懺悔:何故私は泣き叫びながら餃子を攪拌したのか

「良い後は悪い、悪い後は良い。世の中持ち回りよ」
と言う言葉が落語の「時そば」にはあります。人生は糾える縄の如し、人生万事が塞翁が馬。もうどうしようも無い事が地球規模で言うならばスイートプチサイズなバディに降りかかると人はいとも簡単に発狂してしまいます。この世界にはやれブラック企業、やれイジメ、やれ同じ界隈の人にTwitterブロックされると言ったもうどうしようも無い事が多いですね。そんな事に耐えられなくなったら人はどうするのか?地獄の中で極楽の光を求め、一縷の優しさにすがろうとした時、その優しさが悪意だったならばどう生きていけば良いのか?人間は誰しも弱いです。強い人間なんていません。居るとするならば、それは弱さに鈍感なだけで防御力は変わらないのです。

私は俳優行為をしに東京に降り立ちました。毎日の生活の中、当時付き合っていた彼女とも遠距離恋愛になったことも有り、電話をすると毎日言い争うと言うバイオレンスポンチャックフェノミナが発現してしまっていたのです。

「俺は俳優行為で身を立てる為に東京に来た。それがどうだこの体たらくは?カラオケ店員をやりに東京に来たのか?」

週に一回あるレッスンの他は散発的にエキストラの仕事があるだけです。仕事があるだけ良いじゃないか!とお思いの人もいらっしゃられるかと思いますが、このエキストラと言う仕事、何よりも心が削られていくのです。「私じゃないとダメだ!!」そう言う仕事をやりたくて毎日をスパークしている人間が「誰でも良い。安上がりだし、迫力でるし」と言う理由でエキストラに駆り出される。確かにキャメラの中に映り込み、そして演技を全力でやります。しかし、それは私じゃなくても良いのです。頭数さえ揃っていたらどうにでもなる仕事なのです。
お金は多少いただけます。有名俳優も近くで見る事が出来ます。しかし我々はその有名俳優の側に行きたい人間なのです。暇と野心を持て余した人間からしたらこれ以上の拷問はありません。「エキストラの現場でも学べる物はある!」そう力説する人も居ますけど、そんなもん10回も20回も行っていたら学べるも物はなくなりますよ。そんな求めていない現場に行き続ける事、慣れない上京生活に疲れる事、毎日腹が立つカラオケバイトに精を出す事を続けているとどんどん心のバランスがおかしくなってきます。

もうね、何にでもとりあえず切れそうになるんですよね。心の余裕がなくなっていく=人に気を遣えなくなる。そう言う事だと思います。人のことを考えられないからこそ、最終的に他人がユニクロの服を着ているだけでも「何ユニクロの服着さらしとるんじゃボケェェェェ!」と吠えたくなり、夜勤明けの人が乗っていない電車の中で「オチンチーン!」と少し大きめに言ったりしてしまうのです。狂っているのでは無い。私を狂わせたこの世界が狂っているのだ。罪を、罰を、この世界を作りし主に鉄槌を。私に祝福を。スプーン一杯の愛を。仇なす者に永遠の呪いを。

そんな感じで坊主憎けりゃナガタロックと言う形で何でもかんでも憎らしくなるのです。その憎しみの根源は自分自身にあると言うのに、人間は辛いと言う気持ちが多くなると「何で俺がこんな目に」と考えがちです。しかし、殆どの原因はそんな俺にあるのです。辛いと言う気持ちが大きくなり、視野狭窄を起こす事でまず自分自身が見えなくなります。自分自身と言うのは視界の端で薄ぼんやりと見えている景色の中にあるのです。その景色を見る事が出来ている内は自分を遠くからも近くからも見る事が出来ます。それが余裕の現れです。しかし、視野狭窄を起こすと何も見えなくなる。厳密には見えています。しかしその目線はしたに下がり、「先の予想が出来ずに場当たり的に今を判断する」と言う状態になります。これが良くない。そんな判断をしてしまうと一段と小さな失敗を呼び起こし、その失敗から「もしかしたらまた失敗するのでは無いか?」と言う悪循環オブワールドワイドな状態になってしまうのです。視野が広い状態だと「おほほ、失敗?これは結構な事だねえ!これから先同じ失敗をしなくて良くなった!」とポジティブに捉える事が出来ます。これは大体の人が自然とやっています。ちょっと転びかけても落ち込まないでしょう?それと同じだと思います。

そしてマイナスに最大限にイントゥージアリーナしてしまうと、少しのスイッチで心が沸騰してしまうのです。ここは性格による部分がありますが、所謂スプリーキラーやスクールシューティングのゴーイングポスタルマインドは全てこう言う小さな事の積み重ねで巻き起こるのでは無いでしょうか?かと言って上記の犯罪者は全員ブチ殺せとは思いますけどね。全部原因自分だもん。

