懺悔:何故私は泥酔した状態でオーディションを受けたのか

もう午前二時だ。この宴会はいつまで続くのか?上京して6年、一人の仲間が実家の愛媛に帰る。声優としての成績は何も残していない。ただ養成所をジプシーのようにうろうろして、少しのガヤ収録に参加しただけだった。声優としてのセンスも能力も全く無い。ただ、努力だけは異常なレベルでやっていた奴だった。

「後藤、明日は事務所のオーディションじゃないの?」

「良いんだよ。モブ山は良い奴だしな」

「後藤君!本当に無理しなくて良いよ!?私が原因で落ちたとか言われたくないからさ~!」

「大丈夫だよ。多分大丈夫。それに…」

私は俳優として上京し、数年間テレビや映画に出ていました。テレビで何度か放送された映画にも出ていたので実は皆様も私を見ていたのですよ。このポンチャックマスターを。
そして私は「声優になろう」と思ったのです。原因は長くなるので書きませんがタイミングだったのです。事務所のマネージャーと揉め「このままだったらこいつ殺すな」と思ったタイミングと関西で世話になった先生が東京に居たと言う事が最大の理由だったと記憶しています。

「蛆虫と腐ったラクダのカクテルみたいな声優予備軍!!お前は明日オーディションだろうが!いつまで飲んでいる!!!」

「まあまあ、大丈夫です。僕はわかってきたんです。僕は大丈夫です」

「ほう?中々の海兵隊魂が見える目だな?今回もオーディションを落ちまくっているが大丈夫なのか?」

「大丈夫です。いや、受かるかどうかは分かりません。でも、大丈夫なんです」

「よかろう!お前の海兵隊魂を見届けてやろう!!だったら飲め!!俺が残業で帰れなくなった時に使うサウナの割引券もやろう!自宅に帰らずに酒を飲むのが良い海兵隊員だ!!」

「ありがとうございます。飲みましょう。モブ山、実家に戻って何するの?」

「わかんないな~。でも、こう言う風にみんな集まってくれて本当に嬉しい。声優になれなかったけど…なんて言うか…本当に良い思い出になった」

「でもさ~?何が幸せなんか分かんないじゃない?普通に結婚とかして普通に暮らすのが一番かもしれないわよ~?」

「水堂さんはプロとしてやって行けると思う…でも…私は駄目なんだなって思っちゃったんだよね。思ったらもう終わるんだよね。実家で…何か仕事探さないとな~」

「ううう…ううう…モブ山さん…うううう……」

「光本君泣かないでよ!ちょっと面白くなってきたじゃない!」

「ううう…うん…僕…頑張る…モブ山さんの分まで…」

もう何度も仲間との別れは味わっています。上京して五年以上、早い人は半年で東京から実家に帰りました。運良く、いや、気合いと根性で生き抜いてきた人間は居ます。しかし年月は私たちの体をどんどん傷つけ、疲弊させ、そして諦めさせていくのです。

「後藤~?明日のオーディション本当に大丈夫なの?第一志望なんでしょ~?」

「水堂、俺はさ、明日のオーディション落ちたらもうこの業界辞めるよ」

「はあ?」

「え!?」

「ほう…」

「ここまで声優事務所のオーディションを受けてわかったんだよな。俺は向いて無いんだよ」

全員が黙りました。そう、私はこの世界に向いていなかったのです。映画や舞台では強烈な個生と技を出せた私ですが、こと声優となると声の個性の無さが完全に足を引っ張ったのです。五年もやれば向いているのかどうかは分かります。私は向いていない。憧れ焦がれた世界に向いていないのです。

