観測者SS"猟犬は吠える"

「えー?また戦闘訓練に付き合えってことッスかー?」
食堂内でカツサンドを片手にぼやくアッシュ
向かいに座るのはナズナ局員
どうやら戦闘訓練で何かしらのデータを採りたいようだ
「っつったって何回もナズナさんとやり合ってるッスけど、未だに例の『瘴気』は確認できてないじゃないッスか
既に仲間同士の訓練程度じゃ発現しないって結論も出たッスよねぇ...
...てかナズナ先輩のあのハンマー相手取るの怖いンスよ(小声)」
「ええ、ですので今回は条件を変えて『仮想敵』を用意しました
戦闘シュミレーションでその敵と戦闘を行ってもらいます」
「はぁ...そこまでして瘴気の観察がしたいんスか...後で抹茶パフェ奢ってくださいッス」
「ええもちろん、さあ、行きますよアッシュさん」
「あ、ちょ、まだカツサンド食ってるのー!!」

~~

-特別演習室-
開発部の技術の結晶とも言うべき、量子システムによる仮想空間を生成し様々な演習を行う特別演習室
アッシュは、システム稼働前の無機質な部屋の中にいた
「で、相手はー?こっちはもう準備できたッスよー」
「ええ、まずは軽くウォーミングアップといきましょうか
カルトンさん、よろしくお願いします」
「はいよ、任せて」
開発部部長のカルトン局員によって量子システムが稼働し、無機質な部屋は姿を変える
データの奔流はやがて市街地の一区画へと変貌する
演習室の操作室から、ナズナ局員がアッシュに放送で話しかける
「アッシュさん、その区画内に仮想敵として戦闘用アンドロイドのデータが3機出現しています
まずはこれらと戦ってもらいましょう」
「了解っス、さーて...執行開始ッ!!」
アッシュは数度屈伸した後、即座に駆け出す
大通り、ビルの合間を抜け、ターゲットを探す
程なくして、両腕部をガンブレードに換装したアンドロイドを見つける
3機、付かず離れずの距離をとって辺りを捜索しているが、まだこちらには気がついている様子は無い
「そらよっと!!」
不意を突いた一撃で、一機のアンドロイドの頭部を切断し無力化させる
襲撃に気が付いた他二機も迎撃体勢に移るも、時すでに遅し
放たれる弾丸をすり抜け、目にも止まらぬ二刀流の連撃を浴びせ一機を無力化、残る一機も近接戦闘を仕掛けるも、全ての攻撃を防がれる
ひとしきり攻撃を捌いたアッシュは、高周波ブレードから一鉄に持ち替え、フルスイングで吹き飛ばす
ビルに直撃したアンドロイドに、投擲した高周波ブレードが刺さる
言うまでもなくアッシュの完勝であった
「ナズナさーん、カルトンさーん、もう終わりッスかー?
最後の一機はちょっとアクロバティックに仕留めちゃったッスー!」
この余裕である
「そうですね...では、本番といきましょうか
カルトンさん、例のデータを」
「...婦長も悪い人だねぇ...アッシュさんに『あのデータ』と戦わせるなんて」
「これも例の瘴気を観測する為です」
量子システムが再び稼働し、また別の空間を作り出す
「アッシュさん、ここからが本番です
これからある敵と戦ってもらいます」
そうして作られた空間は...見覚えのある場所だった
「ここは...廊下...?どこだったっけな...
観測者の施設で見た事あるような...」
アッシュが記憶を辿る...程なくして結論が出る
「そうだ、下層のオーパーツ保管庫ッス!火薬庫の爆発で一部が吹き飛んだ...」
瞬間、脳裏によぎる記憶
あの日、相対した敵
自身にとって討つべき敵
そんなまさかな、と思いつつも背筋が凍る
「我々観測者が所有する交戦記録はたった一度のみ
その一戦から得たデータを元に構成したそうです
より再現する為に、場所も交戦記録と同じこの場所にする必要がありました
...もっとも、一度の交戦記録を元に作られた故に本人には程遠い実力ではありますが」
ナズナ局員がそう語った後、アッシュの不安が的中する
目の前で生成される敵
その姿は黒き装甲を身にまとい、灰色の髪、ピンと立った狐耳、赤く光るモノアイのバイザー



