見出し画像

Principle 1: 患者にコミットする

さぁ、それでは例の書からprinciplesを紐解いていこう。

"あるclinical disciplineに所属するメンバーは、何を知っているかではなく、何をしているかで分類することができる。したがって、この「何をするか」という行動を規定するprinciplesから考え始めると、家庭医が何を行う存在なのかが見えてくる。これから9つのprinciplesを紹介するが、どの1つをとっても家庭医療に特異的というものはないし、全ての家庭医が9つ全てを体現しているとも言えない。しかし、この9つ全体を一体として扱うことで、他のdisciplineとは明瞭に区別される世界観、価値体系、問題への対処法が導き出される。"

McWhinney, I. and Freeman, T., 2016. Mcwhinney's Textbook Of Family Medicine. Oxford: Oxford University Press.

家庭医療を知るにはそのprinciplesからということだ。では、その世界観、価値体系、問題への対処法を紐解く手始めに、最初のprincipleを見ていこう。

Principle 1
家庭医は特定の知識体系、疾患群、技術ではなく、患者そのものために尽力する。このコミットメントは、2つの点で開かれたものである。
・1点目として、このコミットメントには健康問題の種類を問わない。患者の年齢も性別もどんな健康問題かも関係はない。時に専門医へ紹介する必要があったとしても、家庭医は依然としてケアの連携や継続性に責任をもつ
・2点目として、このコミットメントには終点がない。illnessが治癒しても、治療が終了しても、illnessが不治のものであっても、このコミットメントが終わることはない。この関係性は家庭医療を他の領域の中で特徴づけるものである。

McWhinney, I. and Freeman, T., 2016. Mcwhinney's Textbook Of Family Medicine. Oxford: Oxford University Press.

この1点目として実は大きなテーマだと思うことが、「紹介するべきか、しないべきか」という判断の部分である。家庭医は患者が抱えている問題がどの専門科の範疇に入るものか判断できることが多い。患者や家族が症状などで体調の変化に気づいているような場合は、患者あるいは家族から紹介の希望がある場合もある。しかし、それでも「希望があったからすぐに紹介する」のが正しいかどうかは分からない

家庭医は患者とその家族のことを、ある程度知っている。おそらく紹介先の専門家よりは知っている。患者や家族の背景、懸念、価値観、過去の経験、生活において大切にしていることなどを知っている。

家庭医は診断名が明らかになることが患者のためになることなのか、常に考えなければならない。診断名がつくことには、メリットとデメリットがあるからだ。多くの場合はこのメリットが大きく見積もられ、デメリットは小さく見積もられている。認知症、うつ病、その他の神経疾患などは、診断そのものがstigmaとなることや、illnessを生み出すことに繋がる可能性もある。診断のメリットは、治療がある疾患かどうか、self-limingなのかどうか、年齢はどれくらいで今後どのくらいの期間に渡って影響がありそうなのかといった要素を考え合わせなければならない。また、その診断や治療の影響は患者が既にもつ他の疾患に影響しないかということも考え合わせなければならない。したがって、特に高齢者のケアに当たっては、安易な紹介は気をつける必要がある。紹介のデメリットが目立ちやすい場合があるからだ。

紹介に慎重にならなければならないもう一つの理由は、紹介先の専門家はその科の疾患についての専門家ではあって、その患者の専門家ではないということである。家庭医はその患者を長く診ているかもしれないが、紹介先の専門家は初めての紹介であれば初めて診察することになる。患者が抱えるその疾患部分についての、患者にとっての意味、生活における影響、過去の経験に照らして予想される反応などについて、専門家はそこで初めて対峙することになるのである。この状況下において、その疾患部分が変わると患者全体にとって何が変わってしまうのかについてを短時間で的確に予測することは、通常は難しい作業になることが予想される。したがって、こうした患者全体に何が起きうるかという部分の判断は、紹介をする家庭医側で判断しておくのが、患者・家族・専門家に対する紹介時のマナーではなかろうか。

さて、倫理的な観点からは、何か疾患が隠れている可能性ないしは懸念を家庭医が患者に隠したままでいい、とは必ずしも言えない。ある程度可能性が高い状況があるならば、その可能性について言及し、紹介することのメリットとデメリットについて示し、患者や家族の意向を確認する必要もあるだろう。ただしその際も、説明の中で可能性の高い診断名を使う場合よりも、「・・・のような状態」といった説明の仕方の方が、新しいillnessや不安を助長せずに意思決定支援をしやすい場面がある。

ちなみに、起こっているないしはこれから起きそうなことのうち可能性が低い状況について、保険をかけるように洗いざらい患者の前に並べるのも、いたずらに不安にさせてしまうためによろしくない。家庭医はcommon diseaseを扱っているし、時間を味方につけるのに慣れている。可能性の高いものから、場合によっては時間を使いながら、少しずつ、安全に確認していくこともできる。一度に全てケリをつけようとしない態度もまた重要である。

2点目について。紹介の話と続いていくが、例え紹介しても問題が解決しないこともある。「紹介したから後はそちらで」というわけにはいかない。症状は消えないかもしれないし、その症状と患者が折り合いをつけていくプロセスを支援する必要がある場合もある。場合によっては家庭医にできることは、その場にいることだけかもしれない。ひょっとすると、家庭医は患者がhealingを経験することを支援できるかもしれない(これは家庭医はその環境を作る上で一定の役割を果たしているのであって、家庭医がhealingを起こしている訳ではない)。healingは患者が自分という存在を再定義するプロセスのことであり、healingによってsufferingは緩和されると言われている。これは家庭医が扱う重要領域の一つである。詳細は後に記述していきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?