懺悔:何故私はその道を選んだのか

その日は曇り空でした。その雲は雨を食い止める救いの雲だったのか、それとも太陽を隠す悪意の雲だったのか。

「やる。俺はやる。その為に来た。二年間血反吐を吐いてきた。やるぞ。」

声優専門学校、そこに何の為に行くのか?声優や俳優になりたかったら劇団に行って修行したり、オーディションを受けて事務所に入れば良いのです。事実、売れている声優さんにも「事務所にボイスサンプルを送りまくって受かった」と言う人も居ます。しかし、そこまで行動出来る人はそれをやらずしても声優になっているのです。そうは成れないワナビーボイスアクトクリーチャーはどうするのか?声優専門学校に入ります。何故か?それは二年間の修行の後に「プロダクションオーディション」と言う物があるからです。

「能力を高めてから学校に来てくれるプロダクションオーディションに受かったら声優やんけ!むほ、お得。いとお得」
そう言う風に考えた結果専門学校に入るのです。そして、私が専門学校に行っていた時代はネットも無いですし、養成所情報はアニメージュやゲーメストにチラっと載っている物しかありませんでした。


オーディション、声優に成れる人間は一掴みの人間だと言われます。しかし私はそれに異を唱えたい。声優に成れる人間は「ひとつまみ」です。狭き門に入るのは意外と楽勝です。しかし、そこから先はまた別の話、今回はプロダクションオーディションのお話しです。

「マンカスと遅刻ザーメンの間の子ども!プロダクションオーディションが始まるぞ!貴様らの二年間を叩きつけてやれ!声優事務所に受かった声優だけが真の海兵隊員だ!!」

「ガンホー!!」

ついに始まりました。演技、歌、ダンス、全ての集大成のプロダクションオーディションです。ついに始まります。恐怖のオーディションが。私にも先輩は居ました。一年上の先輩です。しかしその先輩は私の同期と生ハメセックスをする事に命を懸けていたらしく全くオーディションに受からず、「卒業」と言う結果で消えていきました。そうです、声優専門学校には卒業があります。それは二年間の学習期間が終われば誰しも平等に「卒業」してしまうのです。その先の結果が決まっていても、決まっていなくても。

「後藤はどこの事務所が本命なの?」

「うーん、正直迷っている。俺は今まで色んな事を学んで、もしかしたら声優よりも舞台とかが合っているのかと思っているんだ。笹本は?」

「俺は関西で仕事したいから関西の事務所を狙うよ。なんて言うかあっと言う間だな」

「そのあっと言う間に彼女を三人変えて手マンを6人にした男は偉大だと思うよ」

「後藤、勘弁しろ。お前も雛子と…」

「殺す。まだ傷は癒えていない」

そんな感じで受ける側は本命の事務所や「大手だしとりあえず受けるか」と言う事務所を選んだりします。選び選ばれる。その行為は後々恐ろしい事に繋がっていきます。

そしてこの時期は全員が「まあどこかに受かって声優になれるだろう」と思っているのです。プロダクションに受かる為にここに来ました。声優に成りたいと言う気持ち、それをブチ壊されるのもこの場所、突破するのもこの場所。やるしかないのです。ここで落ちれば二年間の時間も学費も全て無駄です。

「私~!絶対絶対絶対に!スルメ事務所に入る!小さい頃からの夢だったんだもん!」

「雑魚美がそこに行きたいなら…俺も一緒に受かりたいよ。二人で受かろうね…」

無禄と雑魚美が夢を語らっています。イチャイチャを見せつけ、今にも給湯室で性行為を行う様な熱意で。

「無禄もスルメ狙ってるの?講師は皆、お前は吹替え向けって言ってるけど、スルメってアニメ強いんじゃないの?」

「俺もそう思う…でも…雑魚美が行きたいって言うから…一緒に俺も…行きたいんだよね…後藤は舞台系行くの?」

「うーん、舞台系って言うか、まだ何も分からないって言うのが本音だな。スルメも勿論受けたいけど、どうせ落ちるだろうしな。学科生全員受けるでしょ?」

「私~!絶対にスルメ事務所に受かるから!そこ以外考えて無いもん!」

「雑魚美…一緒に頑張ろうね!!」

見てられませんわ。正直無禄はおっそろしい位下手でした。演技と言うか棒読みと言うか自然ぽい演技ばかりするので講師も苦し紛れに「吹替え向きじゃない?」と言ったのです。そして無禄はそれに気を良くしてそのまま特に伸びる事も無く今を迎えたのです。
雑魚美は意外と器用に上手くこなして、持ち前の声の良さもあり在学中から何本か仕事をするレベルになっていました。

