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「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」を会場で100倍楽しむための解説ガイド

はじめに


本展を楽しむための
徹底ガイドを書きました
11月28日(日)まで、東京国立博物館の表慶館で行われている「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」。会期まで残り少なくなったこのタイミングで、そしてNHKのEテレの番組「日曜美術館」のアートシーンで取り上げられたのを期に、「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」を会場で100倍楽しむための解説ガイドを、本展のクリエイティブディレクター・本信光理が投稿したいと思います。

これはネタバレ記事なのか?
ここから先、展覧会の中身を詳しく紹介しながら、楽しみ方の一例を紹介していきます。となると、「まだ展示を見てない人にとってはネタバレになるのでは?」と思われる方もいるかもしれません。

でも、大丈夫です。
本展は会場に訪れ、日本美術(高精細複製品)と、それに対応する映像インスタレーションを実際に体験しないと、そのおもしろさは伝わらない展示だと考えます。ですので遠慮なく事前にお読み頂ければと思います。もちろん、スマホ片手に実際の展示を見ながら読んでいただいてもかまいません。またすでに展示をご覧になった方は、こういう解釈があったのか、と楽しんで頂ければ幸いです。

なお、ここでは主に展示されている映像表現が、日本美術とどう結びついているかを造形的な側面から解説しています。歴史的な文脈やそのほかの情報はぜひ会場で販売している図録を御覧ください!

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前置きが長くなりました。それでは、展示ひとつひとつ楽しみ方を紹介していきたいと思います。

※本テキストは、企画者の松嶋雅人氏(東京国立博物館)が執筆された展覧会図録や、映像制作のための松嶋氏への取材時のインタビューなどを参考にしつつ、東京国立博物館の監修を受けて作成しました。

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[01] 花下遊楽図屛風

ポイント:日本美術の遠近表現

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花下遊楽図屛風(かかゆうらくずびょうぶ)
狩野長信(かのうながのぶ) 筆

パッと見て何が描かれているのか分かる?
この絵は、幕が張り巡らされた寺院の中で、宴が催されている様子が描かれています。季節は春です。
とても楽しそうですね。

……と紹介しつつも、この絵のことを知っていたり、日本美術に知見がある人以外はパッと見では、どのようなことが描かれているのか、さらには楽しそうな絵かどうかなどはなかなか伝わらないかもしれません。
それはそうでしょう。この絵が描かれたのは17世紀。数百年後の現代を生きる私たちからすると、当時は可能だった「絵の読み解き方」が失われているからです。

例えば下の拡大部分で描かれている人たちは、何をしているところなのかわかりますか?

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これは踊っているところなんです(ちなみに、風流踊という鐘や太鼓を鳴らして、いろんな仮装をした女性たちと、阿国歌舞伎をまねた男装の女性たちが、踊っている様子が描かれています)。それがなぜ分かるかというと、この腰のひねり方、足の裏が見えるポーズなどが当時の「踊っている」という絵の記号だからです。いまの感覚だと、「踊っている」というのは少し分かりづらいかもしれません。

三味線を弾いている人もいます。さらには手を叩いている人もいて、眺めているとその当時の音楽が聴こえてきそうです。

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上には八重桜も咲いていますね。なぜ桜だと分かるか。
当時はこのような白い花が群生している様子が描かれていたら、それは桜だと認識されました。これも「記号性」の強いモチーフだったと言えるでしょう。桜は当時、華やかなイメージが強くありました。

遠近表現も大胆に描かれていた
この絵を理解する上で、日本絵画の基本「右から左へと見ていく」(季節や時間、ストーリーが右から左へ流れていくからです)と一番右側に描かれているのは……

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幕の間から、「お酒など足りなくないかな?」と中の様子をうかがっている侍女です。

鑑賞者は、自然とこの侍女からの視点で絵を眺めることになります。そのようにして絵を見ると、右隻よりも左隻の人のほうがやや小さめに描かれているのが分かります。

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この人物の大小で、遠近感、奥行きのある風景が表現されている。日本美術にも、遠近表現があるということに驚く人もいるのではないでしょうか。

ここまでの話をまとめると、この絵は「華やかな桜の樹があり、そこで音楽が奏でられ、人々が踊る様子が、右側の侍女の視点から遠近感を持って描かれている」という内容となります。

映像インスタレーションで表現されているもの
説明がずいぶんと長くなってしまいましたが、こういったことが絵に表現されていると、すぐに理解できる人は多くはないと思われます。

でも、「日本美術を鑑賞する楽しさ、奥深さを知ってもらいたい!」というのが本展の意図の一つであり、絵に内包された「表現」をダイレクトに感じてもらうために作り上げられたのが、本展の映像インスタレーションです!

