懺悔:何故私はその道を選んだのか~巻のニ~

前回のあらすじ!ウワー!オーディションが始まった!死屍累々の道をおっかなびっくり歩くひよっこども!戦いは始まっている!誰もが少ない席を取る為に奪い合う世界!頼れるのは己のみ!だけどなあ、仲間がいねえなんて言ってねえぞ!

https://note.mu/gotoofthedead/n/ne7d60dc74dd4

オーディションが終わって二日後に結果が届きました。初めてのオーディションだったと言う事もあり、全員の前で結果が発表されます。声優と言う仕事は結果が全てです。その片鱗をこのプロダクションオーディションで感じていました。

「ここで事務所に受かった人間は真の海兵隊員に成れる!だが落ちても気にするな!!事務所には特色ってのがある!!合う合わんはある!!海兵隊員はくじけない!!結果を言うぞ!!」

「ガンホーーーーーーー!!!!」

「中々いい顔つきになって来たな!数千の練習も一度の本番には敵わない!!では言うぞ!!まず事務所所属!!……………該当者無し!!!」

ああ、これはもうしょうがない。そう言うもんだ。

「がっかりするな!!大抵居ない!!この学校が始まって二人しか居ないんだ!次!!準所属!!!……………………珍革豊!!」

うおおおおおおおお!と言う声が聞こえました。珍革です。この珍革と言う男、中々に不器用なのですが、その表情や立ち振る舞いから物凄い輝きを見せる男でした。今までの話しに出てこなかったのは違うクラスだったので全然仲良く無かったからです。

ああ、こいつなら納得だな。そりゃ上手いもん。そしてスターっぽいしな。さて、次だ次。

「養成所特待生!!!これも中々物だ!普通なら三年通わないとダメな養成所が一年だけで済む!そして学費は普通に通う人間の半分だ!!発表する……………無禄真司!!後藤健和!!佐藤ぽこ!!鈴木適当!!」

うお、呼ばれた。俺かよ。マジかよ。無禄もかよ。私は無禄の方を見ました。無録も私の方を見ました。あの時の様にサムズアップはしませんでした。しかし、お互いの視線の中には確実に仲間を思う慈しみがありました。そして無禄は私とは反対の方向を見ました。そこには雑魚美が居たのです。雑魚美は完璧に憔悴しきっていました。まるでこの世界に存在していないかの様に心を閉じ、そして周りを遮断する事で自分自身を守っている様でもありました。

「あと、養成所二年目合格が二十人!!以上!!詳細はまた伝える!!!名前を出した貴様等!!おめでとう。お前たちはこれで真の海兵隊へのチケットを手に入れた。俺は素直に嬉しいぞ。何か質問がある人間は聞きに来い!それが海兵隊員だ!!」

しかし私は考えていました。養成所で良いのか?そして俺はこの事務所になんの思い入れも無い。多分俺の持ち味はちょっと普通とは違う所だ。そんな俺があんなシステマティックな審査をする事務所の養成所に入って良いのか?もしかしたらちょっと変わり種として俺を受からせたのかもしれない。この後、数十の声優事務所、芸能事務所のオーディションがある。ここで決めたらもう楽だ。後はその後の事を考えて進めば良い。しかし…こんな重要な決断を…今…自分でもよくわかっていない流れで決めて良いのだろうか?

ここで少し説明をします。

大体の事務所には合格のランクがあります。一番上がプロと同じ立ち位置になる「所属」正直これは大手事務所なら年に一人居るか居ないかです。小さい事務所なら所属待遇も多いですが、それはまた地獄の始まりです。その話しはまたの機会に…

その次が「準所属」この形で合格が出たら泣いて喜んで良いレベルです。これは社会で言うなら「研修期間を付けるけど一応一員ね?ダメなら切るけど」って状態です。ダメなら切られるとしても声優に成れると言う事には変わりません。

そして私が入った「養成所特待生」これは養成所には通ってもらうけど、学費は多少オマケするよ。でも、そこから準所属に上がれるのかは分からないです。実際に養成所でサイナラって人も凄く多いです。

