懺悔:何故私はその道を選んだのか~巻の六~

俺は道を選ぼうとしている。この道は選ぶのは簡単だが、選んでしまったら後戻りは出来ないかもしれないし、ただただ地獄へのデスロードが続いているのかもしれない。だが、迷う余地は無い。卒業まで三ヶ月。良い待遇で受かった事務所はゼロ。だったら使うのだ。過去を消せ。人生にあらすじは無い。物語が続いて続いて続いて…後書きも無い。先には絶筆しか無い。だったらその瞬間までやるしかないのだ。

道を決める。ただただ愚直に芝居に打ち込んできた「つもり」だった。しかしその皮は引き剥がされ、真っ赤な肉に言葉と言う塩を塗りこまれてしまった。だからこそ、今この状態をひっくり返す道を進むのだ。地獄、修羅道、冥府魔道、不安、恐怖、恐れ、羨望、嫉妬…人間は毎日笑顔で生きている訳じゃない。いるとしたらそいつはキチガイだから近づかない方が良い。道は悲しみで満ち溢れている。だが、だが、もう選ぶしかないのだ。

その道を。

「そうか、俺は嘘を吐くと言う事に優れている。では何故オーディションで嘘がばれた?それは「意識が足りなかった」だけなのだ。」

何故嘘がばれるのか?その答えはひとつです。嘘に対して誠意を尽くしていないからです。嘘を吐いている事に対して申し訳ないと思っている限り必ず嘘はばれてしまいます。嘘を信じて本当に嘘に対して真摯に向き合っていれば、見抜かれたとしても相手の心に「もしかして…」が生まれます。それが1%でも相手に残れば嘘はその役目を完遂した事になるのです。

「受かる為に芝居が好きだと嘘を吐く。どうやって?相手は見るプロだ。俺が本当に芝居が好きかを見てくるだろう…どう対応する?」

そこで私が考えた案は「上手くやろうとしない」でした。上手くやろうって事は芝居に対して誠意を見せると言う事です。芝居に対して誠意が無いのに誠意を見せるから歪な感情や演技が生まれて、その歪さからバレてしまいます。だったらその部分をストレートに、出来る事だけをやれば良いのです。どうせ実力なんて一部の超人以外は五十歩百歩です。皆芝居をがんばっています。だったらどうする?どこで戦う?答えは簡単です。「それ以外を叩き込む」だけです。幸いにも私はロックンロールに頭を汚染され、パンクロッカーとして生きてきました。そして身内に落語家が居たお陰で落語に傾倒していました。どうせ好きでも無い芝居なら、とりあえず距離を置いてしまえば良いのです。俺の持ち味、俺が今まで培ってきた物で勝負をかければよかったのです。「経験を使う事で芝居を騙す」のです。

思いつくのは簡単ですが、実行するのは恐ろしいです。今まで二年間、仲間と学び続けてきました。そこでは芝居に対して誠意を尽くす事を学び、そして芝居を本当に愛して、「本物の芝居」をやる様に教育されてきましたし、それこそがプロになる近道だと言う事は理解しています。

しかし、俺にはそれが出来ない。だって芝居は俺にとって道具だから。俺の本質は、俺の本質は…うるせえ!俺の本質は俺だ!俺が俺に迷ってどうする!何が好きだ!?ロックンロール!?だったらそれでやれ!!お前が閉じ込めてきた物を!!お前が解き放ちたい気持ちを!!出せ!!

私は「その道」を選びました。

次の日学校に向かい、職員室に向かいました。二年間世話になり続けた担任にだけはぶん殴られたとしてもこの気持ちは伝えないといかんと思ったからです。

「何の用だ?……ほう…少し目が違うな?話せ!!」

「先生、俺は芝居に対して誠意を尽くすのは辞めます。形としては誠意を全力で尽くす。でも、俺が使うべき武器はそこじゃないと思う」

「中々面白い事を言うな?では海兵隊を辞めるって事か??」

「いや、勿論声優になりたいです。声優と言うか…前に出る仕事に付きたいです。だからこそ、自分の持ち味を生かそうと思います」

「ほう…まあお前が何をしようが礼儀礼節さえきちんとしていたら構わん!で、他の用事は何だ?」

「次に狙っている「ケツマンD」のオーディション、誰が審査に来ますか?」

「ケツマンDか?そうだな…社長の尻穴 拡死さんとマネージャーが一人の予定だな」

「少しパソコンを貸してください。尻穴さんが出演した作品、尻穴さんの趣味、全部を知りたい」

「何故だ?」

「声優になる為です」

「ガハハハハハ!成るほど、まあ何も言わん!面白い!やってみろ!来い!これがパソコンだ!左クリックはこう…右クリックは…」

私は尻穴さんを調べつくしました。その時はまだネットに資料等は少なかったのですが、調べる為に学校が持っている業界向けの役者案内を見て調べました。尻穴さんのボイスサンプルを聞いて、尻穴さんの癖を見抜こうとしました。
「この俺を見てくれ!この力を!!」と全員がアピールします。だが、それでは能力でずば抜けていない私が受かる事は難しいです。だったら「偶然にも社長の趣味ややり方に近い人間が居る!コイツは面白い!」と思わせれば良いのです。実力なんてどうせほぼ見ない。だったら…これは政治だ。政治だから嘘を吐くし、相手も嘘を言う。俺は相手が想定していない嘘を叩き付けて絡め取ってやるんだ。

