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2004年発表/西寺郷太 短編小説「コパカバーナ」

「コパカバーナ」

★★★★紹介★★★★

谷シロウ・・・超人気お笑いグループ、[コパカバーナ]のメンバー

山川カズノスケ・・・[コパカバーナ]のメンバー、のちにマルチな才能を発揮

森・・・ふたりのサークルの先輩

菅鳥雄・・・ふたりの同期生。通称のんき君。

祐子・・・菅の大学生当時の恋人。現森夫人。

★★★★管鳥雄です。★★★★

鳥雄です。大学のサークル(ワンダーフォーゲル)では「のんき君」
って呼ばれてたんです(笑)。思い返せば、「のりくら」にみんなで登った大学一年のとき、ぼくははじめてキスしました。それがねー、忘れられないんです。
その頃からヒゲはやしてた山川とか、谷とか、先輩の森さんとか色んな人に冷やかされましたけど、ワンゲル時代は最高でしたね!!人生の中であれだけ楽しい時代はなかったですよ。

★★★★コパカバーナ★★★★

お笑いグループの名前をつけるとしたら、「コパカバーナ」がいいと思う。
リズム的に。
ボケもツッコミも軽妙なのり。ふたりとも女たらし。ひとりは出っ歯、ひとりはヒゲ。出っ歯は眼鏡をかけている。名前は谷シロウ。ヒゲの方は背が高くてもてそう。名前は山川カズノスケ。

女の子のことだけをネタにする。いつもスーツ。谷が赤。山川がブルー。
谷は誰にでもツッコむのが特徴。偉い人でも先輩でも誰にでもツッコむ。えへらえへらと。

だからたまに芸歴の長い先輩にどつかれる。谷はチビでやせている。山川はかっこいい。竹野内豊にそっくり。でも、ルックスからの予想を裏切るひょうきんもの。いつでもふざけている。銀座や渋谷で女連れの山川を見ない日はない。

★★★★歓声の中で。★★★★

はーーい!キャーーーーー!(女の子の叫び声がステージを包む)キャー!
谷:うるさーーーーーーーーーーーい!(爆笑)
山川:うるさーーーーーーーい(サイのかっこうで)。
谷:お前は、サーーイ!(爆笑)
山川:はいはい、コパカバーナでーーす。
ふたり:リオ!リオ!リオ!
谷:はい、お前らもー!
観客:リオ!リオ!リオ!(大爆笑)
谷:はい、最近の電車は凄いねー。
山川:何が?
谷:満員電車で痴漢したらすぐつかまる[エロスキャッチャー]っていうシステムが
去年から導入されたんはお前も知ってるよなー。
山川:はいはい。
谷:あれ一回捕まってみようと思ってな、この前痴漢してみたんや。
山川:どうでした!?(いきなり谷を蹴飛ばす)(爆笑)
谷:あいてててて。
山川:それで?
谷:痛いなーもう、痴漢するとしたら、どうせやったら可愛い子がええやん。
山川:そらそうや。
谷:ほんでめっちゃ美人の後ろに身体ピターってつけました。
山川:つけました。
谷:さわりました。
山川:さわりました。
谷:そしたら相手がこっちキッとにらんで、
山川:にらんだー。
谷:あっシぃロウちゃーーん!って向こうから抱きついてくんのよ。(お客がキャー!)
山川・ほぅ、人気者や!
谷:でもエロスキャッチャーはおれを見逃さへんわけよ。
山川:そらそうや。
谷・相手が喜んでても関係ない。
山川:エロスをキャッチするわけやからな。
谷:前後左右からしびれるビームが俺をつついてくるのよ。
山川:(思いっきりステージ後方へバック転しながら、ダンスをはじめる。)
谷:(大声で歌って)その時おーーれーーはキャッチド!キャッチド!
山川:受け身系!受け身系!だッ!
ふたり:エローーース!エロース!セイ!
客:エローーース!エロース!
ふたり:リオ!リオ!リオ!
客:リオ!リオ!リオ!
山川:タッチ・ミー!(といいながら客席後方にテレポーテーション)
谷:キャッチド!(宙づり)(客キャーーーーーーーー)
ふたり:という訳で!!!!!(リズムにのって)おれたちエロース!とまらないぜ!いつでもどこでもキャッチしろ!コパカバーナでしたー!
歓声:キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