そして一番下が「養成所一年目合格」これは普段事務所がやっている養成所オーディションの合格と同じです。正直これで養成所に入るなら辞めといた方が良いレベルです。多分学校との付き合いもあるのでしょう。学校は実績の為に養成所でも入れたい。声優事務所は入れたら入れるだけ金が入るし、この学校ともより縁が深く成る。ウィンウィンと言う関係です。「ちょっと見てみたくはあるけどどないでっしゃろな?」な感じです。でも、本当に厳選した養成所生を取る所もあるので一概には言えません。クソな事務所はクソオーラが出て居ます。スルメに関しては厳選の方かと思われます。

話しを戻しましょう。恋人が本命と言っていた事務所が落ちて戸惑っている無禄、意外と最悪を回避した形で受かった私、そして世界を遮断しソラキレイ状態の雑魚美。これはもう結構辛い。いや、辛いと言ってもこれは自己責任だし、選ばれる部分では運も有る。だからこそ私達は落ちて地獄の底でソラキレイを連呼する仲間を救う事が出来無いのです。何を言っても癒される訳でも無いし、状況が変わる訳でもない。私達は何をしてあげられるのか?敢えて無視をすれば良いのか?雑魚美はここではない世界をさまよいながら教室を出て行きました。多分トイレに行ったのでしょう。

「無禄、やったな。でも…まあ…雑魚美の事は…まあなあ」

「いや、俺は覚悟していたよ。雑魚美は可哀想だけど…しょうがない。後藤は行くの?」

「正直考えている。俺はせめて準所属で行きたいんだ。金も無いしな。無禄は?」

「狙っていた事務所ではあるけど…何で俺が?って言う部分もあるんだよね…」

「だったらさ…担任に聞きに行かない?何か教えてくれるかも知れないしさ。雑魚美も連れて行こうぜ。救いになるのかはわからんけど、今よりはマシな気持ちになれるだろうし」

「そうだな…呼んでくるよ…」

そして私は雑魚美を待っていました。笹本や蛸村からスルメ行くの?と言われたのですが曖昧に言葉を濁していました。正直本当に分からなかったのです。そしてその間に雑魚美が戻ってきました。目の周りのメイクが完全に崩れパンダみたいになっています。人前では良く見せようとする雑魚美がそんな状態で教室に現れた、本当にただただショックだったのでしょう。

「雑魚美、担任に結果の理由聞きに行こうぜ」

「え…?うん…でも…私…私…………落ちちゃったし…………」

「だからこそだ。何故落ちたかを聞くしか無い。この後にまだ数十社のオーディションがある。そこには他の大手事務所も山程有る。だったら今回の失敗を糧にするしかない」

「うん…でも…怖い…何だか…私の全部が否定されたみたいで」

まさに否定されたのです。落ちる=今までの二年間、生きてきて20年が否定されるのです。たった1分足らずのオーディションで。「お前は必要無い」と宣言されるのです。しかし、それは実社会でも同じです。どれだけ良い大学を出て、就職活動をしても、ダメな時はダメです。本当に全力で否定されます。そしてそんな新卒生と同じなのです。まだ落ちる事にも慣れていないですし、この世界は自分に都合よく動いていると思っている若造なのです。だからこそ、だからこそ無謀を武器に立ち向かわなければ成らないのです。

「雑魚美。俺はスルメに入るよ。養成所だけど…俺は絶対にプロに成る。雑魚美は本当に上手いと思う。俺は…正直…棒読みに毛が生えた程度だけど…雑魚美が落ちた分だけ死ぬ気でやるから。この二年間よりやるからさ」

無禄、てめえカッコイイじゃねえか。よく考えたら皆、付き合ってはガンガン別れていく中でずっと雑魚美と、他の人に手マンされたりいきなり抱きつきに行ったりするオタサーの姫的な人間と二年付き合っているんだからそりゃ良い奴だしかっこいいよな。見直した。

