懺悔:何故私はその道を選んだのか~巻の五~

前回のあらすじ!「お前は声優に向いてない!」「芝居を愛してないお前に何が出来る!?」オーディションに落ちる俺。受かる友達。未来は二股だ!そして役者も二股なのか!?俺は違うと思う!衝撃の第五話!

https://note.mu/gotoofthedead/n/n1444666ebb02

落ちた理由コメントを聞いた後、私は学校を飛び出しました。こんなポジティブな場に一瞬たりとも居たくなかったからです。あの場では受かった友達を褒め称える感じになっているでしょう。そして落ちた私が居たら、「大丈夫!次がある!」「一緒にがんばろう!」「悪かった所を直そう!」と言われるのでしょう。それは芝居を愛しているフリをして芝居を「自分が有名になる為だけに利用していた」私に耐えられる訳がありません。私は仲間たちを、この瞬間まで、二年間の間裏切り続けてきたのです。

人の前では「芝居が好き!俺の生き様だ!」と言ってきました。

人の前では「舞台で食べて生きたい!芝居は人生だ!」と言ってきました。

人の前では「声優になる為にも芝居を沢山やりたい!」と言ってきました。

だが、それが全て方便だったと見抜かれたのです。いや、分かる人にはずっと前から見抜かれていたのです。
そんな私が声優専門学校に一秒でも長く居られる物か。私は逃げました。現実から、現状から、仲間から、優しさから。

とりあえず落ち着いた時、私は血を吐くレベルで発声練習や走り込みをした河川敷に到着していました。この場所が私の青春時代の場所と言っても差し支えありません。この河川敷で稽古をし、自手練をし、そしてたまに手マンなどをしたりもしました。私は自分の中のコアから逃げたつもりが、自分の中の最もコアな部分にたどり着いてしまったのです。

「何故ここに来てしまったのだ。辛いのなか電車に乗って帰ればよかったのだ。それなのに何故ここに来てしまった」

私は何となくその場に腰を下ろしました。そして今後を考え始めました。

「俺は出来てると思っていた。芝居も、心持ちも。しかし、それら全てが何も出来て居なかった。俺は芝居をただただ自分の野望、それも「有名になる」と言う事に対しての武器としてしか見ていなかった。見せ掛けの愛情は見抜かれ、取り繕った思いは打ち砕かれた。この俺に、この俺に何が残っているのだ。もう約二年過ぎてしまった。もう目の前にあるのは卒業だ。この気持ちで受けて、この気持ちで事務所オーディションを受けてどうなるのだ。やりたいやりたくない以前に受かるのか?そしてこれから心を入れ替えたとして間に合うのか?万事は窮した。これで、俺は何にも成れずに終わってしまったのかも知れん」

不思議と涙は出ませんでした。ただただ圧倒的不利な現状が私に覆いかぶさってきました。

「蛸村…無禄…あいつらは良いな。行く所がある…そして、何よりも羨ましいのは「心から芝居を楽しい」と思っている事だ。俺も一般的には芝居が好きだ。だが、その好きと言う気持ちは負けている。完全に負けている。能力とかはそれなりにある。練習量はかなり積んできた、しかし本当に一番大切な部分だけが思いっきり欠けてしまっている。この状態…この状態で俺が他の人間に勝っている…いや、勝ち負けじゃない…俺がただ凄い部分はどこだ?」

河川敷には完璧な静寂が、ただただ静寂がありました。ランニングをする人、犬の散歩をする人。歌っているホームレス。音はありますが、それらは本質的なサウンドとして私の心に入り込んできませんでした。私が心を閉ざしてしまっているのか?それともサウンドの方向性が私に向いていないのか?どっちなのかは分かりません。ただ分かるのは何も分からないと言う事だけなのです。

その時雛子からメールが来ました。雛子…もしかしたら…俺を心配して…

「教室にジャージ忘れてましたよ。資材置き場に置いとくね。」

現実はこんなもんだ。そうだ。いつもこんなもんなんだ。俺がどれだけ現実を考え、現実の為に努力をしても現実はいつもただただ現実であり続け、圧倒的な現実感で俺を現実に貼り付ける。俺は雛子に何とメールされたかった?「大丈夫?河川敷に居るの?」とかか?違うだろ。俺は別に何も欲しくなかった。何故か?それで現実が変わるって訳じゃないからだ。しかし、俺は今現実を、現状を変えていかねばどうしようも無い。何にも成れずに終わってしまう。俺はどうすればいいのだ!!