「だからさ。明日はやりたいようにやる。だから今、一緒に飲んでるんだよ。専門学校以来だよね、こういう風に飲むの。モブ山、ありがとうな」

そして時刻は三時を過ぎました。電車はありません。歩いて帰る事は出来ますが数時間かかります。

「そろそろサウナ行くわ。モブ山、元気でな。俺はやるぞ」

「うん…ありがとうね!」

夢って言うのは死体と残骸をどれだけ強く踏みつけられるかで叶うのかが決まります。夢に手を伸ばして潰えた死骸の山を踏みつけ、そして今度は自分が踏みつけられる立場になるのです。どれだけ死骸がうず高く積み上げられてもゴールは遠い。そしてたどり着いたとしてもまた新しい死骸の山がある。夢を見て夢に引き寄せられて夢に奪われて死んでいった人達が居る。
敬意を、敬意をもって踏みつけるんだ。俺はまだ死なない。俺はまだ手を伸ばす。だからこそ、俺がゴールに少しでも近づくためにお前を、お前等を踏みつけるぞ。俺がダメなら俺を踏みつけろ。引きずり込め。それでも行くからな。付いてこい。お前が叶えられなかった夢を俺が叶えるからな。行くぞ。やるぞ。

サウナに着き、入院患者が着るような簡単な服を受け取り、少しでもアルコールを抜く為に水をがぶ飲みして熱いサウナに入る。ど平日と言う事もあり他の人はいませんでした。一人で思い返す。汗が酒臭い。良いな、高まっている、心臓の鼓動、血液が動く音が聞こえる。高まっている。俺は俺だ。俺はどうあがいても俺だ。それで良い。それを見せつけるんだ。

私は俳優を辞めた後、また専門学校に入りました。事務所をクビになった人、養成所をクビになった人があつまるクラス「負け犬リベンジクラス」と言う物が開設されると聞き、世話になっていた先生から

「クビになった人間ばかり居るが、自分から辞めた人間こそふさわしいのだ!!後藤!!お前の海兵隊魂を爆裂させろ!!」

と言われたので行く事にしたのです。そして鍛錬を積み一年。声優としての訓練のみを実行し、スキルなどを身につけました。しかし、一年後の事務所オーディションではまたしても落ちまくると言う憂き目にあったのです。
俺は駄目だ、声優には向いて無い。そう言われる事も多い。だからこそ、声優としての俺を見せるのは辞めよう。そうだ。声優としての俺なんて多分能力こそそこそこあるが、大して魅力が無い。だったらどうする?答えは一つだ。「俺としての声優」を見せつけたら良いんだ。やるぞ。モブ山、仇はうつぞ。ポム巻さん、仇をうつぞ。やるぞ。俺はやるぞ。
関西に居た時に仲の良かった声優学校仲間の顔が浮かんでは消えていきます。専門学校生は上京一年後の生き残りは40%位です。そしてもう五年程経ちました。生き残っているのは10人弱でした。80人程いた声優志望者がほぼ消えたのです。しかし、これはまだ良いスコアなのです。全く残って居ないって言う事も珍しく無いのです。そして私は、遅ればせながら声優の扉をノックするのです。

「年齢を重ねすぎた。もう、新人としてのフレッシュさなんて武器にならない。五年分の新人がいるって事だからな…だったら…」

サウナの仮眠室でウトウトしている内に意識は消えました。何か夢を見た気がしますが私の見たい夢ではなかったので覚えていません。そして朝起き、自分が何故サウナで寝ているのかがまったく理解出来無いレベルで酔っていた事に気が付きました。これはいかんぞ。今日はオーディションやんけ。何かジュースを飲もう。
二日酔いでフラフラする足で自販機に向かいました。ああ…つらい…そうだ…こう言う時は飲んだら気分良くなったな…私はビールを買いクイっと朝から飲みました。

「あ!!!!!!今日はオーディションやないか!!」

オーディションまで後三時間、これはやってしまいましたな。なんで飲んだんだ俺は。いや、昨日の事は良い。今なんで飲んだの?ええい、でも捨てるの勿体無い。飲むか。ビールは美味いしな。

「南無三!」

何が南無三!なのか。飲むなよ。捨てろ。しかし、数時間の睡眠で全く脳がクールダウンされていない私はグイっと飲んでしまいました。そしてもう一度サウナに入り少しでも酒を抜こうとしたのですが完璧に逆効果でした。回る回る、酒精は回る。喜び悲しみ繰り返し回る。

「ダメでござる」

とりあえず水風呂に入ってクールダウンしなければ。フラフラになって水風呂に入ると血管が収縮するのか、そのスピードに乗って一段と酒精が私の体を駆け回るのを感じました。

