貰ったお題シリーズ:肉戦艦

誰がどう作ったのかもわからない。まずそれはあった。それは世界を食おうとした。食うために動き食うために飛ぶ。巨大な肉、ハムのような、ソーセージのような。そこには何かが乗っているのか?ただの戦艦なのか?

世界は最強に怖がって最強に色々と困った。宇宙人とか地底人ならまだなんとか気合いで団結しようとした。しかし世界の終わりはそんなドラマティックな物ではなかった。ある日気が付いたら肉が、肉のような巨大な物が浮かんでいた。それは全てを吸い込んだ。もう地球に人間が住むべき土地は殆ど残っていない。

「お母さん、今日はクリスマスね」

「そうね。いい子にしていたからクリスマスを迎えられたのよ」

「お母さん、音がするね」

「肉戦艦が吠えているのよ」

「どうして吠えるの?悲しいの?」

「わからないわ。でも、もしかしたらあの戦艦もわからないから吠えているのかしらね」

残り少なくなった家畜を絞め、最後の晩餐とも言える食事を用意した。以前は肉戦艦の進行方向を伝えるラジオやテレビがあった。しかし今はもう何も無い。テレビやラジオはただの箱となり、その代わりに少し子供と母親の絆は深まったと言われた。

ようはノイズが多かったのだ。ノイズに支配されていた中になんの音も心も持たない戦艦が現れた。多くの人類にとってはただの災厄だっただろう。しかし、ある意味では幸せをもたらしたのかもしれない。

「お母さん。大きな声がくるね」

「あらあら、怖いのかい?今日はクリスマスよ?ローザはニコニコしているのにお兄ちゃんが泣きそうな顔をしてどうするの?」

「みんないなくなるのが怖いんだ」

「そうなのね。でも大丈夫よ。みんな一緒にいなくなれば、それは誰もいなくならなかったと同じ事なのよ」

「どう言う事?」

「いなくなるのが怖いのはね、取り残されるからなのよ。誰も取り残されなくて、一緒にいなくなることが出来ればそれはそれで幸せな物なのよ」

「そうなのかな」

世界は不平等に溢れていた。悲しい程の不平等。その不平等を平等に変えたのは肉戦艦だった。肉の戦艦。ふざけている。正直信じられない。しかしそれが目の前に現れたとき信じる以外の選択肢がなくなってしまう。存在する物を拒否する事はできない。それは「ある」のだ。あるものを無いと言う事事態がノイズであり、嘘なのだ。全部が嘘で包まれているからこそ、真実の戦艦がこの世界にあらわれたのかもしれない。

「お祈りをしましょう。たぶんもうすぐよ」

「うん。もうすぐだね」

「僕は怖いよ」

「大丈夫よ。どんな怖い夜も眠りに落ちてしまえばすぐに朝はやってくるでしょう?」

「うん」

「だったら大丈夫よ」

母親の嘘は何よりも暖かい。その嘘に身を任せ、何も考えずに生きることができれば何も苦しい事は無いのだ。何も怖く無いのだ。どんどん音は大きくなって行く。家は震えてきた。窓の中では家族が夕食を楽しみ、窓の外では肉戦艦が貪欲を謳歌していた。

食事がひと段落した時、全ては飲み込まれた。娘は最後の瞬間母に抱かれていたらしい。息子は最後の瞬間妹を抱きしめていたらしい。

ノイズすら消えた世界の中でただ浮かぶ戦艦、その戦艦は全てを喰らい、どこにいくのか?多分どこにもいかない。あるべき場所に収まり、あるべき姿を晒し続けるのだろう。

感情のノイズが消えた世界に肉戦艦の呼吸音だけがこだましていた。この星が生まれて初めてノイズが消えた日だった。

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