オーディション前、人は不安を消す為に延々と練習をしたり、自分をブラッシュアップしたりします。私ももちろん多少はします。しかし、私はオーディションまでに尻穴さんが出演した作品を観られるだけ観て、プロフィールに書かれている趣味欄や特技欄を暗記し、そこから話しをどこまでも発展させていける知識を得る事を選びました。回りからしたら学校に残って練習しなくなった私を見て「後藤は諦めたのだろう」と思った事でしょう。一緒に練習しよう!と言われても断りました。それは私の武器じゃないですし、多少の練習で得られる武器はもう持っていると思ったからです。

騙す。俺は俺を騙す。芝居が好きじゃない俺は芝居が好きと言う形で俺を騙す。

騙す。俺は事務所を騙す。何も知らない顔をして相手の好みを突き俺は騙す。

やるしかない。多分新人がオーディションでやってはならん事だろう。本当に心から芝居を愛する心、二年間の積み重ねをぶつける場所なんだろう。でもそれじゃあ間に合わんのだ。時間は誰に対しても冷徹に近づき通り過ぎて行く。だったらその時間に縋り付く為にもやるしかない。

オーディション当日、尻穴さんが事務所説明をしはじめた。

「えー、うちは声優と言うより、トータルな役者が欲しいと思っています。勿論特化した能力は必要ですが、限定的な力よりも全体的な力を持った新人が欲しいです。何か質問はありますか?」

「ますか?」の「ま」の時点で手を上げた。勿論最初に上げたのは最初に当てられたいからだ。

「はい、君」

「ありがとうございます。後藤健和と申します。私は事務所での活動以外にも、劇団等で定期的に舞台に立ちたいと思っています。仕事に影響の無い形なら問題無いでしょうか?」

「お!君は舞台も好きなのか!勿論良いですよ。私も最初に所属した事務所では自分で作った劇団で芝居をしていました。やりすぎて怒られた位にね。問題無いですよ」

知ってる。あなたはそれを四年前に受けたインタビューで喋っていたからな。

「ありがとうございます。あと…これは質問と言うより興味なのですが…私は声の仕事をさせていただけるなら、吹替えをやりたく思っています。そしてケツマンDにはどのビデオのキャスト欄にも名前がある○○さんや○○さんがいらっしゃられますよね。直接…お話しを伺ったり出来る機会はありますか?」

「おおお!○○を知っているのか!!彼は非常に良い役者でね。主役をする事は少ないけど、本当に沢山の作品に出てくれているよ。勿論話しも聞けるよ。うちは小さい事務所だから結構顔を合わせたり、飲みに行く事が多いからね。」

でしょうね。六年前にケツマンDに行った卒業生から伺ってますよ。

よし、最初は掴んだぞ。この最初の質問、これはオーディションと同じ位大切だと思います。大体の生徒は「費用面」「仕事のジャンル」等、「役者として仕事をする時に必要な事」を聞くだけです。ある種の一方通行です。それらの質問は答えて終了です。相手も想定している質問なので、考えてきた答えに対して一直線に脳を使い、一切の迷いも無く言います。だが、それはおいしくない。答えてもらうなら少しは質問者である自分を意識して貰わないとダメだ。だったら相手が好きそうな事、「答えはとっくに分かっているけど想定していない質問」をする事が大切だと思います。
それを行う事で「彼は中々面白い発想をしている」「ああ、お金とかじゃなくて芝居をもっと楽しむ為にこの事務所の説明を聞いてくれているんだな」と思っていただける場合があるのです。この場合は完璧にハマりました。

「ではオーディションを開始します。よろしくお願いします」

ケツマンDのオーディションは一人一人入場方式で開始される。そして台本は「自分で五本持ち込み」と言う事でここ数年固定されていて、もちろん今回もその形だ。台本は皆、レッスンで何度もやった自分が一番好きな物を持っていくだろう。それが何よりだと思う。一番上手く出来るし、上手く出来るかの不安も感じないから。だが、それじゃあ刺さらない。

「後藤健和です。よろしくお願いします!」

「お、後藤君か。よろしくね。リラックス出来てる?」

「正直メチャクチャ緊張してますね。やっぱり凄く入りたい事務所ですし」

「お世辞でも嬉しいよ。じゃあ台本読んで貰えるかな?」

私は台本を読みました。演技をしようとは思わずただただ思うがままに。アクセントや表現方法、それらはとりあえず無視です。私の心のロックンロールと落語が何とかしてくれる。二年間の訓練の成果より、二十年の人生の成果を叩きつける。そしてそこに…武器を叩き込む。