「もうどうにもならん!」

とりあえずヒゲを剃り、オーディション用の服に着替え用意をしました。もう学校は空いています。ヨタヨタと神聖モテモテ王国のトーマスのような歩調で学校に近付きました。教室に入ると、今日のオーディションを受ける生徒たち、本科生と言われる数年前の私の立場の生徒、負け犬クラスの人間が50人程いました。明らかに顔が青い私を見てみんながざわついています。不機嫌にドアの近くに腰を下ろして教室を見回しました。

「多分誰かは受かるんだろう。でも、受かるって事はここにいる人間の夢を自分の足で踏み潰すって事なんだな」

そんな事を考えていました。でも、それが当たり前なのです。誰かがうまくいくとその人以外の大多数は損益を被ります。セブンイレブンでおにぎりを買うとローソンやファミマが損益を被るのと同じです。わかりにくい形ですが、確実に資本主義が目の前にありました。

「だが、勝つのは俺だぜ」

心の中で嘯いていると、関西時代の同期が近づいて来ました。仮にこの乳のデカい女を雑魚美と呼びましょう。

「ふにゃ~!後藤君お酒臭い!!飲んで来たの!?!?馬鹿じゃないの~?」

「昨日、モブ山の送別会で三時くらいまで飲んでた」

「ええ~!?後藤君、この事務所が本命だって言っていたじゃない!なんで!?」

「大丈夫だよ。大丈夫。俺は大丈夫。雑魚美も頑張れよ。男と女は競合しないんだしさ」

「がんばる~!」

所謂オタサーの姫みたいな女ですが、抜群にテクニックはあります。あいつは受かるだろうな…そんな事を考えながら私も柔軟体操を始めました。
これが最後のオーディションになるかもしれない、これが最後の柔軟体操になるかもしれない、これが最後の発声練習になるかもしれない、これが最後の大本読みになるかもしれない、そして…これが声優としての最後の時間かもしれないんだ。

なぜ、なぜ私はこの気持ちをこの五年間持てなかったのか?最後と思うと全ての行動に意識がついてきます。全ての行動が把握出来ます。とんでもない集中です。私は調子の良し悪しを心臓の音と血流の音等の体内の音がクリアに聞こえるかで測ります。演技とは意識による芸術です。自分の体を深く意識出来ている時、表現は別次元に飛びます。飛ばすのです。俺の、俺の表現を。

「怯えた目をした犬と捨てられた血合いの合いの子ども!オーディションを始めるぞ!!五十音でスタートだ!!」

オーディションが始まりました。一人ずつです。一人ずつゆっくり見たいと言うのが事務所の意向でした。台本の本数は制限されていません。みんな「コレが武器だ!」と言う台本を三本程用意しています。もちろん私も武器を用意しています。大体10分程度で人が戻ってくる。って事は一時間以内に俺だな。

立ち上がって息を吸う。息を40%吸う、それ以上に吐く、息を80%吸う、それ以上に吐く、息を110%吸う、それ以上に吐く、限界まで吸う、限界以上に吐く。それを何度も繰り返すのが私のアップでした。全身に血が巡っていくのを感じます。

「俺は完璧だ」

モハメド・アリが対戦相手に囁いたように私は数秒前の自分に囁きました。いける。やるのだ。やる。

「後藤さん、次です」

学校の事務員が呼びに来ました。こんなにも体が軽いなんて。こんなにも脳が冴えているなんて。今日、私はモブ山と言う真新しい死骸を踏みつけて夢に戦いを挑む。勝たなければ。勝たなきゃ嘘だ。
教室の前で待っていると私の前の人が出てきました。若い。20歳位でしょうか、二十代も半ばに入った私からするとフレッシュさが全く違います。

「失礼します。後藤健和です」

教室に入り、椅子に座ろうとしました。すると事務所の審査員、社長から声をかけられました。

「君、面白い経歴だね。台本も書いていたの?」

「はい。まあ、適当に」

「どんなの?」

「人がガンガン死んで結局誰も幸せにならない感じです」

「うわあ、そう言うの好きだわ」

社長は爆笑し始めました。そして好きな演劇を聞かれチェーホフと答えると社長も好きなのかチェーホフに付いての話しをふられ話しました。10分も。
そして椅子に座り、居心地は悪くないなと感じた時にオーディションが始まりました。

