見出し画像

韓国ドラマ『シスターズ』から考える社会の構造と正義について

Netflixのドラマ『シスターズ』とても面白かったんですが、観ながら色々考えることもあったのでそれをメモしておきたいと思います。ドラマであるがゆえに社会の構造がシンプルに可視化されていて社会の構造を理解するのに丁度よかったです。

ストーリーについて

話は、オ・インジュ、オ・インギョン、オ・イネの貧しい3姉妹が、大金持ちのウォン・サンア、パク・ジェサン夫婦とその娘パク・ヒョリンの家族と関わりができた後、色々な事件に巻き込まれていくという流れです。

そもそもこの2つの家族は普通ならお互いの生活が交錯するような暮らしではないんですが、三女のイネが奨学生として芸術系の高校に通うようになって、パク・ヒリョンと友だちになることで関わりができることになります。

社会はレイヤーでできている?

そのイネの学校の修学旅行の費用を2人の姉が何とか工面しようとしているのをイネ自身は負担に感じていて、むしろヒョリンの絵を描くことでウォン・サンアから謝礼を貰おうとします。その時に長女のインジュは、「そんなことしたら、一生あいつらの言いなりだよ。」と強く反対しますが、逆にイネは意地になって姉たちの申し出を拒否します。

皮肉なことに、後にドラマでもわかりますが、インジュが勤めている会社に就職できたのもウォン・サンアの力があったことが明らかになったりします。インジュは、妹の件では他人の善意に対する警戒心を働かせることができたのに自分自身については同じ警戒心を働かせられなかったということでしょうか。自分の置かれている状況を俯瞰的にみることの難しさを感じます。

この2つの家族の間には断絶があって、それぞれが別のレイヤーの中に住んでいるとも言えます。このレイヤーはお互いに全く断絶しているわけでもなく、上の例のように時に交差したりしますが、それぞれのレイヤーには、そのレイヤー内のネットワークのようなものがあってそれに入っていないといいように使われてしまうこともあります。インジュが妹のイネに警告したのはそういうことを会社の中で感じていたからと思うのです。

このレイヤーは何層にもなっていて、例えばインジュは会社内で同僚からハブられており、それは同僚と育った環境が違いすぎることから受け容れられないことから来ています。つまりそこにも別のレイヤーが存在するというわけです。レイヤーは言い換えれば、その人の認知限界のようなものと言って良いかもしれません。レイヤーの拡がりはより上位のレイヤーにいる人間ほど多きいように思います。上位の人間ほど、会う人の数やネットワークが広いということになるからです。

そして上位レイヤーにいる人間は下位レイヤーの人に対してどこか見下している感じがあり、逆に下位レイヤーの人間が自分たちよりいい思いをしていることに嫉妬したりします。ドラマでは、インジュが財務部長のチェ・ドイルとある件で親しく話をしているように見えるのが、同僚の女性たちにとっては我慢がならないという態度を見せることに表れています。

レイヤー間の移動

会社内で浮いた存在であるインジュに会社で目をかけてくれる唯一の存在が、先輩のチン・ファヨンです。ファヨン自身も会社では浮いた存在(ハブられた存在)であるんですが、何故か高級ブランドを持っていたりして、それをインジュにあげたりします。そのファヨンが自殺し(実は殺害され)、会社の金を横領していたことが発覚します。その調査に乗り込んできた財務部長のチェ・ドイルと先輩の仇をうちたいインジュはタッグを組むことになります。

チェ・ドイル自身もパク・ジェサンの部下として働きながら、自らの野心もあり、インジュも全面的にチェ・ドイルを信じてよいものかどうかわからずにいます。それでもインジュはチェ・ドイルから色々なことを学ぶことで、自分のネットワークを拡げ、レイヤー間にある断絶のようなものを理解していきます。

チェ・ドイルの上司でもあるパク・ジェサンは、財団を運営しており、そこの奨学金を貰ったもののうちから自分たちの組織へのリクルートをしているということが明らかにされていきます。奨学生にとっては、下位のレイヤーから抜け出し、より上位のレイヤーに行くための手段ではあるのですが、それはインジュが恐れていたようにその上位レイヤーを支配しているものには逆らえないという条件のもとでのレイヤー移動ではあります。

レイヤー間の移動に関して注目したのが、インジュの先輩であるファヨンの存在です。彼女自身は、インジュと同じく貧しい家庭の出身のようでありながら、うまくウォン・サンアに取り入ったのか、蘭のオークションにおける役割を果たすことでうまく上位レイヤーに入り込んでいるように見えます。実際、インジュに上位レイヤーの生活の一端を見せてくれる存在でもあります。只、上位レイヤーでウォン・サンアの手下として働くことは良しとしていないようで、出し抜いて裏金を横領し、自分が殺されることを見越して、影武者的存在を自殺志願者からリクルートしておくなど用意周到であったことなどもわかってきます。

彼女の存在は何を語っているのでしょうか?実は彼女こそがこのドラマの本当の主人公だったのではないかと思ったりもしています。自殺したことになっていて途中からほとんどドラマに存在していないながら、常のその存在を感じさせていました。彼女はレイヤーを昇りつめ、その地位を守り続けることの虚しさからどこかで降りるべきであり、自分ならこうするということを自ら体現していたのではとも思います。

