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ジイサン担当の男気

2014.3.9.
 何の変化もないいつもの土日だから、昨日に引き続き、東拘図書の悪いオヤジの思い出話をしようかね。 懲役の夏は暑く苦しい。だから午前と午後の二回、休憩の時に冷たいお茶が出る。全国共通だと今ならわかる。しかしあの図書工場は、奴が冷たいお茶を飲ませてはくれない。

 新米だった俺は休憩のたび、あのオヤジとともに炊場にお茶を取りに行くのだが、扉を開けると、冷茶の入ったヤカンが、各工場分並んでいるのに、俺たちの分はわざわざ寸胴に暑いお茶を入れさせて、俺がそれを持ち帰り、工場で分ける。
 冷たいお茶はみんなが飲みたいよ。しかし奴は平気な顔で俺たちには、このくそ暑い夏のさなかも、熱いお茶しか飲ませない。
 自分は好きな時に隣のクーラーのきいた部屋で冷たい飲み物でのどを潤しているのに。
時折工場の本担任などはコンビニで買ってきたドリンクの袋をわざわざ工場に入ってきて中身を見せながら、「冷蔵庫入れとくからさ、後で飲んで」なんて言って休憩に行く。
奴は年に一回運動会の時に出るコーラも、ほかの工場は皆冷たいうちにグラウンドで飲んでいるというのに俺たちには、運動会が終わって工場に戻ってから、生ぬるくなったコーラを値打ちつけて配る。
「ほらー。コーラ出てるからね。ほしい奴はならべ」って。だから俺は絶対もらわなかった。「後藤いらねえのか」といわれりゃ、「のど乾いてないんで」とやせ我慢だ。
あいつだけには舐められたくなかった。
 図書に4人いるオヤジの中にも一人だけいい人いたよ。おじいさんだったけど。
 その日はまた、いつもに増して暑い日だった。そのおじいさんと今日は休憩のお茶を取りにい行ったんだ。
 いつものようにやけどしないように軍手をして寸胴を持ち上げると、「後藤、こっち持っていこうよ」と、そのジイサン担当は言った。
冷たいお茶のやかんが二つあった。「でもこれは・・・・」というと「いいから、いいから」と。
工場に帰るとめざといあの野郎はすぐに言ってきた。「部長!お茶がちがいますよ」って。
するとジイサン、「ああ間違えちゃったかな。俺が間違えたんだな。まあいいや今日はこれでやって」って。
 あの爺さんはことあるごとに懲役の味方だったなあ。懲役に好印象のオヤジというのはだいたい、うだつの上がらな奴と相場は決まってんだが。その通りだった。ジイサンがその場を離れると、すぐに奴が割り込んできて「本当はお前たちに冷たいお茶を飲ませなきゃいけないって義務はないんだからね。飲みたい奴だけコップ持って並べと、コーラの時と同じだよ。
そのうえ一杯だけだからねー。とまで言ってる。やっぱり俺は飲まない。「後藤いらねえのか」って、
「喉乾いてないですから」挑戦的な物言いだ。
ここにいた2年間、俺は炭酸のジュースを飲んだことがなければ、冷たいものなんて一度も飲んだことがない
。それが俺のプライドだったんだ。

俺もこんな粋でいなせなジイサンになりてえ。

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