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こわいひと

今までの人生でこわいと思ったひとはふたりいる。

ひとりめは、学生時代に出会った男性だ。
共通した友人を通して、知り合った。
初めて会ったときからなんとなく怖くて、イヤな予感がした。
友人たちがその男性と飲みにいくのを止めたかったけれど、わかってもらえなかった。
当然だ。
わたしにも理由が説明できないのだから。

そのひとの中には、大きな穴が見える。
暗く大きな穴で、底が見えない。
それはなんでも吸い込んでしまい、何をどんなに吸い込んでも埋まらない。
そんなイメージだ。
当時のわたしにはここまで明確なイメージがなかったけれど、もしそれを説明できたとしても友人が彼と飲みにいくことを止められなかったと思う。

イヤな予感が当たったのは、何ヶ月か後の飲み会でのことだった。
わたしはそのひとが怖かったから、そのひとがくる飲み会にはいかなかった。けれど、なぜかその日だけ飲み会に参加していた。
いつもの通り、友人のなおみちゃんおっぱいが大きくて可愛いが酔いつぶれ、介抱したかったけれど他の友人も酔いつぶれて手が回らなかった。
数十分たち、ふと振り返ると、なおみちゃんが消えていた。
気づくと同時に、トイレに走っていた。

トイレには、彼となおみちゃんがいた。
彼がなみちゃんの背中をさすりながら胸を触っているのが見えた。
頭に血がのぼった。
「もういいから、わたしがやるから。」
そう言っても彼は動じもせず、怯みもしなかった。
「だいじょうぶ、俺がやるよ。」
わたしが気づいていることに、彼も気づいている。
なおみちゃんから彼をひきはがそうと必死だった。
数分の押し問答の末、わたしが引かないことに気づいた彼は去っていった。

その後も彼は変わらなかった。
彼は酔っていたけれど、わたしが気づいたことを覚えていたし、わたしは一滴も飲んでいなかった。
それでも、彼の態度は全く変わらなかった。
つまり、罪悪感とか後ろめたさとかは全くないようなのだ。
数週間して、男の子たちに「あの子の胸を揉んだ」と彼が自慢していることとそれが噂になっていることを、友人の男の子から聞いた。
その頃から、わたしを信じてくれなかった友人の一部が彼を警戒するようになったけれど、なおみちゃんと彼は変わらず仲が良かった。
わたしはなおみちゃんにその話を伝えなかった。

そして、数年後にそれを激しく後悔することになる。
彼と再会したのは、なおみちゃんの結婚式だった。
彼は彼女なおみちゃんの旦那様がとても仲がいいのだそうだ。
久しぶりに挨拶をした彼は、変わっていなかった。
わたしが彼のしたことを忘れていないこともわかっているようだった。
普通に挨拶を交わした。
白いドレスを身にまとったなおみちゃんは綺麗で光り輝いていた。
それなのに、わたしの頭には血がのぼっていて、お腹がグツグツと熱い。

わたしはもう、何も言えなくなった。
これはわたしの中だけに在るストーリーだ。

彼の中に見えた穴とはなんだったのか。
それは欲望だと今は思う。
彼のそれは果てしない。
何もかも吸い込み、どれだけ飲み込んでも満杯にはならない。
きっと、彼は何をしても満たされないのだ。
彼には善悪がなく、ただ目についたものを穴に入れる。執着やこだわりもない。なんでも食べ尽くす。

わたしは今も、それがこわい。
このことは、わたしをスピリチュアル嫌いにさせた一因になっている。


この話を思い出したのは、数十年ぶりにこわいひとに会ったからだ。

そのひとの中には、黒い箱が見える。
その箱の蓋は少し開いていて、中には黒い暗い闇が詰まっている。
闇の中に、カサカサ蠢く何かや、ドロッとした液体が少しだけ見える。
闇は箱から少しずつ漏れ出している。

表面上のそのひとは、何も問題がない。
穏やかで優しそうで、トラブルを起こしそうには見えない。
あのときの彼と同じだ、とつい思ってしまう。

何も起こらないかもしれないし、誰も信じないだろう。
だからわたしには何もできない。
なにか言えばただの誹謗中傷だ。

わたしにできるのは、自分を彼に近づけないことくらいだ。
そもそも、近づけない。
闇が近づいてきて、わたしの中に滑り込んできそうだからだ。
彼を見ると背筋がゾワッとする。

今回も、何も言えない。
見えたところで何にも役に立たないと思うのはこんなときだ。

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