手も足も出ない

2・15
 ニュースで特集までやってる詐欺事件。
 オレオレ詐欺はさまざまに形を変えて厳し捜査の目を掻い潜っては被害を増やしている。
 前刑の府中で、手の震えのため手紙の書けないおふくろが、ある日電報を打ってきた。何事か緊急な要件だろうと不安になりながら読むと、
「○○の応募にあなたが当選したと連絡がありましたが覚えますか?○○までに返事をしなくてはならないので支給連絡ください。」と、あるじゃないか。
覚えなんてねーよ。そんなのは悪徳訪問販売か詐欺に決まってんだろ。  絶対に相手にしちゃだめだ。と言いたいところだがここは刑務所である。すぐに手紙を出させてくれるわけがない。次に発信できるのはおふくろが言ってる○○の期日よりも先だ。
まさに手も足もでない。
といったところでもどかしい。その後の手紙にいろいろ書いたがおふくろは、その件に触れることはなかった。
出所して
家に帰るとおふくろは、「この羽毛布団は高かったのよまだ使ってないからあんた使う?」とか、「この浄水器はすごいんだから。」ご近所にもペットボトルでくばったの」と、いくつかの自慢の品が並んでいた。俺は
「いい布団だ。かるくてそのうえ暖かい。俺はいいからおふくろ使えよ。使わなきゃ宝の持ち腐れだよ。」
「この水もうまい。けっこうしたろこれ。健康のためにはいろいろ水にはこだわった方がいいらしいよ。使い方教えて。
 するとおふくろは満足げにあれこれと俺に教えてきた。
全て俺の責任だ。おふくろを一人残して長い間留守にした俺の責任なんだ。詐欺だと分からないようにそう言ったんだ。
それでよかったんたろ。
これも優しさと思ってるよ。


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