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間違いだった仮釈放

1月18日
 俺のこれまでの懲役での、忘れられない出来事ナンバーワンはこれだ。甲府に努めた5年間で、何十人という数の人の卒業を見送ってきたある日、工場担当こういわれた。「後藤。俺は明日休みなんだけど、お前は仮釈放で出るために、工場最後な、2度と戻ってこない様にが頑張れよ」と。
 翌日、オヤジにいわれたとおり、皆に挨拶して昼の食事が終わると着替えを済ませ、荷物を持って連行のオヤジが迎えに来るのを待つ。
 これまでたくさんの人を見送ってきたのと同じパターンだ。
 なのに・・・。待てど暮らせど迎えは来ない。 
 そのうち、今日休みのオヤジの代わりにきてる交代のオヤジがしびれを切らせて電話をかけている。やがて電話を切ると、振り向いて俺を見つめ、ゆっくりと近づいて来て小さな声で「後藤、なんか、あの、。って。」言いにくそうにしてる様子からどんなことかは察しがついたが、確かな事が、分からないとあきらめだてつかない。
 「後藤、仮釈、間違いだったみたいだな」。突然何かでひっぱたかれた様なショックを受けたよ。
 そんなこと簡単に言うんじゃねえよ。このオヤジはよぉ。
 仕方ない。また工場着を着なきゃならないから更衣室にオヤジと二人で入る。
俺に気を使ってんのか「ごめんな」なんてあやまってくる?
「いやあ、いいすよ。しょうがないですよね。でも過去にこんな形でだめっだった奴いるんですか。」
「いや、こんなことははじめてだ」って。
「そりゃーそーだよ。こんなこと遭っちゃまずいよな。」
 なんて言ってるうちに、俺もだんだん、.ふざけんなよって。って気になってくる。
 着替えがもうすぐ済むってところでばからしくなった。
「おおオヤジ、やめた。」
「なんだ、どうした?」
「どうしたじゃねえよ。なんだこりゃあ、恥ずかしくてもう工場に戻れるわけねえだろ。」
「まあ、待て後藤、間違えなのか何なのかまだはっきりしないんだから。」
「うるせえこのやろ。」怒りがますます膨れ上がって、どうしてやろうか動転してきて、そばにあった80L入りのバケツを、力いっぱい持ち上げてブン投げた。作業中の同囚が気づいて、オヤジの背中側に回り込んでで懸命にジェスチャーで訴えている。
「今週なかっただけで、来週はあるかもしれないんだから」
「うるせええ。この野郎。」エキサイトしてきて、周りの物はすべてぶん投げた。
 懲罰だって構うもんか。腹の虫が治らない。だってどう考えても馬鹿にしてるだろ。
 非常ベルで、お決まりの警備隊が乗り込んできて連行だ。今回ばかりは謝る気はないよ。調べ室に入れられても早く来いとばかりにドアを蹴っ飛ばしてた。
 ところが待てど暮らせど誰も来ない。
 いい加減まいったよ。1時間以上は確実に待たされてる。いい加減疲れて座り込んでいると、そっとドアが開いた。それも20センチだけ。
 ドアノブを持ったまま、金線のオヤジがその隙間から「落ち付いたか」って。
 「おれは落ち着いてるよ。一体どういうことなんだこれはよお。ばかにしすぎなんじゃ。。。「ばたん」と、ドアが閉まった。
 そしてまた放置だ。なんだ、あの野郎。
 しばらくしてカチャリ。さっきと同じ金線が、またドアの隙間から、「どうだ、もう落ち着いたろ」って。
 待ちくたびれて「ああ」と返事をすると今度はちゃんと入ってきて正面に座った。「なにかの手違いでこうなっているが、来週は間違いないかもしれないだろ。工場へ戻れ。」
 散々暴れたけど、オヤジは俺を工場へ戻した。
 それなら、来週はあるのだろうと思って納得することにした。
 ところが次の週呼ばれて、また同じ調べ室で待たされていると、あのオヤジが、少しだけ開けたドアの隙間から、目だけを出してこう言った。
「おい、先に言うぞぉ」
ドアがほとんど閉まってんだからよく聞えない。
「ええっ?」
「いいか言うぞ。仮釈放は取り消しになってる!」ばたん!
ドアが閉まった。
 後で二人を引き連れてきて言い渡しだった。チェ。何もしねえよ。
 しかしこんなの、ドッキリにだってないよ。

やっぱりさ、どんでん返しのドッキリは、後でがっかりさせる結末はよくないよ。
 俺はよく冗談やるけどさ、先にあげといて、後で落とすようなことはしないポリシー持って馬鹿やってるよ。
 まさに今回のは、やっちゃいけないドッキリのパターンだった。
この日から薬の高い甲府刑務所が、俺には簡単に、薬を出すようになったっけ。
 医務診察で「ちょっと、良く眠れなくて」なんて言おうものなら、
「おお後藤、そうかそうか、眠れないか、そりゃまずいな、眠剤か?安定剤もあるぞ」なんて具合にさ。
 どう言うわけか俺の獄中生活は、ありえないパターンが多過ぎる。

こんちくしょう。それから満期までの間、どれほど長く感じたかは言うまでもない。

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