「じゃあ、用意した台本読んで」

「はい」

ここで私は台本を読みました。20本程読みました。数秒で終わる物から数分掛かる物まで。自由って言ったのは向こうなのだから、「これは使える」と思った物を全部叩きつけてみたのです。これが俺だ。やれって言われたら異常にやる。極端にやる。俺の武器は多様性だ。全部のパターンを叩きつけるぞ。

22本目に移ろうとしたら社長が笑いながら「もういい。大丈夫」と言いました。そしてあの何度も聞いた悪魔のような言葉も。

「後藤君、君良いね。僕は凄く好きだよ。でもさ、声優向いて無いと思うなあ。活かすなら舞台とかテレビじゃない?」

「それ、一昨日も○○事務所の人に言われましたよ」

私も含めてその場にいる人間が全員笑いました。笑わせる事で空間を掌握しようとしていたので完璧でした。笑われたら空間は持って行かれますが、笑わせたら空間は所有出来ます。いけるぞ。

「やっぱり?○○さん、多分そう言うよね。僕は彼と仲良いから分かるよ」

「でもね、向いてる向いて無いとかどうでも良いんですよ」

「どう言う事?」

「五年もこの世界で鍛錬積んでたら分かるんですよね。俺は向いて無いんだなって。でも、それって言い訳じゃないですか。向いてる向いて無いを自分で決めて踏み出さないのは負けですよ。いや、負け以下です」

「………」

「俺は、やりたいって決めたんだし、だったらやる。だから今日来ました」

「なんでやりたいって思ったの?」

「そうですね…例えば…将来結婚して子供生まれるとするじゃないですか」

「うん」

「その時、「あきらめずにやりきれ」って自分の子供に言いたいじゃないですか」

「うん」

「このまま逃げたら言えないんですよ。将来子供が出来た時。どうせ負けるなら完璧に負けたい。まだそこまで行ってないのが嫌なんです」

「うん」

「多分向いて無い。分かる。でも辞めちまえって言われるまでやりますよ。だからやります」

「うん…なるほど。今日はありがとう。楽しかったです」

「こちらこそ、ありがとうございました」

教室に帰ると全員が私を見ていました。すると雑魚美が近づいてきました

「何してたの~?」

「いや、普通にオーディションだけど」

「1時間も?」

「え?」

時計を見ると1時間経過していました。おお、俺に、俺に、俺にそこまで時間を割いてくれたのか。俺を、俺を見てくれたのかあの事務所は。

「台本いくつ用意したの~?」

「30用意して22本目で止められた」

「バカじゃない!?常識で考えなよ~!!雑魚美は3つだよ~!?」

「才能が無いからな。常識を暴論で叩き潰さないと駄目だ」

そしてその日は緊張と二日酔いが遅れて襲って来たのでゲロを吐きながら帰宅しました。何も考えられないまま横になり、やりきった気持ちで一杯になり思い切り寝ました。次の日、昼過ぎに起きると留守電が入っていました。その留守電を聞いた後、私は何となくメールを打ちました。

「モブ山、俺は声優になれたぞ」

「おめでとう!でも、飲んでて大丈夫だったの?」

「俺は飾らないで受けたかったんだ。あの会が有って良かった。仇をうつぞ」

「ありがとうね」

自分であること、それは何よりも難しいです。言い訳が出来無いからだと思います。どこかで偽ってしまえば言い訳は簡単に出来ます。しかし、それで良いのか?私は芝居と言う道を選びました。その道に、歩いてきた自分に嘘をつくのか?ダメだ。違うぜ。それは俺じゃない。丸裸に、どこまでも丸裸で喜劇的に。

思い出させてくれたのは君だ。ありがとう。

以上を「懺悔:何故私は泥酔した状態でオーディションを受けたのか」の懺悔とさせていただきます。ありがとうございました。
こいつら誰やねんな?って思われたらこちらの10万字長文を読んでみてください。グっと来ますよ。
「~ばあれすく~声優の生まれ方」/「ポンチャックマスター後藤」の小説 [pixiv] http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5479964

※この記事は投げ銭です。何かポンチャックパワーを感じましたらよろしくお願いします。

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