「行こうぜ」

私達は職員室に向かいました。

「ほう、どうした?」

「いや…少し気になる事がありまして…ちょっと無禄と雑魚美と話してきて…あの…何で俺と無禄が養成所の特待で、雑魚美が落ちたんですか??」

「ほう?知りたいか?知ると言う事は何にも勝る快感だ。よかろう!教えてやる!まず珍革の所属は俺が推した。あいつは在学中から仕事してるし正直上手い。だったらトップで放りこんでやりたい。向こうの好みにも合ったみたいだしな。そして無禄、最近スルメ事務所は吹替えを強くしたいと言う気持ちがあり、新人は吹替え特化の人間が欲しかったんだ。周りの人間がみんなアニメっぽい芝居をやるなかで、お前の芝居は吹替えに特化していると思われたんだろう。地力があれば準所属も狙えたと審査員は言っていたぞ」

「そうだったんですか…そんな…なんていうか…そんな選ばれ方があるんですね…」

「良く有る話しだ。上手い下手じゃなくて合う合わないって言うのはそう言う所だ。そしてお前等は平等では無い。学校として推したい人間も居るのは分かっていると思うが、推し方は思っているより露骨だ。これは軍曹である俺にはどうにも出来ん。学校大統領の思惑も有る。俺は力こそパワーで決めて欲しいとは思っているがそういう訳にはいかんのだ。俺は政治にはある程度しか手を付けられんのだ」

「そうだったんですか…それで…あの俺はどうして特待なんですか?」

「お前たちをガン見していた審査員が居ただろう?あの人が後藤を推したらしいぞ。ああ言う風に無表情で見るのはセオリーなんだ。そこでビビって引く人間かどうかを見ると言う部分もある。話しを聞いていたら後藤は結構メチャクチャやったらしいな。それが評価されたんだろう。」

「成る程…」

「私は…私は…どうして養成所にも受からなかったんですか!?!?!?私…誰よりもスルメ事務所に行きたかったんです!!!」

「雑魚美…お前の海兵隊魂は俺にも伝わっている。俺はお前のそのマインドや技量を評価している。しかしだ、お前は…運が悪かったんだ」

「え…?運?どう言う事ですか?」

「去年の話しだ。雑魚美と声が物凄く似ていた先輩の丼トメ子を覚えているか?」

「はい!トメ子先輩!ボイスサンプルとか録ったら…本当に声が似ていてびっくりしました!!」

「あいつが去年スルメに入って、スルメも気に入って今売ろうとしているんだ」

「やっぱり!トメ子先輩凄く上手だし!」

「トメ子に勝てるか?」

「いえ!!私なんか全然です!!!!……………あっ…」

「そう言う事だ。声質が似ていてお前より上手くて売り出したくて同じ学校出身の人間なんだ。」

運命と言うのは何と残酷なのでしょうか。そう、ただ実力があってもダメなのです。声質、それが被っていると言うだけで雑魚美は落ちてしまったのです。演技や基本に付いては審査員全員が評価していました。しかし、一年上の、去年スルメに入った先輩が居た、それも雑魚美と同じ声質の先輩が。だからこそそれなりの能力があった雑魚美が養成所にも受かる事が出来なかったのです。

「そんな…そんな…私…私…今まで…二年間ずっと頑張ってきたんです…それなのに…それが…似てる人が居たからって言うのが…理由なんですか?」

「雑魚美、そして無禄、後藤。良い機会だから知育してやろう。お前たちが行く世界はそう言う世界なんだ。実力がある人間は山程居る。今売れている声優を聞いて本当に上手い人間は何人居る?そこまで多くないだろう。しかし、そいつらは「その世界に居なかった声」と「今やる人間が居ない芝居」を持っていたんだ。実力って部分は補填出来る。そして一気に伸びる事もある。しかし、基本の部分は変えられん。良い悪いじゃない。合う合わないってのはそこなんだ」

納得するしかなかった。食い下がった所で落ちた結果が変わる訳でもない。ただただ時間は前のめりにハイスピードで過ぎていくだけなのです。誰しもが同じ条件で、同じ鼓動で。

「納得出来んのは分かる。しかし納得しろ。まだ事務所は山程オーディションに来てくれる。それだけウチの営業が走り回っているんだ。目に見えるだけが仲間じゃないぞ。大手もまだ沢山来る。雑魚美、腐るな。ここではそんな事教えて無いぞ。戦え。武器はお前にくれてやった。打ち方も教えてやった。だが引き金を引くのはお前だ。そして俺はそれが出来る様に支えてきた。健闘を祈る」

