伊藤忠のしたたかな「半人前」執行役員制度
こんにちは。八重洲リーマンです。
2024年1月18日に、伊藤忠の執行役員制度の変更が発表されました。この時期は上場企業の翌年度の人事が刷新されるタイミングですので、特段珍しい発表ではないと思い、はじめは斜め読みしていました。
https://www.itochu.co.jp/ja/ir/news/2024/__icsFiles/afieldfile/2024/01/18/ITC20240118_J.pdf
然し乍プレスリリースを読み進めていると、何点か気になるポイントがありましたので、自分なりの理解・解説を以下の通り記したいと思います。
1.新制度概要
新制度は主に2つの制度からなります。 一つは、上席執行理事という役職の新設であり、二つ目は女性執行役員の新たな登用制度です。
二つの異なる制度ですが、よくよく調べてみると密接に関連していることが分かります。
⑴上席執行理事制度
この制度は執行役員(但し常務・専務等の役付執行役員やカンパニープレジデント等の重要役職者を除く)の在任期間を2年間に限定し、2年経過後、執行役員は理事若しくは上席執行理事のどちらかに就任することになります。
理事は、いわゆる「あがり」の役職です。
上席執行理事は執行役員の上級の役職(昇格)になります。
つまり今後の伊藤忠のヒエラルキーは、以下の通りになります。
⑵女性執行役員制度
この制度は、既存の執行役員制度とは別枠で「女性執行役員」枠を新設することになっています。
枠の上限等は現時点で明記はありませんが、ひとまず「5名」が2024年4月から新任執行役員に任命される予定です。
この制度が「今後も続く」とはどこにも記載されていない為、1回きりの制度になる可能性もありますが、後述する「新制度の背景」を踏まえると継続する蓋然性が極めて高いと考えています。
よって、執行役員2年任期制度と併せると、少なくとも2年に1度新たな女性執行役員が5名ずつ誕生する計算になります(勿論1年で退任し、交代するケースもあり得ます)。
また非常に興味深いポイントは、上図アンダーラインにある通り、女性執行役員は「全社的経営に関わる経験を積む機会を特別に付与」されていると明記されている点です。
私はこの文章に強烈な違和感を感じました。
あくまでも執行役員は会社法上の役員ではないとは言え、各企業の最上級管理職のはずです。本来的には経営に携わっている方々です。
そんな重役に対して、いくら身内と言えど「経営に関わる経験を積む機会を特別に付与」すると、しかも公然と言い放つのは、裏を返せば伊藤忠の執行役員は「見習い」・「半人前」であると、プレスリリースで自ら発表している様なものです。
2.新制度の背景
政府が2023年12月25日の男女共同参画会議で、東証プライム上場企業の女性役員比率を2025年にまでに19%、2030年までに30%以上を目標に掲げました。
これに伊藤忠が競合商社や大手企業に先んじて、即座に反応した形になります。
下図の通り、本件後、伊藤忠の女性役員比率は21%(2024年6末予定)に到達することになるので中間目標を1年前倒しで達成する優等生振りです。
3.伊藤忠の狙い
なるべく分かりやすく説明する為に
これまで述べた伊藤忠の制度を思いっきり嚙み砕くと、
政府の要望に応えて女性執行役員の数は増やすよ
でもうちの執行役員は「半人前」だから更に選抜して、「一人前」になったら昇格して「上席理事」になるよ
でも上席「理事」だから役割は実質、執行役員だとしても、執行役員カウントしませんよ
執行役員が「一人前」の上席理事やそれ以上の役職につけるかは、本人の実力次第だから、万が一その役職が全部男性になっても(もちろんそこは平等公平に検討するが)、女性役員比率は守っているから口は出さないでね
というロジックです。
あくまでも私見ですが恐らく伊藤忠は、
そもそもこの目標自体本質的ではない、形式的な要請だと思っている
政府の要請に応じ男女平等・機会均等を追求するあまり、女性執行役員比率を無理やり引上げた結果、逆の意味での男女不平等や機会不均等が生じるのを避けたい
そもそも執行役員の域に達していない人材を無理やり登用せざるを得ない状況に陥り、会社が最悪傾いたり、社内のモチベーション低下等の混乱が発生するのを避けたい
政府や制度に対して、「我々はこの形式的な制度や目標を達成する為に、社内の執行役員制度を改悪し、見習いや半人前でも執行役員として登用して、執行役員制度を形骸化せざるを得なかったのです。形式的にせよ人数目標は達成してますし、他社に先駆けて取り組んだので間違っても文句は言わないで下さいね。他社もうちを見習う可能性もありますよ」とのメッセージを表明したい
4.私の意見
さすが伊藤忠。したたかな会社だなと素直に感じました。
ルールは完全に、しかも他社に先駆けて守っていますが、あくまでも形式的な対応に終始しています。
盲目的にお上に従うだけではなく、自社の信念や想い、考えを貫いた上で制度に落とし込み、誰よりも早く適用している所に、会社としての強さを感じます。
しかしながら、いくら制度自体に不満があるとは言え、自社の執行役員に対して「全社的経営に関わる経験を積む機会を特別に付与し」は言い過ぎだと思います。
執行役員に対しても、執行役員に業務執行を委任している株主に対してもややリスペクトが足りていないように感じます。
真の意味で多様性を理解していれば、このようなコメントは出さなかったであろうと思います。
いずれにせよ、確実に他社は伊藤忠に追随すると思われますので、この様な形式的な(骨抜きとなっている)対応に対して、今後政府がどの様なレスポンスを取るのかは、見守りたいと思います。