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旅慣れてるって?

2014/11/20 記 
 今日も1日、処遇上での豆との戦いが終わった。
 以前甲府で懲罰房にいた時の、隣にいた奴が面白くてその話を。
 その男、オヤジのヅケがなく、そいつはぞんざいに扱われていた。
 ある日、オヤジが隣の房で話している。

「おい、コオノ!昨日お前の持ち物に全部名前と番号書いて貼ってやったよなぁ。ボールペンの一本一本まで…」

と、オヤジが言ってるのは聞こえるが、その、コオノと呼ばれてる男の声は聞こえない。シカトしてるのか。

「なのになんでお前はそれ全部剥がしてんだよ」

逆らっているのか?男のやってることが意味不明だ。

そしてまた、違うオヤジが隣の部屋の前に立ち止まって話をしている。

「おいコオノ!ここは懲罰房なんだよ。みんな反省するためにいるんだよ。みんなちゃんと座ってんのになんでお前寝てんだよ」

オヤジはキレ気味だ。
一体コオノが何を言ってるのかとても気になる。壁に耳を当てて聞こうとするが全く聞こえない。どんだけ声小せえんだよ。しかし、相当神経の太い奴か旅慣れた奴だと想像できる。

と、この旅慣れた奴というのは日本全国あちこちの刑務所を旅するように行ってるベテランのことだ。

「俺も随分刑務所行ってる」

なんて言わずに、

「俺もあちこち旅かけてるからね」

なんて言ったりするんだよ。
おっと話を戻そうか。

またある日、気の弱そうな夜勤のオヤジがコオノと話をしている。
コオノの声は依然として聞こえない。
オヤジの声は

「ダメだよ…ダメだってば…え?無理だよぉ、貸せるわけないだろライターなんか」

このコオノ、面白くて笑ったな。オヤジを小馬鹿にしたよっぽどの猛者だ。
 そしてある日の昼間、捜検が回ってきた。一時廊下に出されてその間に部屋を検査するのだ。
 俺の部屋が住む頃、隣のコオノにオヤジが言ってる。

「なんだコオノ、クソか?捜検やってんのわかるだろ…いいよ、最後に来るから済ませとけ」

なんと奴は大便中だ。
全ての部屋が終わったようで、いい時間が過ぎてからオヤジ連中がコオノの部屋の前にやってきた。

「てめえこの野郎!いつまでクソしてんだ!」

若いやつに、いいよ、開けろと言って鍵を開けさせた。

「いいからお前は座ってろ、臭え!」

とかなんとか言いながら、オヤジたちはコオノを便器に座らせたまま、ドタン、バタンと部屋の検査をやり出した。その間抜けな光景を想像するとこっちまでおかしくなる。
 猛者じゃなくてバカなんだろうな。

「ありました」

オヤジが何か見つけた。毎日もらう眠剤をまとめて飲もうとして溜め込んでいるのが発覚したようだ。
薬は高い。60日座る。
このコオノ、毎度懲罰中に何かやり出して、懲罰の確変に突入してしまっているようだ。相当長くここにいるのだ。
 しかし、このやり方が気に入らないコオノは翌日の願い事で、願箋を要求している。

「あ?なんだ頑箋?何すんだ。…おお、書け書け。用紙はここに置いとくから、あとで取りに来るぞ」

相変わらずコオノの声は聞こえない。その都度壁に耳を当ててる俺の方が怪しいよ。

そしてオヤジが、願箋の回収にやってきた。そしてキレる。

「てめえいい加減にしろよ。部長面接願いだろうがよ!さっき言ったろうが!なんだお前、部長願いって!
お前は部長になるのかぁ!」

キレるところはそこかよ、と思ったけど、最後まで声すら聞けなかった謎の男コオノ。
 彼はいったい何者だったのか。
もしかしてすごい大物のような気がするのは俺だけだろうか。

PS
あいつはすげえ男だった。(笑)

釧路にも暑い夏がやってきた。
俺は来月、東京に帰る。

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