「雛子、君はどこに行くのだ?」

「雛子ね、ナレーターに成りたいからナレーターの事務所受けるよ。後藤君は?」

「うぐぐ、まだ迷っている。やっぱり皆決めているんだな。ポム巻さんが居たらどこに行っていたんだろうな」

「ポム巻さん…そうだね。でも…ポム巻さんの分まで頑張らないとね」

「そうだな、居る人間はやらないとな。ちゃんとどこかに受かって報告したいしな」

「ごっちゃん!俺はカマボコーポレーション受けるで!絶対に受かりたい!俺が憧れてこの道目指すキッカケになった長珍保さんいるしな!」

「お、蛸村さん。憧れの人が居る所とか良いよね」

「ごっちゃんはどこに行くの?」

この質問は何十回も聞かれました。しかし私は本当に何も決めていなかったのです。ただただ声優に成りたい。その気持ちで入学し、「舞台とかもしていないのに俺は声だけで芝居をやる声優になるのか?」と言う気持ちになっていたのです。俺は本当に声優になりたかったのか?俺は何になりたかったのだ?声優に本当になりたかったのか?ただただ就職も進学もしたくなくて、何となく来ただけじゃないのか?ほら、だって今「憧れる人」って居ないだろ?お前はただただ逃げてここに来たんだ。逃げ場として、女に手マンをする為にここに来たんだ。お前に何も無い。お前はただの高卒男だ。お前はただの搾取される人間だ。

そう言う心の闇が私を包もうとしていました。私には明確なビジョンが無かったのです。専門学校で色んな事を学びましたが、私の武器は「勢い」「発想」「フリートーク」と言う、選ぶ側からしたら「それは良いんだけど、声優としての武器は何なの?」と言われる「オプションとしては良いけど、武器としては使いにくい」と言う物しかありませんでした。それが二年間、武器を持つ事も出来ずに過ぎてしまってこの場所に立っていたのです。

俺はこのまま終わるのか?いや、ビジョンはあるぞ。俺は俺としてやるんだ。俺みたいな人間は何かに憧れた所で憧れを走破出来ぬ。ならば、ならば壁にぶち当たって粉砕して新しい道を走破するしかないのだ。

悩もうが決めようが時間は進む。予定は進む。十二月に入ってすぐでした。最大手、スルメ事務所のオーディションが始まります。

「アホ犬にレイプされた母から生まれた未熟児共!!これからスルメ事務所の人が事務所説明会を開くぞ!!何か質問等があれば聞いておけ!!健闘を祈る!!」

「ガンホー!」

全く現実感が無いままに、流されるままにオーディションの幕は上がりました。事務所説明会、そしてその後流れでオーディションです

「どうもスルメ事務所の鬼上です。本日は事務所説明会にこんなにも集まっていただけるとは恐縮です。それでは少し説明を」

と言う形で説明が行われました。説明と言う説明は無く、ただ誰が審査するのかを説明し、そして諸注意を言われただけでした。

え?それだけ?質問タイムも無しにオーディションに移行します。そしてオーディション課題が後で受ける人間にわからない様に、同じ階の三部屋に

控え室

オーディション室

終わった人間室

と分けられました。心の準備もへったくれもありません。いきなり始まるのです。唐突に事も無げに始まるのです。我々の人生を懸けた戦いがまず、第一陣、十人が受けに行きました。全部で五十人が受けるオーディションです。一体どう言う風な事をするのか?各々は柔軟や発声練習をしたり、かなりピリピリした空気が生まれています。そう、考えたらこのオーディションを受ける人間は多かれ少なかれ全員が敵なのです。二年間お互いに切磋琢磨し、仲を深めてきた人間がライバルとなり、少ない椅子を取り合う状況に強制的に追い込まれるのです。もちろん友達は大事です。しかし、このオーディションには自分自身の未来が懸かっている。受からないと全てが無駄になります。その恐怖を感じながらも何の対策も出来無い内に戦いは始まったのです。