★★★★鳥雄です。★★★★

鳥雄です。あいつらのことですかーー。
あーー、ふたりは昔から面白かったですよ。っていうか無理やりでしたけどねー、面白いというよりは(笑)。

だってワンダーフォーゲルも女とやりたいだけですからねー、あのふたりの目的はね(笑)。でもこんなにビッグになるとは、サークルの誰も思ってなかったんじゃないですか。とくに山川がこんなにビッグになるなんてね。みんなで言ってたんですよ。お笑いにしてはカッコ良すぎるって。

谷は期待のホープでした。今から考えると意外でしょ?最初は良かったけど、やっぱね。酒に飲まれるところがあったから。コパカバーナっていえば昔は谷だったんです。アルコールはやめろって言ってたんですがね。仲間は皆ね。
ぼくですか、今浜松でペットショップやってます。血統書とか毎日眺めてますよ。

★★★★あいつ。★★★★

俺はあいつの真似をしていただけかもしれないって今もよく思うんです。
あいつが凄かったからコパカバーナはデビューできたし、テレビマンに可愛がられたんですよ。谷はぽんぽん発想も浮かぶし、ずっとおれの手本だったんです。大学では同期だったけどあいつは一浪してたからほんとはひとつ上でね。

デビューして5年は我慢してました。途中でネタ作りも全部おれがやることになって。ボケとツッコミの役割も交代していきました。漫才師としてはツッコミの方が練習がいるんです。野球でもピッチャーは素質と自分のコンディションを考えればなんとかなるけど、サインを出すキャッチャーは相手のデータ含めて準備が必要でしょう?同じですよ。

谷はよく遅刻してきました。酒がやめられないんです。一回はスーツ来たままホテルの風呂に無理やりいれたことがあります。マネージャーとふたりで。泣いて怒りました。あいつのマネージャーは次々やめていきましたね。そりゃ無理ですよ。暴力もありました。でも気が小さいからすぐあやまる。
笑ってる顔見て何度も許したけど、駄目でした。客はうすうす気づいてたんです。

コパカバーナをやめるのは、俺が芥川賞とって作家になった2008年頃に決心しました。あの頃もう限界だったんです。

2015年に撮った映画「バンジョー次郎」は谷がモデルなんです。あいつはほんとはすごい優しかったから。あいつには見せたいと思ってビデオを持っていったんですけど奥さんに怒鳴られて泣かれて・・・追い返されました。辛かったです。でもね、しばらくしたら谷から汚い字で書いた手紙を写した画像のメールが届いたんです。「よかった。すげぇな。」って書いてありました。

それがあいつと連絡をとった最後です。あいつだけが俺の親友です。そして、僕の教師だったんです。月並みだけど、ほんとにコパカバーナはおれのすべてでした。

★★★★森です。★★★★

あー、マスコミの取材はお断りしてるんです。話っていってもあいつらふたりと同じサークルだったのもう20年も前のことですからね。コパカバーナはたしかに私にとってもひとつの思い出ですけど、あなた方に話すような話はもう何度もしてるんですよ。だから図書館にでも行って下さいよ。
だから谷の酒グセについてはね。昔から注意してましたよ。私も当時彼らの上の代で幹事長ってやつをやってましたからね、昔の話です。安い日本酒をね、汚いぺラぺラの畳の居酒屋でね。当時、高田の馬場のさかえ通りのガード下で毎日コパカバーナのふたりと飲んでましたよ。朝までね。始発で帰るとき谷は眼鏡割っちゃってね。自転車に乗ったまま山手線に乗って駅員にしかめ面されてましたよ。あははなんて爆笑してね。

