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日記/野鳥のYouTuber

4月17日

 野鳥の子育ての動画をあげている《しめさん》というYouTuberをよく観る。
 その人は、登録者数は八万人くらいで、軽井沢の別荘地に住んでいる。

 編集は見やすく、軽快なBGMに、慎ましやかなテロップ。なにより巣箱の中で頑張って子育てする野鳥はとても可愛い。
 ところが雛が死んだりする残酷な場面はカットしたりモザイクをかけている。

 自分は雛が死ぬナマの場面も見たくなる性分なので、昨夜、他の投稿者の巣作り動画も探してみた。

 ほんでこんな動画があったので観たら、これも巣箱の動画である。
 まず、オオルリが死んだ我が子を咥えている残酷な場面から始まった。

 (やっぱり無修正がええワ)と思いながら、観てたら、どこか違和感があるのだ。

 その動画は、《なぜ悲劇は起こったのか?》という物語の構成らしいが、編集が妙だ。

 青色に、黄色の縁取りの文字。否や筈、受難などの《重い》漢字。

 「なんだよ、これ。」

 外では雷が鳴り響いていた。アスファルトを憂鬱な雨が叩きつけていた。隣で眠っている妻をゆさぶり起こした。

 「単刀直入に話す。とんでもないYouTuberを見つけてしまったかも知れない。」

 僕の額を冷たい汗が流れていった。

「どういう訳? 明日も早いんだから、起こさないでよ」

 と、妻はまた夢の中へ帰ってしまった。

 (時空が歪んでるんだ)

 いてもたってもいられなくなって、オオルリの悲劇のことなど頭からぶっ飛んでしまって、怪しく光る液晶に眼を細めていた。

 その投稿者の人は、小鳥以外にも、ムササビや蝶の動画もあげているらしい。

 「っ」の位置はそこで正しいのか、それとも、正しいものなんて本当に存在するのだろうか。
 僕は気を失ないそうになりながら、ムササビの動画を観つづけた。

 『びっくりしたナ モウ!』という動画では、テロップがレーザーのように明滅しながら消えていく。

 (間違いない。これは野生のY2Kだ。しかし、まて。三波伸介のギャグなんて、Y2Kであることが許されない。)

 スマートフォンをタップする指が震えていた。人生には無数の帰還不能点(point of no return)がある。いまから思えば、この瞬間もそうだったのだろう。

 お手上げだ。これはまず意図が分からない。

 まるで博物館のブラウン管に流れ続けているVTRのようだ。

 (’19の春?まさか。)

 僕の存在そのものが大きく傾ぐ音がした。平成13年の間違いではないのか。それとも、いま本当にYouTubeを観ているのか?
 やれやれ。僕は疲れ果てた。寝ている妻を尻目に、ときおり稲光で白くなる階段を降りていった。キッチンのライトも付けないで、しばらく佇んでいた。
 もちろん頭の中では、あの動画投稿者の彼のことで一杯だった。

 「——Z世代ではないことだけは確かだ。」

 マグカップに水道水を注ぎ、一気に飲み干した。口の端から水が溢れ、それを拭いながら、僕は、僕がもう《しめさん》の動画に、二度と戻れないことを知っていた。
 次第に激しくなる雨音の中へ、青白い部屋はゆっくりと沈潜していった。

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