何が優れている?何が有利な要素だ?俺は芝居を信じていない所か若干舐めている。「芝居=嘘、するってえと現実をスパークすべきでは?」等と思っている。現実をスパークする事が出来ずに。いや…待てよ…?俺以外の人間、クラスメイト…彼らは全員…芝居に対して真摯だ…そして芝居を恐れている…俺は?芝居を道具としか思っていなくて…そして…舐めている。そうだ。俺は芝居を舐めている。

「俺でも多少出来る芝居にさほどの価値は無い」

と、俺は芝居を舐めている。

これは…もしかしたら凄い事じゃないのか…?いや、勿論芝居には真摯に接するべきだ。舐めていたら稽古もしないしな。しかし俺は…稽古は過剰にしている。血を吐くまでやったり、立てなくなるまでやっている…分かって来たぞ…俺は根っからの小心者だから「ここまでやれば良い」と言う判断が狂っているのか。だから周りの人間の何倍も稽古をする。しかし芝居を完璧に舐めている。

この矛盾を両立するって凄く難しい事じゃないか?そうだ、俺は芝居を舐めながらに真摯に取り組んでいる。その「取り組み姿勢」は評価されているし、中々の物だと思ってもいる…これは…武器だ…使える…。
しかしまだ武器は足りない。俺を選ぶ側の人間は「芝居に対しての気持ち」「真面目さ」を何よりも求めている。その気持ちが欲しいと言っている。俺はそう言う風に思えるか?すぐに気持ちを変えて、「はい!芝居が好きです!!!!!」なんて言えるか?…………言える。そうだ、俺は言えるんだ。

「芝居を舐めてるから幾らでも口先で言える」

だったら言うしかない。「誰よりも芝居が好きです」と言う言葉を「誰よりも真剣に、完璧な嘘として言う」しかない。

今から本当に心を入れ替える?無理に決まっている。しかし、幸い俺は嘘を二年も吐き続けて、自己催眠の域でそう思い込んでいた。とすると「心を入れ替えて真剣に芝居を好きになる」という方向に歩くより「どうせ嘘吐いているんだから、その嘘をより信じて、尚且つ手を打つ」と言う方向に行く方が早い。いや、これは良くない手段なのは分かっている。しかし時間が無い。圧倒的に時間が無いのだ。だったらもうやるしかない。

俺は嘘を沢山吐いて、嘘で固めた芝居をしていて、本質的な嘘である芝居をやっていた。

ここに…真実のペーソスを叩き込む事で…俺は…生き返る事が出来るかもしれない。

多分新人が一番やっていけない。思ってはいけない事をやるだろう。これは一生俺の足枷に成るだろう。遠くない未来、俺はこの判断を悔いる事になるだろう。うるせえよ。だからどうした。現状を!!打破出来ぬ人間が!!未来を語るな!!!未来に辿り着けたら!!その時!!現状は変わっている!!!

俺はやるぞ。やる。次の狙っているオーディションはまた一週間後にある。

見えたぞ。俺の、俺だけの。俺にしか作れない勝ちパターンが。今が一番のベットをすべき瞬間だ。俺はこの二年間の全てをこの瞬間に賭ける。
俺が、本物の芝居を見せてやる。必ず勝つ。

~巻の六に続く~

久しぶりの懺悔です。長編も進んでいますよ。ここからどうなるのか!?嘘で固めた男の秘策とは!?ついに臨界点を迎える声優専門学校血風録!!!次回を待て!!

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