あいつは憎めないところがありました。先輩としても可愛くてね。今考えればあの頃もっときつく注意しておけばよかったんです。それが彼の芸をだいなしにしてしまうほどのものだとは思ってもなかったんです。

ふたりとも女たらしでしたよ。だいたいサークルに入ったのだってワンゲルなら女の子と無断外泊できるとかそれだけでしょ。しんどいしんどいって山登りの時はうるさかったですよ。可愛い女の子みるとすぐナンパする口実にサークル勧誘してたから、あの頃異常にうちのサークルだけ可愛い女の子が多かったんです。みんなコパカバーナのふたりが好きだったんです。あんなやつらでもやっぱりカッコ良かったですからね。随分うらみましたよ。あいつらの同期の菅、えっ「のんき」からも話聞いたんですか?やっぱり酒のこといってたでしょ。へぇーー、今ペットショップの店長なんですかー。

今でものんびりしてるんですかねー。あいつもコパのふたりにはいつも冷やかされてましたよ。あれ、どこだっけなー。山であいつがファーストキスした相手が私の今の女房でね。あはは、お恥ずかしい話ながらうらやましくてね。コパに負けるのはなんとなくよかったんだけど、のんきにまで女では勝てないってなるとぼくもかたなしでねー。
5年かかってくどいたんですよ。女房をね。

おーーい、祐子、お客さんにお茶持ってきてくれるかー。
あっ、どうもありがとう。

★★★★菅鳥雄です。★★★★

いやー、やっぱりコパの人気って凄いんですねーー。あいつらはいつでもどこでも騒動を起こして自分たちは知らんぷりなんですから。ぼくら友達はねー、ここだけの話ずいぶん迷惑もしてるんですよ。マスコミやね、色んな人からしたらぼくは「コパカバーナの同級生」でしかないんですよ。何回聞かれたと思います?あいつらの大学の頃のエピソードなんてもう暗記してますよ 。一語一句ね。それでいて自分のことといったらもう数少ないです。どうしてもあれだけの時代を作ったふたりですからね。しょうがないです。

でも若いころはおれはおれだって思ってましたからね。正直腹もたちましたよ。おれたちいつも尻拭いでしたから。でもね、やっぱりあいつらの漫才、っていうか笑ってる顔が好きなんですよ。おれはね・・・。

森さんもそう言ってましたか・・・。

祐子・・・、いや奥さんは元気そうでしたか?

良かった・・・。

やっぱりコパカバーナは最高のグループですね。えっ、もちろん今でもです。

★★★★思い出の中で。★★★★

こんなはずやなかったんや。おれもほんまに漫才が好きやった。お笑いのカタルシスや。あれこそが、セックスなんや・・・。わかるか?普通の快感とちゃう。身体がふるえるんや。おれのこと見とるやつが全員おれに夢中や。コパカバーナに夢中やったんや。日本どこにでも、おれらの写真あった。貼ってあった。なぁ。

カズ・・・。もう一回おれを試してくれ。いっぺんだけでもええ、みんなを笑わせたいんや。一杯ネタ考えたんや・・・。おれな、おもろいネタ一杯考えたんや・・・。

★★★★祐子です。★★★★

鳥雄君、お元気ですか?最近山川君がヨーロッパかどこかの国で映画の賞をとってからというもの、うちにも取材が沢山来ます。森さん(いまでも私はこう呼んでいるのです)、と結婚してもう20年が立ちました。あの頃のことを懐かしんでもいい年になったかしらと思い、こうやってメールしています。驚かせたならごめんなさい。

実はね、谷君に私最近会いにいったの。知ってると思うから恥じらいもなく書くけど、谷君ずっと私のこと好きだって言ってくれてたのね。それがね、ずっと彼、真剣だったみたいなの。あれだけ売れっ子になってもずっと私のことが一番好きだって言ってくれたてたの。もちろん私は谷君のことを一度も愛したことはないし、鳥雄君とうまくいかなくなって、しばらくして森さんを好きになって、ずっと森さんと一緒にいたからどうしようもなかったんだけど、谷君一番コパで人気者の頃も私に電話したりメールしたり、時には真夜中に酔っ払ってうちに来たりもしたの。森さんが思いきり怒鳴って、殴りつけたこともあった。それぐらい、彼、めちゃめちゃになっていたの。

