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ポケットいっぱいの夜になったら

やらかした。

私が一年半に渡り聴き続けているラジオの主が、やらかした。

粗品とせいやからなるお笑いコンビ、霜降り明星。そのボケ担当、せいやの事だ。

元々せいやは男女関係がうまくいかないことを度々テレビ・ラジオのエピソードトークや相方含む芸人仲間の暴露などで公表していた(されていた)し、私も「まあ遅かれ早かれなんらかで報道されちゃうだろうな」と思っていたので、去年の秋ごろ、先にそういう報道をされたのが粗品だったことに少し驚いたくらいだ。

でも実際に報道されてみると想像以上に生々しいというか、それなりにエグめのネタだった事に少々面食らってしまった。

なんせ自慰行為の画像が流出したのである。
男女関係のスキャンダルというのは芸能界にはつきもので、今年だけでも既に大きいのから小さいの、ドロドロのものからパッと見ハッピーそうなものまで大量に報じられている。

しかし、ぼかしがあるとはいえ自慰をしている姿が正式に流出した芸能人は恐らくせいやが史上初なんじゃないだろうか。少なくとも国内では聞いた事がない。

相手の女性を責める向きもあるが(自分も記事を読んで「やってんなあこの女」とは思ったし、なかなかに良い根性をしていると思う)、若手芸人をくくる「第七世代」という言葉の大将ともいえる霜降り明星のせいやがこのような形で女性と接触してしまい、あまつさえ行為の写真がその相手の手によって流出したという事実には変わりがない。そこはせいやも迂闊だなあと思う。

あまつさえ直前に大先輩芸人のスキャンダルがあったばかりだ。私はスキャンダルが出た翌日深夜のオールナイトニッポン0でいったい何を語るのか、ラジオのファンとしての期待と、ほんの少しの野次馬根性を胸にその時間を待った。

ここしばらく、やらかした芸人を相方が公開説教するというのが定番の流れになっている。私も「まあ凹んでそうなせいやを粗品が突っ込んで、リスナーたちがメールで弄る流れになるんだろうなあ」くらいの感じでいた。

深夜3時、聴こえてきたのは「時刻は深夜3時になりました。三四郎のお二人お疲れ様でした」という粗品の声……

ではなく、アグネス・チャンの楽曲「ポケットいっぱいの秘密」のイントロに向けた

「『ぷっぷっぷっぷ~ん♪』ちゃうねん!!」

という粗品の怒鳴りと

「ポケットいっぱいの秘密♪のコーナー!!」

せいやのテンションの高いコーナーコールだった。

ご存知のない方に説明すると、「ポケットいっぱいの秘密♪のコーナー」というのは、前述したアグネス・チャン(せいやが学生時代ファンクラブに入っていたほどファンなのだ)の「ポケットいっぱいの秘密」という楽曲に乗せてせいやがリスナーから送られてきた秘密を紹介する、番組開始当初から存在する名物コーナーである。
しかし「秘密」というテーマは番組のかなり早い段階で無視されるようになり、リスナーから送られてくるメールは徐々に奇怪な言葉の羅列へと変貌。それをせいやがありったけのテンションと奇声、時にはラジオだけでは絶対に伝わらない身振り手振りを駆使しながら読み上げ聴いたものの脳みそをとろかしていくという、「合法的なトビ方を心得」たようなコーナーになった。

あまりの無秩序ぶりにこのコーナーの間せいやはクレイジーマンという別人格が現れ、正気に戻ったときには記憶を失っているという設定が付与されている。

でも、おかしい。

「ポケットいっぱいの秘密♪のコーナー」通称「ぽけひみ」は番組の終盤、二人のトークや質の高いネタメールを1時間45分聞き続けた後にせいやがリミッターを外すカタルシスを感じるコーナーであり、番組の前半、ましてやオープニングから始まるなんて事は想定していない。

リスナーの戸惑いをよそに、ニッポン放送のブースでせいやはいつもの調子で次々とメールを読み上げている。

大多数の人間が知らないような豆知識を「知っとるわ!!」と一喝し、いきなり『いい湯だな』をフルバージョンで歌ったかと思うと、ドリフターズじゃなくてデューク・エイセスの方(実はドリフの歌はカバーソングだそう)を歌っていましたと、豊富な昭和知識を生かした誰もわからないボケを繰り返す。

「今日はしょっぱなから飛ばしてんなー」と思いつつ、ふと気づく。

あれ、ぽけひみ、もう10分くらいやってないか?

