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山村美紗作品がトラベルミステリに与えた影響問題

現在、ミステリにおける山村美紗作品の影響を語る人はほとんどいません。十代、二十代でミステリが好きな方は一冊も読んだことがないかもしれないし、名前すら聞いたことがないかもしれません。本屋ではもう既に新刊は並んでおらず、読みたい人は古本か電子書籍しか入手の方法がありません。

そしてワタシを含む中高年には2時間ドラマ隆盛の時期に席巻しまくった印象が強く、読んでないのに知っている人がたくさんいました。2時間ドラマにおける山村美紗先生の影響は計り知れず、京都の各所に山村美紗作品の殺人事件が存在するという、今の人が聞いたら「何じゃそりゃ!?」とおののく状態だったのです。

今のミステリの流行の変遷からは外れているので、新たに語られることは少なくなっていますが、死後にものすごい力作の評伝が出たり、決して影響が少なくなった訳ではありません。

そしてもちろん『少女トラベルミステリ』で絶対に外すことのできない作家です。観光地、旅行、女性探偵と内容直撃、しかも多作でドラマ化の機会が異様に多く、一番長いキャサリンシリーズ第一作『花の棺』に登場した時点のキャサリン・ターナーはコロンビア大学三年生でまだ20歳。『幽霊事件シリーズ』の水谷麻衣子が大学生であることを考えると、充分『少女』の範疇で語っていいキャラです。

祇園舞妓小菊シリーズも、探偵役の小菊が舞妓なので、少女と言ってもいい歳頃です。ある意味『少女トラベルミステリ』の元祖と呼んでもいいキャラを執筆されています。

山村美紗先生以外に2時間ドラマ原作で大ヒットした女性ミステリ作家といえば夏樹静子先生、平岩弓枝先生がいますが、夏樹作品は女性探偵のトラベル要素がなく、平岩作品ではミステリでトラベル、旅情があっても探偵役を強く打ち出す作風ではなく、女性探偵が見当たりません。(夏樹先生は短編集『77便に何が起きたか』ではトラベルミステリ要素の高い作品も執筆しています。そして今だと平岩先生は『御宿かわせみ』の印象が強いですが、ミステリ作品を何作か執筆されていて、『平岩弓枝ドラマシリーズ』でも『花ホテル』『湖水祭』などがドラマ化されています)
ひとつ残らず網羅しているのは山村美紗先生だけです。

それよりも大人の探偵役も多くシリーズになっていますが、山村作品の特徴として「女性探偵がめちゃくちゃ多い」と言って差し支えないと思います。多分ここまで多くの女性探偵シリーズを書きまくった日本人作家はいないはずです。しかも多作なので数多くの女性探偵のシリーズが怒濤のように展開され、ドラマ化されまくった訳です。
それが女性読者に何の影響も与えなかったはずはありません。

殺人など不穏な事件が起こるミステリはホラー、サスペンスと客層が近いです。昔探偵小説と呼ばれた頃には、カテゴリとしてどちらもあまり区別していなかった感があります。
そのせいでどうしても女性には被害者役、脅える役が割り振られ、男性の探偵役に助けられるという作品が多くなってしまうのですが、山村作品の探偵役は基本女性です。女性探偵をサポートしてくれたり助けてくれる男性キャラは登場しますが、探偵役は女性なのです。

2時間ドラマヒットの時期、ミステリはとても売れました。テレビを点ければ2時間サスペンスドラマが複数のテレビ局から放映され、女性探偵のドラマがしょっちゅう放映されている状態だったのです。山村美紗先生、平岩弓枝先生、夏樹静子先生も当時の長者番付に入っています。

女性探偵、観光、旅情、事件が溢れんばかりの状態で、少女読者にも「そういう本が読みたい」というニーズは芽生えたはずです。
旅先で少女が事件に巻き込まれ、心に残る旅を楽しみ、素敵な男性とのロマンスもあったりする小説を求める潜在読者はこういった2時間ドラマブームでかなり増えていたでしょう。セクシーなシーンを含む作品もあったせいで、小学生の女の子あたりは親に「見ちゃ駄目」と止められたりしたかもしれませんが、番宣CMが流れまくっていますから、観ていなくても「面白そう」「観てみたいな」と気になります。

この時期、ミステリは誰でもが読む本ではありませんでした。謎解き要素は脳にやや負荷のかかるエンタメですし、人死にの出る作品は何となく避けている人も多いです。(今だってそういう読者は案外います)女性向けでは少女漫画でも恋愛ものがとても多く、恋愛もの以外の作品を読まないタイプの人も割といます。ミステリを履修してこなかった十代の少女がミステリにはまる『空気』を作ったのは、こういうテレビドラマがきっかけになります。
言い過ぎかもしれませんが、個人的にはこの時期「山村美紗先生こそが一般層に女性向けミステリ、少女探偵へのニーズを作った」と考えています。
読んですらいない潜在読者に女性探偵を叩き込んだ功績はとても大きいです。

次回からそろそろ星子ひとり旅シリーズについて語りたいと思います。ここまで何年かかったんでしょう。途方に暮れます。その前に山村美紗先生のおまけ回をやるかもしれません。

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