「五本目、やらせていただきます…地球最強のペニス!!これが!!ペニスなのか!?男としてあこがれる…最高のペニスじゃないか!!」

尻穴さんの目の色が変わりました。そして一緒に審査してくれるマネージャーも書類から目を上げて私を見ました。そりゃそうでしょう。これは尻穴さんが昔やった役のセリフなのですから。それをまだプロにもなっていない男が事務所オーディションでやるのですから。

「以上です…ありがとうございました」

その後は趣味とか特技の話しをしました。もちろん予習してきた通りに尻穴さんの趣味に数箇所被せ、相手が反応したらその分野をやってないと知らない「あるあるネタ」を挟んだりした事も抜かり無しです。そして質問は演技面にも及びます。

「いやあ、しかしびっくりしたよ。さっきの…私が昔やったやつだよね。何でそれ選んだの?」

「今回、尻穴さんの事務所を受ける時…昔聞いたこのセリフを思い出して…それで…受かる受からないより、好きな役者の好きな芝居を、それを本人に聞いていただけるなら…そんな経験他に無いと思いまして…」

「ガッハッハッハッハ!君は…勇気があるね!今まで何度もこう言うオーディションやってきたけどこれやったの君が始めてだよ!説明会の時に質問してくれたから君の事は少し分かっているけど、やっぱり舞台が好き?声優よりも…舞台とかの芝居が好きって感じかな?」

来たぞ。来たぞこの質問。

「正直…芝居や舞台が…そこまで好きなのか?と言われたらそうじゃないかもしれないです」

「どう言う事?」

「まだ本格的に学び始めて二年です。芝居とか舞台は…一芸十年と言われる世界じゃないですか…だから…多分好きなんだろうけど…今はそう思いたく無くて。まだ自分の芝居とかをこれから作っていかないとダメだと思うから…今は芝居だけ!と成るよりも、あらゆる事をメチャクチャにやって行きたいです。」

言ったぞ。芝居が多分好きなのは…嘘かもしれない…でも…そこに真実を。俺はめちゃくちゃやりたいと…それだけ伝われば良い。

「後藤君…君は変わってるね。大体の受験者はやっぱりフレッシュな感じを出したり、何か新人らしさで攻めるんだよね。でも君は違うね。そう言うの好きだよ」

「正直どういう風に成れるか分からないです。事務所にお世話になりたい!って形でここに来ておきながらこう言う事を言うのも変ですけど…私は…嘘を吐きたく無い。今後お世話になってお金を貰うかも知れない立場です。だからこそ…気に入られる為の嘘は吐きたくなくて本音でお話しをしました。失礼があったなら申し訳ないです」

虚実入り乱れるとはまさにこの事かと思います。私は勿論嘘を吐きたくない。本当にただただ誠意で、本当に気持ちでぶつかって行きたい。しかしその為には足りない物が多すぎる。だったら…ここは嘘を吐いて、調べつくした情報を全く知らないと言う形でぶつけるしかない。でも…俺は本当に嘘は吐きたく無いんだ。だからこそ受かったら嘘は辞めだ。これが最後の嘘だ。自分自身と言う二十年近く磨き続けた武器を見てもらう為の嘘だ。この嘘すら俺の武器だ。見抜きたいなら見抜け。俺はただただ誠心誠意を虚実交えず嘘を語っている。これが武器だからだ。

「いやあ、非常に楽しかった。本日はお疲れ様でした」

教室に帰った時、全員が私の顔を見ました。私は何の事か分からずに皆の顔を見返しました。そして自分の荷物をまとめ帰り準備を始めました。

「後藤!お前何してたの??」

「何をしていたったオーディションだろうが」

「いや、他の人が10分位で終わったのに、後藤だけで30分以上かかってたよ」

その時、私はハっとして時計を見ました。本当に三十分以上かかっていました。それだけ私に興味を持ってくれて、そして私の事を知ろうと時間を使ってくれたのです。

自分の策がキマった事より、ただただ話しを聞いてくれた尻穴さん、ケツマンDの人たちに祈りたくなる様な感謝の念がありました。

後日、オーディションを受けた人間が呼ばれました。

「先日は上手く行ったのかここで教えてやるぞ!!どんな結果でも海兵隊は戦い続ける!わかったか!?わかったら聞け!このアホダマ共!!さて…今回の結果だが…準所属が一人居る…発表するぞ。準所属は…」

こうして私は道を選びました。その道が本当に正解だったのか?十年以上が過ぎた今でも考える時があります。しかし、それは考えるだけ無駄なのです。正解かどうかはその瞬間にしか意味が無いのです。後々判断が出来る様になったとしても、それが分かる頃には、また無常な現状の上に立っているのです。曖昧を感受しながら。

人間は現状の上で苦しみ、嘆き、後悔を続けるかもしれません。どんな判断にも絶望は希望を多い尽くす程広がってきます。耐えられなくて逃げ出す事もあるでしょう。しかし、その道が、その道が自分で選んだ道だったら

絶対に後悔は無い。


以上を、何故私はその道を選んだのか の懺悔とさせていただきます。ありがとうございました。

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