そしてそんな気持ちが爆発寸前になっている男が居ました。それは今ではポンチャックマスターとして一年の半分はメキシコでテキーラを飲んでいる私です。不遇の時代でした。地獄の時代でした。同居している友人は彼女の家から返ってこないので、親からの仕送り物資に入っていた野菜を完全に腐らせて異臭を漂わせ、飲み残したジュースからコバエを発生させ、そしてクーラーまでブッ飛んで仕舞った日でした。
疲れて帰ってきた私はまずは掃除に追われ、そして虫退治、ああ、眠れるのがあと4時間になってしまった。もうどうしたら良いのだ。俺が悪いのか?野菜が腐っているのもコバエが湧いているのも川沿いに住んでいるのもカーテンが買えなくて新聞紙を窓に貼っているのもテレビがモノラルでDVDを見てもイマイチ乗れないのも全部俺が悪いのか?ふざけるな!!おっと危ない…このままでは何か大声を出して手配書がこの城下町に回って来ちまう。するってえとこの俺様は西に追いやられ座敷牢の中でその命を終えるって訳かい?ハッ!そいつは粋じゃ無いねえ!そうさ!帰りでも無い、まだ生きの途中だってな!殺すぞ。

ダメだ、こう言う風に心をささくれ立たせてはいけない。まだ人生は続く、そう、俺が悪いのだ。俺が悪いと思って受け入れるしかないのだ。誰しも最初はうまくいかない、その最初が人より少し長いだけなのだ。大丈夫、エキストラとは言えまだ現場には出ている訳だし、本当に養成所一年目から入った上京組からしたらまだマシだ。そうだ。俺は俺の責任で、俺の人生の責任を負わないといけないのだ。落ち着いて来たぞ。耐えられる。彼女に対して昨日は強く当たってしまったな…そんな悪い所も我慢してくれているのだし、東京に遊びに来てくれるって言っているし少しは落ち着こう。そうだ、こう言う気持ちの時は好きな食べ物でも腹に入れたら落ち着くだろう。
腹が減っては戦は出来ぬ。大好物の100円生餃子が冷蔵庫に二つあったはずだ。そうだ、それを食って俺は俺を取り戻すのだ。大丈夫、まだ戻れる。俺は元気だ。だってこんなにも自分自身を客観的に見る事が出来ているのだから。

冷蔵庫を開けるとそこに二つあったはずの餃子が一つに成っていました。おっと、これは同居人が勝手に食ったのかな?ううううううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおお……クールに…クールになるんだ…そうだ、彼がこの生餃子のハイパー美味さに気が付いて…そしてこの生餃子界隈が盛り上がれば、ゆくゆくは東京ナマギョーザーランドが生まれるかもしれない。生餃子のマスコット、ギョーザーマウスにギョザルドダック、タワーオブギョーザにスプラッシュギョウザ。ギョウザの世界の中で私達は皮に包まれた餡のように惰眠を貪り、そしてこの世界に再誕する為の体を作り魂を深層宇宙に飛ばす準備を始めるのだ。そう思えばクール。そう、俺は怒っては居ない。ナイスな男だからね?

私な生餃子を手に取り、フライパンを熱しました。カンカンに熱してやる。このフライパンの温度は俺の心の温度だ。俺が俺の温度でこの生餃子をカリッカリに焼くのだ。冷凍してあったライスもレンジに叩き込んで一時の死から目覚める準備に入っている。この世界は俺の思う通りに動いているのだ。完全なる調和、万物の創世。司るはこの私。全てが奇跡的な確率で成り立っている。楽団の音が遠くから聞こえる。この音は私の勝利を前祝いするパレードなのだ。パレードは影から生まれ、その光の中で自我を崩壊させながら存在を誇示するかのように達成を祝うのだ。踊ろう。踊ろうよ。一緒に踊ろうよ。この世界の成り立ちを歌いながら、踊りながら。オッケー!油を注いだ!カンカンに赤くなるフライパン!準備は出来たぜクローズの世界、愛と安らぎを燃料に足掻いて見せろ。

ジュワアアアアアアア!

ヒュー!良い音だねえ!高まってきたねえ!これだよ、このグルーヴ感。餃子、蒸し暑い日、睡眠不足の俺。その全ての演者が声高らかに、がむしゃらに舞台の上で役割を演じている。そこに取り入出したるはカンカンに湧いたお湯。お湯を入れると皮がひっつかないってね。オラア!ジュバアアアアアアアア!ヒュヒュヒュー!来たねえ!盛り上がってきたねえ!見えるよ万雷の拍手!おいでよ!餃子のもり!!世界は俺を祝福している。蓋を落として暫く蒸そう。この蓋とフライパンの間では餃子が60億年の進化を数分でやってこます。その生命、万物の奇跡を感じるんだ。よっしゃ!蓋を取った。フライ返しでバシっと裏返してこのグルーヴ感を腹に収めていつもの俺に戻るのさ。

カツッ!