でもね、いつも谷君淋しそうで、どれだけお金持ちになっても、ワンダーフォーゲルしてたあの頃が一番楽しかったって泣いたりもしたから、私もどうしようもなくて。谷君、みんなが思ってるよりもワンゲルが好きだったのよ。淋しがり屋だから、ああやって仲間と山に登って泊まったりするのが、本当に嬉しかったみたいでね。

それがやっぱり私も子供(3人目が今中学生1年です)ができたりして、谷君もさらに酷くなっちゃったでしょう?お酒・・・。だから疎遠になってたんだけど、私なんだか懐かしくなっちゃって、それと私だったら何か谷君の力になれるかもって思ったりして、先週の日曜に森さんに内緒でね、会いに行ったの。

そしたらね、谷君ね、やっぱりすごく面白かった。私笑っちゃって、ほんとに良かったなって思ったら涙が出てきちゃって。谷君も少し前に比べて前向きだったし、私が来たことでまた喜んでくれて、彼ったらね、同窓会しようっていうのよ。私も最初無理無理って言ってたんだけど、『どうしてものんきと、森さんと、祐子と、カズで会いたいんだ、また昔みたいに』って。山川君は忙しいし、辛いでしょう。鳥雄君も今、東京じゃないし、森さんもコパカバーナは大好きでも、やっぱり谷君個人とはいい思い出ばかりじゃないし。

鳥雄君、私どうしたらいいかな。いっつもあなたには甘えてばかりでごめんなさい。

森祐子

★★★★森です。★★★★

カズ、久しぶり。銀熊賞おめでとう。おれはあの映画「マリエッタ」を見て泣いたよ。女優の表情が特に良かった。

お前の気持ちは良くわかった。同窓会を開くことに賛成だという気持ち。確かにうけとめた。でもな、俺はみんなで会ったりしないほうがいいと思う。谷は谷でああいうやつだから、ま、それはお前の方が百倍知ってるだろうが、やっぱりあいつは駄目だ。可愛いやつだが、近づくとこっちまで泥の中にうずまっていってしまう。こんなことを言うのはなんだが、自業自得なんだ。

お前は、お前で道を切り開いた。谷に贖罪なんてしなくっていい。誰だってあの頃の谷のそばにいたら、ああする。それは谷の責任だ。そして俺には家族がある。ほんとのことをいうと祐子は若いころの思い出と今の自分をごちゃまぜにして、夢を描いてる。それが俺には怖い。カズ、俺も情けない話だけど、どうしても祐子と谷のことが気にかかるんだ。あいつは魅力的だ。特に今の祐子には毒なんだ。偉そうにしてるけど、家庭や、今の普通の暮らしを守りたい、それだけだ。だから、カズ、みんなで会うのはよそう。お前とはじっくり話がしたい。

ありがとう。そして、すまん。

★★★★再び、歓声の中で。★★★★

おおおおお!キャーーーーー!(ボディガードが女の子達を押さえつけている)
(赤いスーツの谷とブルーのスーツの山川が、ステージへと勢いよく飛び出してくる)

谷:はーいはい(シーローーーウ!と呼ぶ声)
ふたり:コパカバーナでーーす。(金切り声が会場に広がる)キャー!
谷:ゲンキーしてたかーー!(はーーい!!と絶叫する女の子達)
山川:やっとるかーーー!。今日もいくでーー!!
ふたり:リオ!リオ!リオ!
谷:はい、お前らもー!
観客:リオ!リオ!リオ!(大爆笑)
山川:もっぺんーー!!
ふたり:リオ!リオ!リオ!
谷:はい、大声でー!
観客:リオ!リオ!リオ!
歓声:キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


(終)

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