見出し画像

尿管結石と僕

「なんじゃこりゃぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!」

10年前の秋、僕は朝イチのトイレでマジでこのくらいのボリュームで叫んだ。真っ赤に染まる便器を見て、僕は青ざめて、そして死期を悟った。

人生で始めての血尿。ほとんど血液がそのまま出てきちゃっているんじゃないだろうかと思うくらいに真っ赤に染まったおしっこ。冗談抜きでビビる。真紅の尿。まさに読んで時の如く【血尿】である。

これ絶対に死ぬ前触れじゃん

心当たりはめちゃくちゃあった。その頃、なんやかんやでかなりの借金をした僕は返済のために月500時間労働をしていた。バイトは3つ掛け持ちしながらほとんど寝ずに働いていた。最初こそキツいなと思いながら仕事をしていたが、人間とは不思議なもので3ヶ月もすると、その働き方にも慣れて、むしろナチュラルハイみたいな状態になる。

バイトの4連勤はキツいが20連勤になるとむしろ楽になってきたりするのを経験した人も多いと思うが、何連勤したか忘れるくらい働いていると、むしろ楽になってくるのだ。

血尿が出たのはそんな生活を始めて半年が経った頃だった。きっと体は悲鳴を上げていたんだと思う。

すぐさま病院にいって検査をうけた。

レントゲンを見ながら医者はこう告げた。

「あ〜これは尿管結石症ですね〜」

尿管結石

聞いたことはある。めっちゃくちゃ痛くて有名なやつだ。
レントゲン画像を見ながら医者が丁寧に説明してくれる。

「ここ見てください、小さな石みたいのありますよね?この細くて長い尿管というところで詰まってるんですよ。下に転がって落ちるときに石が尿管を傷つけて血尿が出るんです」

ほほう。たしかに小さな石らしきものが見える。

尿管というのは、腎臓で作ったおしっこを膀胱へと流す細い管である。食生活偏りなどで尿酸値が高かったり、水分の摂取不足だったり原因はいろいろだが、腎臓で結石ができて、それが尿管にコロンと落ちると尿管結石症になる。

血尿の原因はわかった。
さてどうやって治療するのだろうか?
石を取り除く手術をするのか、はたまた石を溶かす薬があるのか、そんなことを期待していると医者はこういった。

医者「水をたくさん飲んで、ジャンプしてください」

僕「はい?????」

医療が進んだこの現代において、こんなことがあるのだろうか。水を飲みそして跳ねる。尿管結石の治療は原始の時代から止まっているのだろうか。

ジャンプしても落ちてこないような大きい結石に関しては衝撃波で砕く【体外衝撃波結石破砕術】というイカつい名前の手術もあるのだが、僕の石はそこまで大きくもないらしい。水を飲んで飛び跳ねていれば自然に出てくるとのことだった。

幸い、僕の症状は血尿のみで特に痛みもなかった。尿管結石は死ぬ病気ではないとのことなので、家に帰って水を飲んでジャンプすることにした。一応痛みが出たときのために痛み止めの薬をもらってその日は家に帰った。

命に別状はないと説明されて安堵した僕だったが、そこから地獄の日々が始まるとは想像もしていなかった。

次の日、シフトに穴をあけることもできないのでパチンコ屋のバイトに出勤した。店長は「尿管結石ってあの痛いやつでしょ?」と心配してくれたが、血尿以外は健康だったので「全然大丈夫です!」と元気よく答えてホールを周った。

「なんかおかしいな」と思ったのは昼過ぎのことだった、どうも腰が痛い。パチ屋の店員はパチンコ玉が詰まったドル箱を何箱も持ち上げて運んでいるので結構腰を痛める。僕は腰を痛めたことはなかったけど、「ちょっと体が弱っているのかな〜」と腰をかばいながら仕事をしていた。

しかし腰の痛みはどんどん悪化していく、「あれ?もしかしてギックリ腰かな?」そんなことが頭をよぎる。ストレッチをしたりしても一向に良くならない。完全に腰痛ではない。きっと尿管結石の痛みだ。その痛みはいよいよ我慢できないくらいになり、立っていることもできなくなったので、朦朧としながらインカムで休憩をもらい、スタッフルームに戻ると僕の顔を見た店長が「今すぐ早退しろ」といった。

