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番外編: 英国家庭医療学会指導医養成講習会 Part 3

これは「大学院で学ぶ」ではなく、「英語を使って学ぶ」という番外編エントリーである。

4日目:consultation skillの教え方とcontinuing professional development (CPD)

4日目の学びはconsultation skillの教え方から始まった。Consultation modelではCalgary Cambridge model (Silverman, Kurtz and Draper, 1998)、Inner consultation model (Neighbour, 1987)、Patient-Centred Clinical Method (Stewart, 2013)などが話題にあがった。英国ではPatient-Centred Clinical Methodはあまり知られていないようだったので少々驚いた。Patient-Centred Clinical Methodは、英国からカナダに渡りWestern Universityの初代家庭医療学講座の教授となったIan McWhinneyらによって開発されたものだったと思うが、逆輸入はされなかったようだ。日本ではおそらく葛西龍樹先生(福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座 主任教授)が広めてくださったのだろうと思う。Patient-Centred Clinical Methodは地図のようなもので、モデルの中に時間の流れがない。Calgary Cambridge modelやInner consultation modelには、医療面接のどの段階で何をすべきなのかを提示する時間の流れがあり、これらは相互に補完し合う関係と言えるだろう。このことからも、consultation modelを学習者に教えるに当たっては、何か一つの絶対的なモデルを教えてそこから離れないように指導するというよりは、複数のモデルが存在することを教え、その強みと弱み、使い分けなどについて学んでもらい、学習者が自らの診療を発展させていけるように関わっていくことが重要であるように感じた。

このテーマでのグループワークではロールプレイを行った。医療面接を行なった学習者に、それを見ていた指導医がフィードバックを行い、そのやり取りを見ていた観察者が指導医のフィードバックにさらにフィードバックをする、というワークである。飛び込みで来てくださった前野哲博先生(筑波大学 地域医療教育学 教授)から、大学内で学生や若手医師に教育を行う際の実際について思いがけずいろいろなtipsもいただけて、とても勉強になった。また、ネガティブになりがちな指導医から学習者へのフィードバックについては、Dr. Rashidから重要な視点をいただいた。それは、「君はもう標準レベルに達しているよ。試験もパスできる。もし、トップで合格したいなら、君はまだ上に行ける。ここをやったらいい。」といった働きかけの仕方である。ともすればできないところに目がいってしまいがちだが、学習者を安心させてあげることも、学習者を守るという点でも、学習者の学びをサポートするという点でも、重要であると再確認した。

午後からはContinuing Professional Development (CPD)について学んだ。Continuing Medical Education (CME) という言葉の方が、学会の単位認定などの場で日常的に触れる機会が多いのではないかと思うが、CPDとCMDは別物であると学んだ。CMEで扱うのは医学の内容で、かつ知識 (knowledge) の内容に限るものであり、それ以外の生涯学習は全てCPDに含まれるということを学んだ。家庭医には管理者、研究者、教育者、臨床家といった役割があるが、それぞれについて向こう12ヶ月の学習の計画を考えてみるというワークを行った。このワークを通じて、学習は計画しないとなかなか進んでいかないということを認識することができた。英国では家庭医であり続けるためには年間50時間のCPDを行い、そのエビデンスを提出しないといけないらしい。これは、家庭医が家庭医として生涯成長していくためには、様々な領域の学びを継続的に積み上げていく必要がある、ということの一つの現れだろう。

5日目:リーダーシップと困難な状況にある学習者

最終日の5日目の学びは教育現場におけるリーダーシップから始まった。Dr. Rashidはリーダーシップについて、給与をアップさせることでも、名刺にリーダーと書くためでも、いいスーツを着るためのものでもなく、世界を変えるためのものだと語った。家庭医なら患者さんやスタッフや誰かを変えないといけない。教育者なら学習者が変わることをサポートしなければならない。だから家庭医で教育者なら、必ずリーダーシップが必要になるとのことだった。ここでは変化に直面する人たちにふりかかる短期的な負の影響と、長期的な正の影響、それらへの反応の仕方について学んだ。また、いかに些細な変更でも、多くの人々になんらかの影響があることも学んだ。

集団の中には5Cs (champions, chasers, converts, challengers, change-phobics) がいるため、それぞれに対してアプローチを考える必要がある。まず、championは変化に好意的であり、率先して変化を受け入れようとする。次に、chaserはすぐには反応しないが、周囲を見回して比較的早期に身の振り方を決めるため、誰かが動き始めればchaserも動く。そしてconvertはもっとも多い集団であり、すぐには変化せず、様々な情報を吟味して決断するタイプである。対話が重要であり、ここに多くの力を割く必要がある。だんだん相手は厄介になってくるが、challengerは難しい質問を繰り返す集団である。他の集団はこの難しい質問にどのように対応するのか見ているため、challengerに対応しているときは他の集団へのメッセージにもなっていることを知っておく必要がある。この難しい質問は変化のプロセスをブラッシュアップさせるために重要な情報であることもあるため、そういう場合は丁寧な対応が必要である。ただし、challengerの質問はこうしたブラッシュアップに役に立たない質問だったり、変化に直接関係のない質問だったりすることもあるため、ルールを決めて、丁寧に応じるものには応じ、そうでないものは扱わないといった対処が必要である。最後のchange-phobicsは決して変わらない人々であり、変化を遅延させたり妨害させたりする。説得はほぼ不可能であり、変えようとしてはいけない。

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午後からはlearners in difficultiesについて学んだ。よく「困難な学習者」などと言われるが、最初から教育者を困らせようとしている学習者はおらす、結果としてそうなってしまっているということを学んだ。そして、困難になるのは教育者の要因、環境の要因、学習者の要因などが組み合わさることによると学んだ。問題の原因は生活上の問題、知識や技術の問題、職場環境の問題、性格や態度の問題などにあることが多いようで、性格や態度の部分が一番厄介とのことだった。とにかく、問題に対しては”I SID (identify, share, involve learner, document)”で対応しろとのこと。つまり、早期に発見し、自分だけで抱えず、学習者も巻き込み対応し、記録に残すことが大切とのこと。

講習会を終えて

かねてから英国の家庭医教育のシステムに関心があったが、教育方法そのものについては日本と大きく変わりはないように思えた。一方、教育を継続していくためのシステムや資源については、英国は国をあげて相当の整備をしているように感じた。裏返すと、日本ではこうした教育が現場の自主的な努力に委ねられている部分が少なくなく、家庭医を目指す医師、家庭医になった医師の生涯学習という点において、教育・学習格差が生じやすいのかもしれない。しかし、今回の英国家庭医療学会指導医講習会のような場が、こうした格差を減らしていくための1つのアクションになる可能性もある。講習会を参加した医師らが、地方支部でさらに学びを広めていくようなことが繰り返されていけば、地方まで学びの機会が守られていくのではないだろうか。折しも本稿執筆時はコロナウイルスによって人の往来が制限された世界になっている。英国家庭医療学会指導医養成講習会はすぐには再開されないかもしれないが、かわりにオンライン学習の機会が普及するきっかけとなっている。あらゆる家庭医が生涯学習できる仕組みは、近い未来に日本でも構築されていくのかもしれない。


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