十五分後、第二陣が呼ばれました。雑魚美もその中に居ます。十五分?十人入ったのに十五分?出入りや移動の時間も考えると一人一分も掛かっていないのでは無いのか?その不安を全員が感じながら、緊張で顔が真っ青になった雑魚美達はオーディションに向かいました。

「無禄、雑魚美大丈夫かな?あんな状態初めてみたぞ」

「うん…俺も心配だよ…でも呼ばれるの早いよね…」

「だな。予想だけど、このペースはセリフ一つ、ナレーション一つの自己PR30秒とかじゃねえかな?」

「ああ、俺もそう思っていた。後藤は何か対策してきた?」

「全く。出たとこ勝負しか無いよね。何か傷跡を残す」

「俺もそんな勇気が欲しかったな。でもやるべきことはやる。俺が受かるから後藤には先に謝っておくよ」

「ほほほ、小童が。まあせいぜい頑張るのだよ?」

そんな事を言っていると第三陣の人間が呼ばれました。私の組です。
呼ばれた瞬間、一気に緊張しました。多分これからの一分位で俺の人生が変わる。俺の二年間の集大成が問われる。負けて成る物か。俺はやっていくぞ。さっきは軽口を叩きあった無禄ですが、私が控え室を出る時に目をやるとサムズアップをして送り出してくれました。ありがとうな。やるぞ俺は。

廊下がいつもより長く感じます。体は感覚をなくした様にふわふわします。数秒前に何を考えていたのかを思い出せなくなっています。これが極度の緊張です。緊張に飲まれるな。俺は俺の持ち味を活かすしかない。やってきた事しか出ない。俺の!二年間を!!叩きつける!!!

「失礼します!」

全員が入り、十個並べられた椅子の前に立ちました。

「はい。ではお座り下さい。自己紹介の後に椅子の下にある課題を読んでください。自己紹介は30秒でまとめてください」

目の前の審査委員は機械の様でした。一人は資料を見ながら説明をし、一人は私達の方を無表情で見つめ、もう一人は無言で資料を見ていました。

一番手が自己紹介、課題を読み上げます。

全くなんの動きもない。私達を見ている一人は無表情で見つめ、後の二人はたまにペンで何かを書いているだけです。え?それだけ?俺たちの二年間ってこれだけで判断されるの?課題は575の川柳みたいなCMナレーション一本。そして十文字そこらのセリフ一本。これで俺たちの何を判断するの?ちょっと待てよ。これはフェアじゃねえだろ。もっとやらせろよ。おかしいだろ。俺たちの何を見るんだ?もちろんそっちは見るプロで俺たちはただの専門学校生だ。それは分かる。でも、これはあんまりにもあんまりじゃないか?俺たちの全てを否定しているんじゃないのか?
俺たちはこんなオーディションで評価されるのか?

私の番が来ました。

「後藤健和です。趣味でバンドのギターボーカルもやっています。何でもやります。よろしくお願いします。」

そして課題をやりました。俺の二年間を喰らえ。高熱を出してもレッスンをした。女と別れてもレッスンをした。夏休みも集まって自主練をした。その気持ちを全部、この瞬間に叩き込む。思い切り叩き込む。一字一字に魂を乗せろ。ワンアクションに全てを賭けろ。このチャンスを無駄にするな。俺は成ろうとした存在に成れるかの瀬戸際なのだ。やる。やりぬく。やってやるぞ。俺は生きてきた。俺は耐えてきた。俺の全てをぶつけるぞ。そして今ぶつけた。どうだ。ざまあみろ。何か一言俺にくれてみやがれ!あえて滅茶苦茶にかましてやったぞ!

