種苗法の改正について
最近、種苗法の改正についての記事や意見をSNSなどでよく見かけるようになりました。
「種苗」という一般の方にとって馴染みの薄い、(ほとんどの人にとっては、種苗って何??のレベルだと思います)分野が注目されている良い機会だと思っています。馴染みは薄いが「種苗」は農業にとって大変重要テーマです。ですので、農業者だけでなく、一般の消費者の方もこの議論について考えてくださっていてとてもありがたく思います。
ただ、ネットなどでは、すべての作物・品種において自家増殖が禁止される、それにより生産者が窮地に追い込まれるというような誤解があり、「種苗法改正は恐ろしい」という言葉だけが一人歩きして、内容そのものに関する深い議論がなされないのは、とてももったいないです。あとに述べますが、今回種苗法改正法案が通っても、自家増殖が制限されるのは「登録品種」のみなので、全体の10%程度の品種のみです。
消費者や、生産者に比べて、品種の育成に携わっている人間はとても少ないので、今回私は品種の育成者という立場から、私の思いを皆さんにお伝えすることで、みなさんにより広く考えるきっかけにしてもらえたらと思い、苦手な文章を書いています。長文で読みにくい部分もあるかと思いますが、お許しいただけると幸いです。
色々な考え方はあると思いますが、結論から申しますと、私は今回の種苗法の改正は必要であると考えています。
その理由をお話する前に、かんたんに種苗法についてまとめたいと思います。
(色々な方が動画や記事で解説されております。ここでは、詳しいことまでここでは書きませんので、興味のある方はそちらを参考にしてみてください。)
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種苗法ざっくりまとめ
①まず「種苗(しゅびょう)」ってなに
→植物のたねと苗(なえ)のことです。
②種苗法ってなに
僕の生まれた1978年に制定された「新品種の創作に対する保護を定めた法律」です。
③改正で何が変わるの!?
●いままで●
指定された品目以外は、登録品種でも種苗の自家増殖の容認(ぶどうはOKでした)
●改正後●
原則すべての品目で、登録品種の種苗の自家増殖の原則禁止
④登録品種と一般品種
種苗法において保護される品種は、新たに開発され、種苗法で登録された品種(登録品種)に限られ、それ以外の一般品種の利用は何ら制限されません。
*一般品種とは、在来種、品種登録されたことがない品種、品種登録期間が切れた品種です。
ぶどうだと、一般品種は91%、登録品種は9%です。
(出典:農林水産省HP https://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-1.pdf)
④自家増殖ってそもそもなに
収穫物の一部を 次の作付けのための種苗として用いることであり、農業者にのみ認められているものです。つまりぶどうの場合だと、農家がA品種のぶどうを増やしたいと思えば、A品種の木の枝の一部を切って、地面に挿しておくと、そこから根っこが生えて、農家が自らその品種の苗を増やすことができます。自家増殖を認めるとは、その行為がOKということです。
つまり種苗法の改正後は、ぶどうでいえば、全体の9%程度にあたる新たに開発され、品種登録されている品種に関しては、自分で勝手に増やさないでね。増やすときには、僕のような育成者の許諾をとりましょうということです。のこりの91%の一般品種は引き続き自家増殖可能です。
ただし、特許と同じで品種登録が維持できる期間は決められているので、その期間を過ぎたら一般品種と同じ扱いになります。
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いま個人育種家の私が研究を続ける上で困っていることの一番は、新品種には多大な費用と労力がかかるが、それを回収する仕組みがないことです。(なんとか作りたいと暗中模索しています)
それでも私が育種を続ける一番大きな理由は、「品種多様性の維持」が、これからおとずれる想定がしづらい将来のリスクを最小化し、生産現場の力になると考えているからです。
一次産業に携わっている人間に、昨今の環境の大きな変化を感じていない人はいないと思います。そのような中で、現在ある地域において栽培しやすい品種が、10年後もそうであるとは考えにくい状況です。
そういった環境の中で、品種の力は大変大きいです。