上位レイヤーは如何にして作られるのか

パク・ジェサンの父は、妻であるウォン・サンアの父のウォン・ギソンの使用人でしたが、パク・ジェサン自身は、ウォン・ギソンに認められ娘と結婚して今の地位を手に入れます。そのウォン・ギソンはかつて将軍としてベトナム戦争で韓国軍を指揮していたという話が出てきます。

韓国軍がベトナム戦争に参戦したのは、当時の朴正熙大統領がアメリカの歓心を買うためだったらしいですが、ドラマ内ではウォン・ギソンの部隊がCIAによる訓練を受けた特殊部隊であったという話になっています。その際に培ったネットワークが後に彼らがのし上がる基礎となったことが匂わされます。実際、ベトナム戦争によるアメリカからの特需により韓国経済は発展し、後の財閥もその特需によりその基礎を築いたと言われています。

インジュたち姉妹の大叔母であるオ・ヘソクも当時看護婦として従軍していたことで、そのネットワークに入り、それにより不動産投資で富を得ていたということがわかってきます。

正義とは何なのか?

そのパク・ジェサンの不正を暴こうとするのは、テレビ局の報道記者として働く次女のオ・インギョンです。彼女は正義感の塊のような存在で、パク・ジェサンの不正を暴こうとして何度も阻まれてながら、最後にはパク・ジェサンを追い詰め、自殺に追いやります。

インギョンは、パク・ジェサンの不正を追う中で、同僚やそして信頼していた上司までもがパク・ジェサンの影響下にあることを発見します。そのテレビ局自体が、パク・ジェサンの支配下にあるという感じです。諦めないインギョンは、別のテレビ局を使って、自分が手に入れた証拠を流してパク・ジェサンを追い詰めていきます。

ドラマでは、パク・ジェサンは完全な悪であり、裁かれて当然の存在のように描かれていますが、実際、パク・ジェサンが失脚することで、ソウル市長の座を得ることになる対立候補を利することになるわけです。インギョンがパク・ジェサンの悪事を暴くことを流したテレビ局がその対立候補の影響がなかったとは言い切れません。むしろ全く中立なマスコミが存在することはないでしょう。その対立候補はドラマでは全く描かれませんが、パク・ジェサン以上の悪のような存在であるかもしれません。

つまりは、上位レイヤーで権力を握っているものは、力を使って自分の権力を保持しようとしているわけで、誰が権力を握ったにせよ、パク・ジェサンのような存在である可能性は十分にあるということです。インギョンのやった行為が悪かったとはドラマの流れでは思えないですが、果たしてソウル市民全体の利益にとって対立候補が良かったかどうかはその後をみないとわからないということです。

正義とは何なのかということは、結局、市民、国民全体にとってその行為が結果としてどういう意味を持つのか、つまりレイヤー構造にどう変化をもたらすかまで考えないとわからないということになります。そして上位レイヤーをすべてぶっ壊した方がいいように思えても、国内の最上位レイヤーをぶっ壊すと、他国からつけ入られて国自体が崩壊するかもしれないこともあり、そこまで考えると事態はさらに複雑でその帰結をすべて予想して行動することは非常に困難です。

このレイヤー化された社会で生き抜くには?

それではインギョンはどうすべきなのかというと、難しいですが志を同じくする報道記者と連帯し、上位レイヤーの悪が進み過ぎないようにパワーバランスの是正をできるように牽制できる存在となっていくということでしょうか。それは簡単ではなくイバラの道のようには思いますが。

マスコミはドラマでも描かれていたように権力側に取り込まれていることが多いので、権力が拮抗していて、ドラマで描かれるように別のテレビ局が違った報道をしてくれるというように、マスコミにも健全な対立関係があればいいのですが、権力が集中してしまうとそれも失われることでしょう。

多分、普通の人にとっては自分のレイヤー内で楽しく暮らせればそれでいいという人も多いように思いますし、下位レイヤーの人が不当に苦しんでいなければそれでもいいのですが、そういうことには得てしてならないので、インギョンのような存在も必要なのだと思います。

インギョンのような存在でありながら、うまく立ち回れるには、上位のレイヤーのネットワークにもちゃんとは入れてそこでも信頼を得ているし、そのレイヤーの中の信頼できる相手と繋がっているという資質が必要です。それは相手が身体から発している情報をちゃんと受け取って判断できるような資質のような気がします。今の時代、そういう資質が多くの人から失われているようにも思いますが、インギョンのような存在だけでなく、別のレイヤーの人に騙されて利用されないようにそういう資質は必要だと思います。

(補論)シンガポールは理想郷なのか

ドラマの中では、マネーロンダリングの舞台であり、また蘭のオークションが行われる舞台ともなるシンガポール。長女のインジュは、先輩であるファヨンと共にシンガポールを訪れていて、こんなところで暮らしたいと言います。それを見てファヨンは、インジュの名義を使って横領した金で、シンガポールのマンションに暮らしているという設定です。

個人的にはお金持ちの上位レイヤーの人たちにとっては良い場所なのかもしれませんが、あんまり住んでみたいなあと思うような場所には感じなかったです。特にドラマでも描かれていましたが、マンションから紙飛行機を投げたら罰金をとられるとか色々窮屈な感じがしました。それに極端に綺麗すぎるのもどうかなとは思います。もちろん綺麗にしている存在がいるからなんですが、ここにも大きなレイヤーの断絶を感じます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?