「はい。ありがとうございました。それでは次の方」

え??あれ???うん???

その後もそんな感じで全員が課題を読み、そのまま終わった人間室に向かいました。

「なあ、これで終わり?」

「みたいだね」

「終わったのか」

終わった人間室のドアを開けようとしたら、中から泣き声が聞こえてきました。あの声は多分雑魚美です。多分雑魚美も私と同じ様に「今までの二年間をぶつけては見たが何も反応が無かった」形なのでしょう。そりゃ泣きたくもなるぜ。私はこの事務所は本命ではありませんでした。そんな私もかなり心にダメージを受けました。本命!!と何度も人に言い、入学当初から言い続けていた雑魚美です。そのショックそして全員が感じているだろう「手応えの無さ」に衝撃を受けたのでしょう。私も事実膝に来ていました。少しトイレにでも行って落ち着こう…

トイレに行って自分がどんな風に発表をしたのかを思い出そうとしていました。何も思い出せません。多分やるべきことはやった。後はもう向こうが選ぶかどうかだ。少し落ち着きを取り戻した所に無禄がトイレに入ってきました。

「お、後藤。終わったんだ」

「おう。すぐに終わった」

「そっか。俺は最後の組だからもう少し後だよ」

「そうか。まあ…頑張れよ。しかし不思議な物だよね。皆で一生懸命何かを作ってきた二年だった。でも、今は少ない椅子を奪い合う為だけにお互いを蹴落とし合いしている」

「そうだよね。本当に不思議だし因果だ。なんていうか、普通の社会と同じだよね…皆一緒にスタートするけど、結局はたどり着く場所の奪い合いになる。正しいか正しくないかは分からないけど、自然な事なんだろうな…」

「そうだな。でも、俺はそんな中でもギスギスしたく無いし、出来る事なら全員がどこかに決まって一緒に東京に行きたいと思っている。甘いとは思うけど本音だよ」

「そうだね…それが…一番だよな」

余り長居をする訳にも行きません。だが、無禄も全部分かっているのです。二年間の積み重ねが不条理な短時間で決まってしまいます。でも、それはどこだってそうです。面接に数時間かけてくれる会社はありません。声優の世界と言えど、そこは小さな社会なのです。その社会の中で声優としての枠組みで生きていくのです。

「後藤はどうだった?」

「多分落ちたな。何となく分かる」

「そっか…」

顔を洗いながら私は色んな事を考えました。そうだ、小さな社会で蹴落とし合いは始まる。でも、全員は仲間だ。二年間一緒にやってきた仲間なんだ。だったらもう…全員で椅子を奪い合うんじゃない。全員一緒に行くのだ。勿論それは夢物語で、絶対に何人かは脱落をします。はっきり言って私の考えている事が馬鹿げて居ます。アホです。でも俺はアホのまま二年間学んで来た。だったらもうずっとアホで良い。良いアホでありたい。無禄、お前はスルメ事務所入りたいんだな。俺はお前と友達だ。俺は多分無理だ。落ちた。だからこそ友達のお前には…受かって欲しいぞ。

「無禄」

「何?」

「自己PR30秒、ショートナレ一本、十文字少しのセリフ一本だった。台本はグループ毎に違うかも知れないが傾向は似てるかもしれん。内緒な」

「え…!?ああ…ありがとう…」

あの時無禄が私にサムズアップしてくれた様に私は親指を立てトイレを出ました。私はあの雲が救いの雲と思えたからです。

~巻の二に続く~

嫌な話しになる予定が思いの外青春な形で進んでしまいました。でも、これはまだ導入だ!!ガンガン進むよオーディション!どんどん落ちるよ生徒達!声優専門学校血風録!!次回に続きます!と言いながら6月末締切のコンペみたいなのに長編を送りたいので少し更新が下がります。どうせ落ちるでしょうからその後noteにアップします。よろしくお願いします。

※この記事は投げ銭です。何かポンチャックパワーを感じていただけましたらよろしくお願いします。


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