「ぽけひみ」は『ポケットいっぱいの秘密』の曲が流れ終わるまでのコーナーであり、せいぜい楽曲の長さは5分ほどのはずである。

ところがアグネスの曲はいつまで経っても終わる気配がなく、せいやは変わらぬテンションでわめき続けているし、粗品は呆れながらのツッコミを続けている。

もしかして……いや、これはこの流れで何かの謝罪もしくは弁明が行われる前フリなんだろう。そう思っていた。

そうこうしているうちにオールナイトではおなじみの星野源作曲のジングルとフィラー音楽が流れた。
この時点で「ぽけひみ」の尺では破格の20分が経っていた。

CMが開けたら「改めまして霜降り明星の粗品です」「せいやです」という声から始まると信じていた。

そしてメールのあて先を紹介するジングルが終わり、番組本編が再開すると

「『ぷっぷっぷっぷ~ん♪』やないねん!!」

再び聞こえてきたのは番組冒頭とほぼ同じ粗品の怒鳴りと、アグネスの曲だった。

そう、せいやはこの日、「ポケットいっぱいの秘密♪のコーナー」を2時間にわたりやり続けたのだ。

自らのスキャンダルには一切触れず、ましてや謝罪も弁明もしらを切りとおしたトークも行わず、2時間の間せいやはただひたすらに別人格の「クレイジーマン」としてボケ続けた。鎮座DOPENESSを憑依させ、安田記念を口で完コピし、武田鉄矢になりきり、財前直見をループさせ、伝説の笑っていいとも!の最終回を10分以上の時間をかけてカメラ割りまで完全再現していた。

そして粗品も、「あの件の話をしろ!」というようなことは一切口に出さず、ただただ「ぽけひみ」の乱打に気が狂いそうになりながらツッコミを入れ続け、時にはせいやのフリに乗り続ける最高の相方と化していた。

その間、BGMはずっと「ポケットいっぱいの秘密」

番組中に挟まれる楽曲も「ポケットいっぱいの秘密」

挙句、「ポケットいっぱいの秘密」のフランス語版とカラオケ版まで流れる始末である。

私は笑いながら、心が熱くなっていくのを感じていた。

いつしかせいやを見る私の目はジャイアントキリング一歩手前のアスリートを見るそれになり、心の中のみならず口に出して「そのまま行け行け!」と口走っていた。

一時間以上経ってもマトモな会話がない2人。そんな2人がまともに受け答えをしたのは番組開始から一時間半ほど経った頃。

終わらないぽけひみ乱打に茶々をいれまくる粗品。突然せいやが「なんなんだよお前はずっと!」と叫んだ。

「コーナーの趣旨がずれ続けているからツッコミを入れているだけだ」と返す粗品。

せいや「俺がずれてるっていうのか?」

粗品「お前がずれてるって言うてんねん!」

せいや「じゃあ俺が小学校の時に人気もんじゃないとか、そう思ってるわけ?」

粗品「いや、正直、お前の性格とか見てたら、間違ってたらごめんやねんけど、お前小学校の時いじめられてたやろ?」

……間違いない。霜降り明星の処女作といっていい漫才の再現だ。

そして2人はラジオの会話という体で、もはやきちんと披露される事はないであろう、今とスタイルが全く違う漫才をよどみなく続ける。
今では考えづらい、ボケとツッコミが入れ替わるパートもそのまま再現し、リスナーの笑いをもぎ取っていく。

続けて2人は、吉本のオーディションに受かった時に披露した前述の漫才のみならず、今度はネタ作りが迷走し作家に酷評された「暗黒時代」を象徴するネタ「水」を披露。

そしてせいやはそのあとも『ポケットいっぱいの秘密』のカラオケ版をフリに、このラジオでのコーナー名にもなっている粗品の代表的なツッコミ「野党!」をマックス音量で引き出していた。

実はこの日、ラジオだけでは伝わらないが、霜降り明星の2人は漫才用の衣装を着て収録に臨んでいたのだ。

普段はラフな格好で収録するのが当たり前の冠ラジオで、わざわざ漫才の衣装で収録をした意味。

いちリスナーである私にはその意味をすべては図りかねるが、恐らくは相当な覚悟があったに違いない。

それを裏付けるかのように、ラジオの生放送と同時に動画配信を行うミックスチャンネルというサイトでは、普段ならそのまま放送されているCM中や楽曲オンエア中の2人の姿(素で雑談をしたり、スマホを見ていたりする)を、この日に限って白画面でいちいち隠していた。

