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ドラマみたいだけどドラマみたいにいってない。(短編小説)

[カギ・カミナリ・ハチ]

死んだと思った、ほんとに。いや、たぶん実際に死んだんだと思う。

だって寒さをほとんど感じないし、ほとんど何も聞こえない。
今私は気温も音も、そういう概念がないところにいるんだろうか。
これが天国ってやつなんだろうか。でも、それにしては何だか味気ない気がする。
ということは地獄? それにしては生ぬるい気がする。
だって今目の前に広がっているのは、重たい色の雨雲とその色に近いアスファルトと、行儀よく両端に並ぶ住宅だけ。
そしてこれはだいぶ見覚えのある景色。いや、見覚えがあるどころではない。毎日のように通勤中に通りかかる住宅街じゃん。
そっか、私は気を失っていただけ。ついさっきここを歩いていた記憶はあるんだから、死んでいないのかも知れない。だとすればこんな近所の道端でいつまでも寝そべっているわけにはいかないね。

私は足に力を入れたが、身体は全然持ち上がらない。というよりそもそも寝そべっている感覚がない。ちゃんと立っている感覚なのに、濡れてるアスファルトが異様に近いところにある。

「立ち上がる時って、どこに力を入れるんだっけ?」

恥ずかしさを紛らわそうとそう声を上げてみたけど、私自身の耳にそれは届かなかった。やっぱり耳がおかしくなったのかな。
あちこちの部位の一つずつに力を入れていくけれど、一向に立てない。

ふわっ。

背中の辺りに力を入れたそのときに、体が浮いたように感じた。
恐るおそる見下ろすとやっぱり浮いていた。でも力の入れ方が解っていないせいか、浮遊ができない。
浮いているというよりどちらかといえばこれは、飛んでいるみたい。

「やっぱり死んだんだ。だって直撃だったもん」

よく運命の出会いとか、天才的な絵や曲なんかができた時に「雷が落ちて来たような衝撃」なんていうけど、そんな奴らに私は教えてやりたい。

そんなもんじゃねよ。雷ナメんなよ。って。

直接食らった私が言うんだから間違いないでしょ。
この感覚は当事者にしかわからないだろうな。
知ってる? 雷って黄色じゃなかったんだよ。落ちたとき一瞬で真っ白。かと思えばその途端ブレーカーが落ちたみたいに真っ黒。意識が飛んでいく最中に、黄色くないんだー。って思ったもん。走馬灯なんて悠長な時間もなかったし。

「あの世ってもしかして、パラレルワールドみたいなもの? 私がいた世界と全然変わらない」

飛び回りながら辺りを探索していても、飛んでいること以外は全くと言っていいほど変化がない。
あ、だってほら。すぐそこにちょうど家に帰ろうとしてた私がいるよ。

「私!?」

私じゃん。あれ絶対私だって。わあ、後ろ姿の私、初めて見たな。というかあの私は、さっきから何やってんの。四つん這いで、なんか力んでるような。

「あ、ジャンプした。コケた……え! 何やってんの!? やめて恥ずかしいから。何やってんの!?」

目の前の私と同じ見た目のその子は、さっきから何度もぴょんぴょん飛び跳ねては派手にコケている。でも、その姿をみているいうちに何となくわかってきた。もしかしてあれ、飛ぼうとしてるんじゃ?
そのとき、何となく視界に入った一つの住宅の掃き出し窓。それはカーテンが閉められていて鏡のようにこちらの様子を写していた。そこには滑稽に飛び跳ねるあそこの私と、そのちょっと上には蜂が映し出されていた。何となく察したけど、その映し出された蜂は私が移動するほうへ寸分の誤差もなくついてくる。

「どう考えてもあれだ。私、蜂になってるわ……。ハチ!? 蜂ってなに? 私の来世蜂ってこと? よりにもよって蜂?」

いや待て待て。一回整理しよう。私の来世が蜂だったとしても。もしそうだったとしても、そしたらこの目の前奇行に走り続ける私の説明ができていないよね。
来世のパターンじゃないならもう、あれしかない。あそこの私の中には蜂の意識が入ってる。入れ替わってるパターンだ。

たぶん雷に打たれた時に、私の服にでも付いていて、二人仲良く打たれて中身が入れ替わったと。
あー、まあまあ。辻褄が合うね。納得なっとく……。

「しないよ! うわ待って、相手ハチですか。普通男女でしょこういうの。お風呂どーやって入ればいいのよーってやつ。で最初ケンカばっかりなんだけど、どうやって戻ればいいか話し合ってるうちにお互いに___っておい蜂の私! どこ行くの! 私の身体でウロウロすんな!」

気がつけば蜂の私は、四つん這いでぴょんぴょん跳びながら、たぶん当てもなく動きだしていた。

「うわまじか。蜂だから意思疎通できないよ」

とにかく私は、その蜂の私の服にしがみついた。
とりあえずこの状態で、もう一発雷を待つしかない。それがきっと鍵だから。


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