初恋 3000字

 僕がはじめて恋をした中田さんは、死にたいと言い残し学校に来なくなった。

 異性を意識しはじめたのはいつ頃だっただろうか。初めての自慰行為に使ったオカズはバスタード!!2巻のシーン・ハリがダークシュナイダーにヤられている所だった気がする。こんなことは覚えているのだが、初恋となると微妙によくわからない。そこで、初めて「この子と一緒にいたい」と思った時のことを書こうと思う。

 中田さんは今で言うなら安達祐実氏に似ていた。小学校二年生で堺市は堺東から鳳近辺に引越し、席が隣になったのがキッカケで話したと記憶している。顔は今で言うなら安達祐実氏に似ており、ちょっとしたことでケラケラ笑うのが印象的だった。

 急速に仲が良くなったのはスーパーファミコンが発売された時期辺りだった。新しいもの好きの父親がスーパーファミコンとファイナルファイトを購入し、私は子どもらしく自慢したくてしょうがなかった。もちろん中田さんにもスーパーファミコンを購入したことを伝えた。ゲームにはあまり興味がなかった中田さんだが「ゲームセンターと同じゲームが家でできる」と話していると、興味を持ち、私の家に遊びに来たいと言ってくれた。そんな時だ、どこの世界にもガキ大将はいる。ガキ大将の高住君も今思えば中田さんのことが好きだったのだろう。給食を食べ終え、図書室でチンチンを出して冷たい本棚に押し当てようと教室を出た時に絡んできたのだ。

 「後藤!俺にもスーファミやらせろや!」

 初恋を意識したのはココだ。今思い出したぞ。高住君とは普通に仲が良かった。腕っぷしに自信があり、転校初日に私をシメに来たのだが、完膚無きまでに叩きのめしたところ、同じく転校してきた私の兄が掃除用のバケツでボコボコにするというスーパー折檻を発動し、なぜかついでに私もボコボコにされてから「兄、許すまじ」の思いでつながり、仲良くなったのだ。そんな、高住が来たいと言うのなら、普通に連れてくればよかった。私の家によく遊びに来ていたし、家庭環境が恵まれていなかったこともあり、夕食や日曜なら昼食を食べに来ていた。そのくらいに仲が良かったのだ。

 性を意識し、恋を感じはじめると、友情なんか那由多の彼方に吹き飛んでしまう。友達よりも気になる女の子を選んでしまうのは地球開闢以来存在するメンズ本能なのである。そうと言ったらそうなんだ。前提を否定してはいけないよ?

 「嫌や!」

 なぜなら中田さんにノーコンでソドムを倒すところまで見せたいからだ。小学校二年生くらいのカーストは足の速さやゲームの上手さで決まる。私は絵に書いたような豆タンクだったので足は遅かったが、家の近くにゲームセンターがあり、祖母が羊羹にはちみつをぶっかけたような甘さだったのでゲーム代をいつもくれた。ゲームセンターでも鍛えたテクニックでバチコーン!言わせたかったのだ。
 高住はショックを受けただろう。全く覚えていないが、その後掴み合いの喧嘩が発生し、当時の担任だった出口先生に止められたことは覚えている。

 自宅に女の子が来る。思春期がまだ来ていないので心にあふれるよしなしワードを形にすることは出来ないが、今でも覚えているということは非常に強烈な感動があったのだろう。今なら絶対に勃起してるしパコる。パコって付き合う付き合わないは曖昧な返事で誤魔化し、一緒にいることが既成事実可するまでパコるよ。俺はそういう男だから。

 自宅に女の子がいる。普段は私や兄しかいない子ども部屋に中田さんがいる。ファイナルファイトの攻略を解説しながら進める。ファミコンと言えばスーパーマリオで止まっていただろう中田さんも喜んでくれていた。16インチのオンボロブラウン管テレビがまるでゲームセンターの筐体みたいに輝いている。大きなキャラ、豊かな色彩、迫力のサウンド、子どもが熱中するには十分すぎる。スーパーファミコン版ファイナルファイトは1人専用なので、三面のアンドレ戦で残機を使い切った僕は、興味を持ってくれた中田さんにコントローラーを渡す。わからないなりに敵を倒し、倒されては笑う。中田さんからは女の子の良い匂いがして、ただただ楽しい時間が過ぎた。

