人から貰ったお題~猿の歌~

猿の群れだ。ただただ猿の群れだ。

ステージから客席を見る度にそう思った。V系のバンドだから客は女ばかりだ。一番前、最前に居る女は胸が見えやすい服を来て俺達にアピールしている。結局は音を楽しみに来たのではなくて、「こんな場所に高い金だして来た私を見て」と言いに来ただけなんだ。サルが餌欲しさに俺達に手を出してきただけだ。

ライブが終わって化粧を落としていくと同じ勢いで魔法が溶けていく。このメイクが後数センチ落ちたら俺はただのフリーターに戻るんだ。だから…今日はもう少しこのままで居よう

「なあ、俺たちやってる事意味あるのかな?」

「さあなあ。でも今日は俺に小遣いくれるファンが来たから頑張ったよ。この後も金もらう為に抱かなきゃなんねえし疲れるよ~」

ボーカルが心底嫌そうな顔で俺に話す。その話を聞いて一番嫌な気持ちをしているのは俺だけど。こんな事、ファンに聞かせたらどう思うのか?どうも思わないかもしれない。結局はそう言う風な対象として見られ、そう言う風な対象として見ているのだ。

この場所に人間は居るのだろうか?俺はただただ人間で、ほかの誰でもない人間としてステージで生きてきたつもりだった。しかし現実の闇はどんどん心に影を作る。そして影の中に一度入ると日の当たる場所に出るには今までの数十倍の勇気が必要になってしまう。結局何をやって生きて何になって死ぬのか。そればかりを考えてしまう。

「今日の三曲目の時!私を見てくれましたよね!?凄いうれしかったー!!」

Twitterを開くとそんなDMが入っていた。そんな訳ねえだろうが。いつもは無視をするのだけど、今日は返事をしてしまった。

「もちろん!もうすぐ物販出るから話しかけてよ~!」

俺たちの次のバンドが戻ってきた時、客席に作られた物販席に向かった。

「さっきはお返事ありがとう御座います!」

「ああ、こっちこそありがとうね。結構観に来てくれてるよね?」

「はい!ツアーも全部回ってるじゃないですかー!」

ああ、そうか。地味でどこにでも居そうな女だから気にも止めなかったがよく見る顔だ。

「そっか。これからもよろしくね。今日はギターの音どうだった?」

「ええ~!?そうですね~!かっこよかったです!」

聞くだけ無駄なのはわかっていたけど、バンドマンとしての最後の意地なのか聞いてしまった。結局はそうなのだ。求められていない事をただやっているだけなのだ。

見る矛盾と演る矛盾が交差する場所でただただ現状を忘れて未来を少しでも明確にする為に生きる。だが、そこにはサルしかいない。結局はサルなんだ。客の事じゃない。俺たちが。俺たちが猿だった。

彼女達は毎日の仕事や生活があり、その中の隙間を使って俺たちを観に来て楽しんでくれている。しかし俺たちはどうだ?この生活が、納得出来無い毎日が現実なのだ。そこで一切つながらない気持ちを放出する。

猿回しの猿なら自分を猿と分かっているが俺たちはそれすらわかっていない。猿の歌を人に聞かせて猿は相手を猿と言うだけの生活。

「なあ、バンド辞めたらどうする?」

「どうって言われてもなー。バイトしながら考えるよー」

「そうだよな」

誰もが答えを出さない。「辞める」と言えば全ての答えが出て否応無く現実の中に飛び込む事が出来る。この現実と非現実の浮遊感を味わい続けるのは何故だ?楽だからだ。結局は自主性の殻を纏った楽を楽しみたいだけなのだ。このままで良い訳が無い。この生活が良くなるはずがない。だが飛び出す勇気がもてない。

次のバンドが演奏を始めるとメンバーは楽屋に戻り、ファン達はまたステージを凝視し始めた。その目に映っている景色とステージから見ている景色ははたして同じなのだろうか?どちらが猿なのだろうか?

猿ならまだ自主性がある。猿ならまだ良いんだ。ただただ空虚がそこにあり、中々の虚栄が蠢いている。その世界で吠え散らかす事で何かを変えようとする。俺たちが辞めても誰かは続けるだろう。せめて猿であろうとする為の歌を。

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