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本展の来場者は、スリットカーテン越しに、華やかな音楽で舞い踊る齋藤飛鳥さん(乃木坂46)をまず鑑賞することになります。その手前のスリットカーテンには、お茶を楽しむ齋藤飛鳥さんが。奥と手前にレイヤー上に映し出された映像、そこに描かれた楽しいシチュエーション。そう、ここには「花下遊楽図屛風」に描かれていたものが、説明抜きで体感で伝わるように映像インスタレーションとして表現されているのです。

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それを理解した上で、改めて「花下遊楽図屛風」を眺めると、見え方がガラリと変わるはずです!  絵から音楽が聴こえ、人々が踊り出す。止まっていた絵が、いきいき動き出す。そんな感覚が得られるのではないでしょうか。

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[02] 焔

ポイント:妖しい美

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焔(ほのお)
上村松園(うえむらしょうえん) 筆

この絵の造形的な特徴
ここまでの説明で、本展の日本美術と映像インスタレーションの結びつき、その楽しみ方はご理解いただけたのではないでしょうか。以下は、それを前提に説明を行っていきたいと思います。

この絵に描かれているのは、『源氏物語』に登場する六条御息所です。光源氏に思いを寄せるあまり、生霊になってしまった女性です。そのような、ちょっと怖いモチーフが描かれています。

そんな「怖い」モチーフが、生命感にあふれたさまざまな「曲線」で描かれているのがこの絵の独創的なところです。
着物の柄でまず目にとまるのが、紫と黄色の藤の花。そして蜘蛛の巣。両方とも曲線が意識された造形が印象的です。さらに流れる滝のように描かれた髪の毛。そしてねじるように描かれた身体。いくつもの「曲線」が重なり、この絵は表現されています。

映像インスタレーションで表現されているもの
この「焔」に対応する映像は、遠藤さくらさん(乃木坂46)がパフォーマンスしています。激しく踊る彼女がまとっている衣装、振り乱された髪の毛の動きはグラフィカルで、絵に描かれた「曲線」と相似形をなしているようです。

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遠藤さんのパフォーマンスからは、生霊/幽霊としての六条御息所が宿ったかのような怖さを感じます。ただし、それがどこかJホラー映画のような、現代的な「怖さ」にまとめ上げられています。

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「焔」と遠藤さんがパフォーマンスする映像は、廊下状の空間に向き合うように設置されています。ぜひ、その廊下状の空間で振り返ったりしながら、両方をお楽しみください。

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[03] 夏秋草図屛風

ポイント:切り取られた瞬間

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夏秋草図屛風(なつあきくさずびょうぶ)
酒井抱一(さかいほういつ) 筆

雨が降った瞬間を切り取った、その斬新さ
この「夏秋草図屛風」の右隻に表現されているのは、「雨が降った瞬間」です。
といっても、日本美術を見慣れている人でないと、それを読み取れる人は多くはないかもしれません。

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どこからそれを読み取れるのか。よく見ると、右隻に描かれた夏の花・百合が下向きにしなだれているのが分かります。これは、にわか雨に打たれている様子が表現されているのです。雨が降る描写そのものが描かれていないので、いまの人が見るとそうとは理解できないかもしれません。しかし、右上を見てください。これは小川ではありません。強いにわか雨で現れた水たまりです。昔は道の排水も悪かったのでしょう、雨が降ると水がたまりそれが流れていく様子が見られました。

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風が吹いた瞬間をとらえる

左隻に表現されているのは、「風が吹いた瞬間」です。
それは巻き上がった秋草で表現されています。強い風で植物がたなびき、赤く色づいた葉が飛んでいっています。

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屛風はもともと、右から左へと季節の移り変わりがゆったりと描かれることが多かったとのこと。この絵も右隻は夏、左隻は秋の植物が描かれていますが、それらが短い時間を切り取った「瞬間」として表現されています。江戸後期のこの絵は、「瞬間を切り取った表現」として、驚くほど斬新に受け取られていたかもしれません。どれだけの驚きがあったのか。それは、現代のようにさまざまな映像、写真があふれる時代では感覚的に理解し得ないのではないでしょうか。