 そんな時間、会話も成長と共に減ってきた。成長期がやってきたのだ。女の子は女になる準備を、男の子は男になる準備を毎日積み重ねていく。その積み重ねは誰も止められず、強制的に性別を意識した行動をはじめる。その日、女子は教室に集まり、男子は図書室で自由に過ごして良いと言われていた。授業が一つなくなったので、皆が図書室の漫画を取り合い読んでいると、同じクラスの平田君が男を数人集めていた。

「教室で何を話しているか。俺は知っとるで。ちんこある場所から血が出るねん。お姉ちゃんがそうやったから絶対にそうや」

 小学校高学年に差し掛かる時、足の速さやゲームの上手さで作られるカーストは崩壊していた。女性に詳しい男、エロ本を持っている男がカーストを疾走し、ブラフマーとなるのだ。

「俺らもちんこから血が出るんやろか」

「女だけらしいで。おかんもちんこついてへんやん」

 違うクラスになった中田さんもそうなのだろうか。ちんこのある場所から血を流すのだろうか。それを終えると子どもを生むことができるらしい。子どもはどうやって生まれるのか?ここは図書室だ。性についての本を探し、調べると男女の体の違いがわかった。

 現実を知るとファンタジーが一歩後ろに下がる。そうして人間は成長していくのだ。

 中学校も、もちろん中田さんと同じ学校だった。中学1年の時、帰り道が同じだったので一緒に帰り、できたばかりの生徒手帳の写真を見てお互いに笑いあった。そして、それが最後の笑顔だった。
 男友達も増え、中田さんを探したりもしなくなり1年が過ぎた。中学2年。中二病なんて言葉は都会にしか存在せず。私は相も変わらずバカな少年時代を謳歌していた。そんな時、平田が僕を呼び止めたのだ。

「中田がなんか変やぞ。死にたいとか言うようになって学校もあんまり来てへんねん」

 平田は中田と同じクラスだった。そう言えば学校でも見ていない。話を聞くといじめられているとかでは無く、2年に上がると小学校の時に感じた天真爛漫さは消えていたらしい。私は妙に気になり、帰宅してから電話をした。携帯がまだ存在していないので家電だ。電話を取ったのは中田さんだ。声で分かった。

「久しぶり、平田からちょっと聞いたんやけど……死にたいってどうしたの?」

「ああ、もう良いねん。私、死にたいねん。今までありがとうな」

 それが最後の言葉だった。中田さんは全く学校に来なくなった。親にも誰にも相談出来ず毎日が通り過ぎていく。しかし、死んだら死んだで話題になるだろうがそんな話題は聞かない。いつしか私は受験の時期を迎え、中田さんのことを考えなくなってしまっていた。そして卒業式、卒業アルバムを開き、皆の写真を見ていると中田さんの顔があった。その顔は、帰り道で見た生徒手帳の写真だった。本能が告げる。多分、もう会うことはない。

 その後、高校では多少の恋愛をし、その後進学した声優専門学校では読者諸兄の高感度が下がるような恋愛もした。中田さんのことなんて忘れていた。その後は上京し、年に数度実家に帰る生活になる。

 ある冬の昼下がり、帰省していた私は近所のコンビニに飲み物を買いに行った。銀行の横にあるローソンに向かっていると、煙草をくわえ子どもを二人も乗せた女性が漕ぐ自転車が向かってきた。あまりに大阪らしい光景に見とれていたが、細い歩道なので端による。すれ違う時、煙草に混ざった覚えのある香り。「ごめんなさい」と聞き覚えある声。

 振り返るとその女性も振り返り、驚いた顔をして手を振った。自転車はバランスを崩したが、コケることなく走り去ったのは、それだけの現実が彼女を支えていたのだろう。

 帰宅した私はファイナルファイトの説明書を少し読み、いつもより美味く食えるだろう晩飯を夢想した。

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