あれ?ちょっとくっついているのかな?オーケー良い子だ。機嫌を治してくれよハニー。こう言う時は小刻みにフライパンを揺するんだ。そうする事でハニーは機嫌を直してくれるのさ。

…………

び!びくともしやがらねえ!あ!マズイ!!グルーヴ感が!万物の調和が!俺の世界が崩れていく!!東京ギョウザーランドが崩れていく!!違う!東京ナマギョーザーランドだっけ!?ああ!もうどっちでも良い!うおおお!一つひっくり返った!なんやこれ!?黒焦げやないか!舐めとるんか!!キレるなよシャイニーボーイ、それはそれで歯ごたえを楽しむのが大人って奴だぜ。オッケーわかったよボブ。ボブの言う事はもっともだ。その通りだ。ボブ、君は出来る大人だねえ。しかしこうしている間にも餃子は張り付いていくね?これはもう男として一気にフライ返しでガッ!!っとやっちまうのが正しい形と俺は読んだね?ポンチャックボーイ!それが正解かもしれないぜ!お前のマインドでこのカワイコチャンを振り向かせてみな!オッケーボブ!オイラやるよ!!

ベリィィィィィィィィィ!!!!!!!!!

プツッと私の心の何かが切れる音がした。


クラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!舐めとるんかボケエエエエエエエエエエエエエエエ!餃子がこの人間様に!!この俺に!!!!!この偉い俺に何歯向かっとるんじゃボンクラアアアアアアアアアア!!!!!

声に、声に出ていました。声を出すと心の中の思いが全てこの世界に生まれました。それはけして前向きではなく、この世界を呪う怨嗟の念でした。気が付くと私の目から涙が流れていました。人生は上手くいかないわ、餃子もうまく焼けないわ、こんな私は生きていて良いのでしょうか?いや、生きていて良い。俺は生きていて良い。じゃあ死ぬのは誰だ?こいつらだ。この糞コゲ餃子共だ。

「死ねえええええええええええええ!!!!!!!」

私は一心不乱にフライパンにフライ返しを突きたて、混ぜまくりました。飛び散る餡、恋人を失って力なく歩いていくかのように離れていく皮、その全てを殺すように、この世から消し去るように私は餃子を攪拌しました。今この場所にあるのは世界で最も美しく純粋な殺意でした。俺を、俺の心を殺したこの餃子を殺す。殺しきる。そう思い五分程叫びながら餃子をかき混ぜ、そのままシンクにフライパンごと投げ捨てました。シンクに残っていた水がジュワー!っと音を立てて世界に溶け込んで行きます。その音を聞いた時、私はこの餃子に打ち勝った事を確信しました。そして冷静になった私は「食べ物がゴミになったズラ!」と大きな声で叫んだのです。無情にもレンジからは温め終わった米の叫びがチーン!と聞こえました。ああ、どうしよう。おかずが無い。冷蔵庫を開けるとマーガリンとウェイパーしか入っていませんでした。ああ、勝利とはかくも虚しい物なのか?これが戦いの果にある物なのか?いや、まだ終わっては居ない。私は皿に飯を盛り、もはやそぼろと化した餃子を飯にかけ、タレの替わりにポン酢を少し垂らしてみました。

全てが終わったその場に生まれた物はよく言えば台湾の魯肉飯みたいな、控えめに言えば生ゴミでした。

これが、これが俺の飯か。これが俺が求めていた世界か。その出来損ないを一口食べてみました。

「あ…美味い!!」

そりゃそうです。ぐっしゃぐしゃとは言え、それは餃子なのですから。ひき肉と野菜を炒めた物を飯に掛けたらそりゃ美味いに決まっていました。

「餃子、お前…最後の力を振り絞って…俺を…!!そうか…この世界に完全な失敗と言う物は存在しないって事を…お前は…教えてくれたのか!!!ゴン!!お前だったのか!!!!!」

一気に食べ終えた私は餃子に感謝しました。この餃子は今まで食べた餃子の中で一番美味しかった。一番心の深い所に手を差し伸べてくれた。
食べ終わった私はお皿を洗い、台所で煙草に火を点け感謝をしていました。餃子に。餃子だった物に。

許そう。もう全てを許そう。この世界に完璧な絶望は無いのだから。

そう思い、ふとコンロに目をやると、もうどうしようも無いレベルで飛び散った元餃子がいました。

「お前えええええええええええ!人間を舐めとるんかああああああ!!!!!!」

人は、簡単に変われない。

以上を何故私は泣き叫びながら餃子を攪拌したのかの懺悔とさせて頂きます。ありがとうございました。

※この記事は投げ銭です。何かポンチャックギョウザパワーを感じましたらよろしくお願いします。

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