風神雷神図屏風の裏側に描かれた意味
また、この「夏秋草図屛風」は尾形光琳「風神雷神図屏風」の裏側に描かれました。光琳がそれを描いた約100年後のことです。風神の裏に「風が吹いた瞬間」が、雷神の裏に「雨が降った瞬間」が描かれています。時を超えた、そんなコラボレーションも、この絵のポイントの一つでしょう。

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映像インスタレーションで表現されているもの
右側のスクリーンには久保史緒里さん(乃木坂46)のパフォーマンスにより「雨」が、左側のスクリーンには山下美月さん(乃木坂46)のパフォーマンスにより「風」が表現されています。これらはハイスピードカメラで撮影され、瞬間が引き伸ばされたような映像となっている。

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さらにその映像は彼女たちを2台のカメラで同時に両面から撮影されており、映像編集によってそれらがシャッター音と同期するように、表・裏・表・裏……と切り替わっていきます。

「夏秋草図屏風」の絵に描かれた瞬間性、そして屛風の表と裏の両方に絵が描かれた意味。それらが映像インスタレーションによって表現されています。

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[04] 秋草図屛風

ポイント:ループ構造

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秋草図屛風(あきくさずびょうぶ)
俵屋宗雪(たわらやそうせつ) 筆

左右入れ替え可能な屛風
屛風は通常、右隻から左隻に向かって季節の経過などが表現されていることが多く、また純粋に「絵」としてのつながりという面でも、右隻と左隻を入れ替えて飾ることは出来ません。ですが、そういったルールにとらわれない屛風もあります。

この「秋草図屛風」は右隻から左隻に向かって時間の経過などは表現されていません。また、純粋に絵/グラフィック的に見るならば、草花が右隻、左隻を入れ替えても成立するような描かれ方がされています。

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草花の背景に描かれた高低差のある稜線が、右隻と左隻を入れ替えてもきれいに繋がるような形状をしています。つまり左右を入れ違えても繋がる構造を持っているんです。現代的な言葉で表現するならば、ループ構造、と言えるのではないでしょうか。

映像インスタレーションで表現されているもの
「秋草図屛風」に対応する映像インスタレーションは2つの要素によって成立しています。一つは生田絵梨花さん(乃木坂46)のパフォーマンス。寝転んでいるところから上半身だけ起き上がり、手を差し出したあと、そのまま倒れる。そしてまた起き上がり……。一連の動きが繰り返されるというループ的なものとなっています。
もう一つの要素が「秋草図屛風」。縦に12等分され、左右が入れ替わったり、部分的に表示されます。

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この2つの要素が、見るたびに異なる組み合わせで重なり合って再生されるのです。この組み合わせは完全にランダムになっており、プログラミングによって自動生成されるというもの。その組み合わせの数は46パターンあります。絵が持っているループ構造を表現しつつ、そのときにしか出会えない一回性をも内包した映像インスタレーションと言えるでしょう。

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[05] 見返り美人図

ポイント:秘められた風景

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見返り美人図(みかえりびじんず)
菱川師宣(ひしかわもろのぶ) 筆

定番モチーフとしての見返り美人
歩いている女性が、ふと足をとめて振り返っている様子が描かれた菱川師宣の「見返り美人図」。無背景で表現されたシンブルなものですが、こういった庶民を描いた絵はもともと当時の風俗を伝えるべく、複数の人々が、背景の風景も含めて描かれていました。

その中でも人気を集めたのが、気になる男性が後ろにいて、振り返って視線を向けている若い女性。この「見返り美人図」は、そういったある種定型化された見返りポーズの女性像がピックアップされ、背景も他の人々も省略し、独立した絵として表現されたと考えられます。
つまり、当時この「見返り美人図」は、切り取られる前の背景も、周りにいた人々もどこか鑑賞者に感じられつつ、独立した美人像として見て楽しまれていたのではないでしょうか。

