
---データの変換急げ...!!このままじゃ血が足りない...!
---心拍数も低下してる...させるか...!死なせるもんか...!
---俺がお前さんを救ってみせる...必ず!!
---■が...■■■...■■...!
「...来た!目を覚ませルーシー!!戻れるぞ!!」
*****
---薄暗い部屋...少なくとも××社では無さそうだ
---辺りにはガラクタが散乱してる...恐らく下層だろうか...?
---傍らには私の腕輪型デバイスが転がっている、あの後用済みになって捨てられたのを、ここの住民に拾われたんだろうか...?
「な、なんだおめェは!?オラの部屋に勝手に上がり込んで...!!」
「...ああ、ごめんなさいね、私物を落としちゃったみたいで、コレ、貰っていくわね」
「待てっ!!オラが朝早くからゴミ置き場から探して拾ったんだぞ!!それはオラんだっ!!」
---その瞬間、近くのちぎれたコードから住民目掛けて電撃が飛ぶ
---たまらず住民は気絶して倒れてしまった
「悪いな、ちょっとばかし眠っててくれ、二度寝は気持ちいいだろうよ?」
「相変わらず仕事が早いわねフェンリル、助かったわ」
「いいってことよ、俺にかかればざっとこんなモンよ」
「...この様子からすると、例の一か八かの手段は成功したみたいね、その、フェンリル...ありがとう...」
「な、なんだよ...照れるじゃねぇか...」
「あなたのおかげで私"*"は...」
---これは...何なのかしら...違和感を感じる...
「どうしたルーシー...」
---確かにおかしい...何かがおかしい...
---私は一つ一つ思い出してみる事にした
---私は××社で■■■■社の連中に撃たれて...フェンリルに体ごとデータ化されて連れていかれた
---そして、フェンリルの提案を受けて、フェンリルに全てを託した...
---そして俺は、損傷したデータを一つ一つ繋ぎ直して体を元に戻した、ありゃ大変な修復作業だった...一つミスればお互いに...
---待って、これは『私』の記憶じゃない...どうして...
---気付いちまったかルーシー、『俺』は...どうやら失敗しちまったみたいだ...
---電脳世界を宛もなくさまよっていた記憶...エージェントとして様々なミッションをこなした記憶...どちらも...鮮明に、自分の事のように覚えている
---撃たれた痛みも、体を持たなかったはずの俺でも何故か覚えている...
---ああ、そうか---
---"俺""私"は"私""俺"で、"私""俺"は"俺""私"なのか
---恐らく、データを同期したおかげでデータの損傷箇所を見逃す事無く直しきったが、同期の結果、お互いの意識と記憶、『私の身体』と『俺のデータとしての能力』が一つになってしまったのだろう
---あのデータ修復は前例がなかったから、何が起きるかわからなかったが、まさかこんな事になってしまうなんて...
---すまないルーシー、俺は...うまく出来なかった
---大丈夫よフェンリル、あなたは私を救ってくれた
---どちらも自分の意識だ、どちらも間違いなく『自分』だ
---だが、この世界からしたら、フェンリルもルーシーも消えてしまった
---残ったのはこのどちらでもあってどちらでもない、どっちつかずの存在だけだ
---この胸の後悔は、誰のものだ?この焦りは、混乱は、生きているという安堵は、誰のものだ?
---『私』『俺』は、一体誰なんだ...?
*****
「という訳で、どっちつかずの存在である『F』が誕生したって訳さ...おーい相棒、ちゃんと聞いてたかー?」
中層のDirtyWorkerアジトにて、情報屋Fが砂糖をドカ入れしたコーヒーを飲みながら、相棒の黒の傭兵に話していた
「...随分と面白いホラを吹くもんだな」
「あ"ーっ!やーっぱ信じてねェ!!」
「第一、二つの企業が手を組んで企業十三連合を潰そうとしてる事案を私が知らない時点で真っ赤な嘘だと思うがな」
「なーに言ってんだ?記録と存在を抹消されたんだ、どうせ市民の記憶処理も行って徹底的に痕跡を消したんだろうよ」
「...確かに、その線も考えられるな...だが体のデータ化は無理があるだろ...データ生命体と人間の融合もガキが考えたような話だ」
「あーもういいよ、じゃあ次は『腕輪型デバイスが実はすっごいオーパーツだった説』か『実は最初からありえんほどすっごい天才ハッカーだった説』か...後はえーと...」
「...なあ、それ全部話すまでどれくらいかかるか?」
「むかーしむかし、ルーシーというエージェントがいまして、ある日街中でオーパーツがどんぶらこーどんぶらこーと...」
「...勘弁してくれ...」
---以上が、にわかに信じ難い天下の情報屋F様の昔話さ
---この話を信じるか信じないかは自由だ、相棒みたいにホラ話だって笑い飛ばしたって文句は言わねぇさ
---さて、この話をここまで盗み聞きしてたお前さん達にも一応聞いてみるか
---『私』『俺』は、一体誰でしょう?
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