それはきっと、「クレイジーマン」という人格のままラジオを全うしようとするせいやと、それに対応しなければならない常識人役の粗品、それらを内包した「霜降り明星」というブランドそのもの、今このラジオにかかっているすべての魔法を傷つけないように、徹底して「芸人、霜降り明星」を映し出すように、最大限気を使っているからに違いないだろう。

今日の放送を心配していたリスナーであればあるほど面白い、しかしせいやがいったいどんな弁明をするのか楽しみにしていたであろう記者……リスナーには期待はずれな放送は続き、とうとう放送時間は15分を切った。

フルスロットルでクレイジーマンを続けていたせいやは、「今までの時間は前座。ここからが本当のぽけひみだ!」と宣言し、このコーナーのみの常連メール職人「ノコササ」のメールを次々と読んでいく。
彼のメールはコーナーの最後に読まれることが恒例となっており、その内容は全く意味のない、せいやのポテンシャルに全てをゆだねた言葉の羅列である。
それをせいやが早口で読み上げることでリスナーは「ああ、今日の放送も終わったな」と実感するわけだが、この日の終盤はノコササのメールのみが何通も読まれ続けた。

それはまさに、祭りのフィナーレと呼ぶにふさわしい乱打だった。

そして最後は粗品曰く「ノコササの弟子」から来たメールをせいやが読み上げ、CMに突入した。

ああ、凄い回だった。とんでもないものを視聴してしまった。霜降り明星お疲れ様。誰もがそう思ったCM明け。

粗品「エンディングよ!?」

聴こえてきたのはいつものエンディング曲「Bittersweet samba」ではなく、本日何度聴いたのかももはや覚えていない「ポケットいっぱいの秘密」のイントロだった。

エンディングまでオープニングと全く同じ、いや、加速している速度でボケ続けるせいや。
最後に「今日のハイライト」と称して、この日の流れを安田記念の完コピにあわせて再現するせいや。
最後の力を振り絞ってカウス師匠のモノマネから武田鉄矢演じる織金こと織部金次郎のモノマネに繋げるせいや。

そして番組は粗品の「ぽけひみ勘弁してくれー!」という心の叫びで幕を閉じた。

……私は唖然としてしまっていた。それと同時に、感動を覚えていた。

くだんのスキャンダルに関して吉本は法的措置をとると明言したのもあって、きっとこの件に関して大っぴらには喋られなかったのだろう。

しらを切ってトークすることも出来たし、途中で番組を通常運行に戻す事だって出来たはずだ。

しかしせいやは、いや、霜降り明星とスタッフはそれをしなかった。

私はそこに、リスナーとラジオとの信頼関係・共犯関係を感じ取った。

私はオールナイトニッポン0は基本的に動画配信サイトのミックスチャンネル(ミクチャ)でスタジオの様子を見ながら視聴している。

ミクチャには配信サイトの例に漏れずコメント欄があり、動画にあわせてリスナーたちがコメントを残していくのだが、今日はいつもの倍以上の人数が来ていたのが見て取れた。

しかし番組が進むにつれある者は脱落し、またある者は野次馬的根性で見に来たにも関わらず二人の世界観に徐々に引き込まれていき、初めの頃は「ちゃんと喋れよ」というようなコメントが多々あったコメント欄も、気がつくと霜降りの2人を最後まで見守る意志が感じられるメッセージたちが凄い速さでスクロールされて流れていた。

ラジオでは今日の放送を編集した音源が流れている中、ブースはスタッフと出演者による拍手に包まれていた。

コメントしていた私たちも、もちろんラジオで聴いていた人たちも、多分全員がスタッフと同じ想いだっただろう。
普段は番組が終了するとすぐに閉じられる配信画面も、この日ばかりは15分近く開きっぱなしにされていた。そこには途切れる事のないリスナーからのコメント・メッセージが流れ続けていた。

番組が終わったあと、ミックスチャンネルでは3分ほどのアフタートークが配信される。すっかり燃え尽きたアフタートークで粗品は「(普段聞いてない人からすれば)おもんないラジオよなあ」と、笑い混じりに語っていた。

おもんないラジオ、謝罪でも弁明でも無視でもない、今回の件に関する最高の答えでした。

霜降り明星のお2人、お疲れ様でした。

せいや「もうでも、ポケットいっぱいの秘密……ちょっとまたやりたいな!」
粗品「やるか!」
(アフタートークより)


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