品種改良が大事だとしても、そもそも個人で育種する意味があるか、、と言われるかもしれません。僕はあると思っています。例えば、国家や大手企業さんだけが、品種改良に携わることができる、それはある意味、種苗が農家の現場から離れることだと思いますし、限られた一部の機関や会社だけでなくたくさんのプレーヤーが、品種改良に携わることで、イノベーションも生まれやすいと思っています。
ちなみに皆さんの知っている馴染みのあるぶどうも、意外と個人育種家が生み出したものがたくさんあります。
たとえば、巨峰、甲斐路、ピオーネ、瀬戸ジャイアンツ(桃太郎ぶどう)、ゴールドフィンガー、ベリーAなどなどです。
ぶどうで言えば、おそらくみなさんの知っている品種の半分以上は民間の品種改良を行っている人たちによって生み出された品種だったりします。
ただ、私の知る限り、このような有名な品種の改良に携わった民間育種家の先輩方は見返りを得ることがないだけではなく、多くの私財を投じ、苦しい状況の中で研究に携わっていらっしゃいます。
私の恩師は、私に「育種(品種改良)」をしてみないかと誘ってくれましたが、その時に彼が言った一言を今でも鮮明に覚えています。
「ただな・・育種をすると貧乏になるからな・・・ 」 と
今もその現状はほとんど変わっていないのが現実です。
私はそういった状況も含めて、生産者、消費者、流通業者、そして「育成者」が妥当な対価を貰えるような業界に変えていきたいと思っています。
育成者権を守りやすくするといった意味で、今回の改正は非常に大きな意味を持っています。
果樹は、そもそも種苗の購入機会が非常に少ないです。
苗木を1度買うと10年から20年くらい使うことができます。
そして、作り方や品種によって差はありますが、例えばぶどうは1本の樹で1年間に大体200房くらいは生産することができます。
例えば苗木を5000円で購入したとして、その木から10年間ぶどうを収穫すれば、200房×1000円×10年で、5000円の苗代で、200万円のぶどうの売上を出すことができるわけです。この時点でも苗代はぶどうの売上の1%にも満たないわけです。
さらにそこから自家増殖もオッケーで、2本目からは自分で増やせる現状の仕組みでは、苗木を一本販売してしまえば、その後に苗が購入される機会は本当に限られてしまいます。
この仕組の中で、品種の育成者は今までかけた経費を回収して、次の研究のコストを見出すことが不可能です。
良い品種が生み出せれば、そこからまた生産者も利益を出すことができるのですから、苗代という形がいいのかどうかは検討の余地があるにしても、その開発費の一部を何らかの形で生産者も負担することはそんなにおかしいことではないと思います。もちろん、一般品種は継続して自家増殖できるわけですから、種苗代を負担したくない生産者は、一般品種を選ぶという選択もできます。
もう一点触れておきたいのが、このような現状の中で、果樹苗の業者さんも経営を続ける上で利益を出すことが難しく、ものすごい勢いで減っていっています。今のままいくと更に減り、苗木の供給体制も維持できなくなるのが目に見えています。ただ、農家は苗の専門家ではありませんから、自家増殖で必ずしも良質な苗木ができるとは限りません。良質な苗木が安定的に生産ができる専門家(苗業者)がいなくなることは生産者にとってもリスクの大きいことです。
先行投資して、研究し、初めて品種としてスタートできます。海外流出の話題の発端になった、シャインマスカットは今から約30年前から育成計画がスタートしています。それだけ時間やコストがかかる作業です。他の業界の特許や著作権等、様々な権利と同じだと思います。
農業は「食」「生きる」に直結する大切なものだから、工業製品とは違う、種や苗に権利を主張するのはおかしいという声も聞きますが、それは、食べ物は人の命に関わるのだから、無料で販売すべきだ、という発想にも思えます。農家の生活が成り立たねば、安定して農作物を供給できないのと同じように、育成者も開発を継続する仕組みが必要です。大切な分野だからこそ開発を持続できる形を模索する必要があると考えています。そのために今回の種苗法改正は大きな一歩だと思います。
長くなりましたが、育種の現場からは以上です。長文に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
僕は今後も育種続けたいです。
林ぶどう研究所
林慎悟