憎むべき仇敵、『黒の傭兵』であった



「...ッ!!」
アッシュは即座に切り掛る
だが、最速で叩き込んだ斬撃は、いとも簡単に防がれる
「なんでよりにもよって...!!」
アッシュを弾き飛ばした後、すぐさま高速で移動する黒の傭兵
すれ違いざまに攻撃する黒の傭兵、必死に反応し紙一重で防御するアッシュ
一撃離脱戦法の前に、アッシュはただ攻撃を防ぐしかなかった
「...ッ!!ダメだ...反応しきれねぇッス!!」
...一度の交戦記録から作られた、言うなれば本人の一部を切り取った不完全な黒の傭兵
それさえも倒す事が出来ないアッシュは、自分自身に酷く落胆していた
執行部代理として場数を踏んだつもりでいた
だが現実は、仇敵の足元にすら及ばない、無力なままなの自分だった
...一閃、鋭い斬撃が肩を切り裂く
「ぐあァッ!!」
アッシュはたまらず逃げ出す
このままじゃ負ける、また負ける
自責の念と恐怖、悲しみや怒り、悔しさが入り交じったぐちゃぐちゃの感情の中、だただた走った
「嫌だ...嫌だ...!!」

--...ほら、このままじゃまた守れない

--...その通りだ、また守れない

--...仲間がまた殺されるぞ

--...嫌だ、そんなのは嫌だ

--...なら、敵は殺さなきゃな

--...そうだ、敵は殺さなきゃ...

--...お前から全てを奪う敵は、全て殺せ

--...仲間を守るなら、害を成す敵は皆、殺さなきゃ...

--...そうだ、全て殺せ 守るために全ての敵を殺せ

--...守る...皆を守るために...守るタメニ...全テノ敵ヲ...


「殺してやるッ!!!!!」
瞬間、殺意のこもった咆哮を上げたアッシュの身体から、赤い瘴気が放出される
先程までとは打って変わって、黒の傭兵に向かって正面からぶつかり合う
殺意の込められた一撃は、黒の傭兵の左腕を切り飛ばす
「...!」
意識を持たないはずの仮想敵が、一瞬戸惑ったようにも見えた
アッシュは攻撃の手を一切緩めず、赤い瘴気を撒き散らしながら次々に攻撃を叩き込む
...まるで獲物を徹底的に狩る猟犬、いや、『地獄の猟犬』のように
遂には足を切り、黒の傭兵を転倒させる
アッシュは、一切の容赦なくブレードを心臓部目掛けて突き刺す---

「...あれが、『ヘルハウンド』...普段のアッシュさんからは想像できない程に凶暴だ...」
「...ようやく、この目で見る事が出来ました
協力ありがとうございます、カルトンさん」
「...正直、いい気はしないな...」
カルトン局員が量子システムの稼働を停止し、演習室を元の状態に戻す
「必要な戦闘データは取れました、後は本人のバイタルを確認すれば、今後の調整に必要なデータは揃います
1日も早く完全な適合を目指す為に...」
そう言うとナズナ局員は、アッシュの居る演習室へと向かった

...ガツン、ガツンと、金属同士がぶつかり合う音が響く無機質な部屋
アッシュは、ただひたすらに、何も無くなった床にブレードを突き刺していた
そこに、ナズナ局員がやってくる
「...その力は確かに強力です
ですがそのままでは身体を蝕み、やがては破滅させる
少しでも安定させて、その身体を壊す事無く力を振るってもらう為、私は力を尽くしますよ
...もっとも、完全に適合した後に何があるのかが見たいのもありますけどね」
ナズナ局員はアッシュの首筋にアンプルを打ち込む
程なくして、身体から放たれていた赤い瘴気はピタリと止み、アッシュは力無く倒れる
「おやすみなさい、アッシュさん」

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