鏡を見ると僕の顔は真っ青で、脂汗でぐしゃぐしゃになっていた。休憩室の隅っこでうずくまりながら、今までに経験したことがない痛みに襲われていた。痛すぎて吐きそうになるのだが出るものない。右腰には絶え間ない激痛が走っている。痛みのブラックホールがあるみたいだ。痛みの質量はどんどん圧縮されていき、僕の存在を【痛み】で飲み込んでしまう。そして意識がだんだん遠くなっていく。

僕は生まれて始めて痛みで気絶をした。

どのくらい意識がなくなっていたのだろうか。目を覚ますと痛みは引いていた。冷や汗を掻きすぎて服がぐっしょりと濡れている。店長に言われるがまま早退をして、その足ですぐさま昨日の病院にいった。

痛みで気絶したことを医者に伝えると「うわぁ〜来ちゃいましたか、キツいですよね〜、あ!でも死なないから大丈夫ですよ」と慰めてくれた。
いや、全然慰めになっていない。これから僕は石が体内から排出されるまでに、あの痛みのブラックホールを何回も耐えなくてはいけないのだ。

そしてこの石を出すためには僕は何リットルの水を飲み、何回ジャンプしなくてはいけないのだろうか。

その日から僕と尿管結石の戦いの日々が始まる。

僕は仕事をしながらとにかく水を飲み、ジャンプをした。仕事が終わったら近くの公園で2リットルのペットボトルをガブガブ飲みながら、縄跳びをひたすら飛んだ。

尿管結石はギザギザとした石である。コロコロと可愛くは落っこちてはこない。細い尿管を引っかかりながら落ちてきて、時々おしっこの道を塞ぐ。結石に塞がれて行き場のなくなった尿は腎臓に貯まりパンパンに膨らんでいく。耐え難い激痛はこのときに引き起こされる。

僕の場合は右側の尿管に石が落ちたのだが、痛みの発作が起こったときは、肉眼でもわかるくらいに右側の腎臓部分(腰のやや上の辺り)が膨らんだ。

尿管結石症は三大激痛と言われているが、その痛みは筆舌に尽くし難いものがある。よく痛みで引き合いに出されるのが出産の痛みだが、出産と尿管結石をどっちも経験済みの友達に話を聞いたら「おんなじくらいの痛みだった」と感想を述べていた。

不意にやってくる、出産と同等の痛みに怯えながら、僕は生活をしていた。仕事中も、寝ているときも、痛みはお構いなしにやってくる。いつ終わるかもわからない戦い。

尿管の長さは28cm。4mm弱の結石がゆっくりゆっくりと時間を掛けて落ちてくる。28cmという距離が永遠(とわ)に思えてくる。

痛みで何度気を失ったかもわからない、
何ガロンの水を飲んだかもわからない、
公園の地面がえぐれるくらいに縄跳びもした。

2週間、僕は尿管結石と戦った。

ある日の朝だった、おしっこをしていると何かがポロッと出てきた。その石は赤茶色をしていてトゲトゲとしていた。大きさは4mm程度で気づかずに流してしまいそうなくらいに小さい。

これが僕を苦しめてきた張本人である尿管結石である。憎くてたまらないが、お前が出てくるのを心待ちにしていた。僕を出てき結石と感動の対面をしたのであった。

「ずっと会いたかったよ」

これが最初の尿管結石体験でした。

このあと僕は約2年おきに(計3回)尿管結石と戦うことになるのだが、このときの僕はそんなことは知らない。石が出てきたことに歓喜していた。

体質などもあるが、尿管結石症は食生活などに気をつけていないと再発率がとても高い病気でもある。

二年前に3回目の尿管結石になったときに医者はこういった。

「腎臓に4つ石がスタンバってますね」

なにかの拍子で落っこちてきたら僕は終わる。

これ以上、石を作らないように僕は日々の食生活を気をつけて生きている。

サポートしてくれたお金は誰が困っている人の為に寄付します。