雑魚美は泣いて居ました。しかしその涙は負けた自分を飾る涙では無く、自分の中の負の感情を涙に乗せて排出する涙でした。彼女には次が見えている。無禄にもスルメ事務所に入る次が見えている。だが俺はどうなんだ?このまま流される様に入るのか?俺は、俺はスルメ事務所に本当に必要とされているのか?俺は本当にそこで声優になれるのか?俺は今まで運良くひっかかった事に甘えてばかりだった。そして今、自分の人生の究極局面でも甘えようとしている。「特待生、学費半額」金持ちでも無いし親は喜ぶだろう。そして俺もとりあえずは東京に行く事が出来る。しかし本当にそれで良いのか?俺は…本当に納得が出来ているのか?

無禄と雑魚美は教室に戻りました。私はもう少し話したい事があると言って残りました。担任は全てを見透かした様な目で私を見つめています。

「後藤。お前の凄さは狂ってる事だ。そして自分の力で狂気を出し入れ出来る事だ。演技の上手い下手で言えばそれなりとしか言えないし、声に個性が無いお前だが、それを何とかする事が出来る武器だ。だがな、スルメ事務所に所属している人間を知ってるだろ?全員オールラウンダーなんだ」

「わかっています…正直…俺がどうしてこの待遇で受かったが分からないですけど…ちょっと変わった人間が欲しいんだろうなって言う予想はしてました」

「その通り。しかしそれなりの待遇を貰ったんだ。どうしたいんだ?」

「…………」

「お前は何に成りたい」

「…………」

「俺はお前を二年間見てきて分かるぞ。お前は声優じゃなくて、ただ思い切り前に出たい人間なんだ」

「…………」

「型にハメられる事務所にお前は向いて無い。大手じゃなくて小さな事務所こそお前は輝くぞ」

「え……?」

「俺はな。お前たちを育てる責任があるんだ。お前たちが納得出来無い戦線に送り出す事は出来んよ」

「俺…スルメ…辞退します」

「わかった。向こうには上手く言っておく。何の心配もするな。デカイ図体で泣くんじゃない。次のオーディションは年末に一本大手事務所が入る。それも一応受けとけ。そして年明けからはほぼ毎日オーディションだ。まだ伸ばせるのなら伸ばせ。以上だ!」

この世界、声優専門学校と言う世界に敵は居ない。全員がライバルであり、全員が仲間だ。そして誰よりも厳しく指導してくれる人が居る。俺は何に成りたいか決まってない。だけど何かに成りたくてここに来たんだ。その何かを感じ取ってくれる場所を探そう。志半ばで消えていった仲間も居る。精神をぶっ壊して脱落した人間も居る。そしてこの場所に必死で喰らい付いてしがみついている人間も居る。やるぞ。自分の為に、見せるぞアイツ等の為に。

「ありがとうございます。失礼しました!」

非常階段を使ってこの街を見よう。一歩ずつ強くなれ。一歩ずつ研ぎ澄ませ。まだ始まったばかりだ。俺は俺の人生を決めようとしている。それは惨めな物になるのか、輝いた物になるかは分からない。今まで誰かに言われて決めてきた。習い事も、高校も、そして自分で選んだ声優専門学校で俺はまた誰かに決めさせようとしてきた。そうはさせるかよ。俺の人生だ。俺は普通に生きていたら得られるだろう平穏な人生をベットした。大勝するか血反吐を吐いて死ぬかだ。普通を拒絶し、何者かになろうしてここに居る。成るぞ…何者かに。

そろそろ最上階に差し掛かろうとしている時、ズズ…ズズズッ…と言う音がした。雑魚美か?まだ立ち直って無くて泣いているのか。たまには優しい言葉をかけてやろう。

「おい!雑魚…」

そこには無禄とディープキスをしながら手マンをされている雑魚美が居た。

やっていこうぜアホ共よ。

~巻の三に続く~

何だか熱意の方向性が訳のわからない方向に伸びて行ってますね。でも楽しいからこのテンションで進めて行きましょう。ガンガン書きますよ私は。まだまだ熱量が増えていく声優専門学校血風録!よろしくお願いします。

※この記事は投げ銭です。何かポンチャックパワーを感じていただけましたらよろしくお願いします。

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