映像インスタレーションで表現されているもの
「見返り美人図」と対応する映像インスタレーションは、5台の大型ディスプレイが用いられています。一番奥のディスプレイに登場するのが、賀喜遥香さん(乃木坂46)。彼女は走り、やがて歩みをとめ、何かを感じて振り返ります。そのディスプレイを中心に、手前に向かって取り囲むように4台のディスプレイが並ぶ。これらにはさまざまな風景が入れ替わり現れます。

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一番奥の賀喜さんが表示されたディスプレイだけを切り取って見ることも出来るし、風景が表現された周りのディスプレイとともにその全体像を眺めることも出来る。「見返り美人図」が描かれた当時の人々は、この絵をまさにそのように見ていたのではないでしょうか。

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[06] 四季花鳥図屛風

ポイント:時間のジオラマ化

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四季花鳥図屛風(しきかちょうずびょうぶ)
伝 雪舟等楊(せっしゅうとうよう) 筆

屛風を所有する=時間を支配する
「四季花鳥図屏風」は、右から左へと春・夏・秋・冬の四季の移り変わりが描かれています。
このように一つの作品の中に四季を集める絵画は、もともと中国の皇帝や貴人の墓などの壁画に見られたといいます。四季を一つの場所に集めることは、「時間を支配する」ことそのもの。そのような絵を所有することがどれだけ特別なことであったか、想像に難くありません。ひょっとして時間を、世界を所有したような気持ちになれたのかもしれませんね。

映像インスタレーションで表現されているもの
移り変わる季節が描かれた「四季花鳥図屏風」。季節=時間を絵の中に閉じ込め、それを所有することは、現代では季節を表現した精巧なジオラマを所有する感覚に近かったのではないでしょうか。ここでは、ソニー製の裸眼で3D視できる特殊なディスプレイを12台使用し並べました。

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そこにさまざまなシチュエーションで移り変わる季節を順に表現し、星野みなみさん(乃木坂46)と与田祐希さん(乃木坂46)が遊ぶ3D映像のミニジオラマを作り上げました。まさに現代版「四季花鳥図屏風」と言えるのではないでしょうか。

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[07] 振袖 白縮緬地梅樹衝立鷹模様

ポイント:シュールなだまし絵

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振袖 白縮緬地梅樹衝立鷹模様
(ふりそで しろちりめんじばいじゅついたてたかもよう)

驚くべき発想のだまし絵
友禅染による江戸時代中期の振り袖。この振り袖に描かれている絵が非常にユニーク。鷹が留まっている衝立がいくつも描かれています。その衝立に描かれているのが梅の木です。この梅の木をよく見てください。衝立の中の梅の幹がすべてつながっていて、まるで一本の木のように見えます。衝立が窓のようになり、その向こうに空間が広がっていてそこに一本の梅の木が立っている。そんなだまし絵のような表現になっているのです。江戸時代の人々も実に想像力が豊かだったことを思いしらされます。

映像インスタレーションで表現されているもの
この映像インスタレーションでは、空間を取り囲むように大小のディスプレイを並べています。

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そのディスプレイの映像は、見ているとなにか大きなモチーフの部分部分だけが映し出されているように感じるかもしれません。しかしもう少し大きい視野で見ると、それぞれのディスプレイをまたぐようにすべてが連なっていることにやがて気づくでしょう。それは、涅槃像のように横たわる梅澤美波さん(乃木坂46)だったり、分裂して踊る梅澤さんだったり。

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「振袖 白縮緬地梅樹衝立鷹模様」の絵が、映像へと、そして空間へと拡張したような、シュールで不思議な体験がそこにはあります。

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まとめ

最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
いかがでしたでしょうか? より奥深く、本展を楽しんで見るための補助線になりましたら幸いです。

ただし、このテキストは「必ずこのような視点で見ないとダメ」というようなものではございません。ご覧になった方なりの解釈で映像インスタレーションを体験して頂ければとも思いますし、なによりこのテキストを書いている展覧会の構成を考えた自分でさえ、実は映像ディレクターの方に、日本美術のそれぞれの作品をどう解釈して映像を作っていただいたか、細かくは聞いていません。ですので、本テキストは自分の解釈も多分に含みつつ、それをお伝えしています。

ぜひ、みなさまも自由に展示をお楽しみ頂ければと思っております。




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