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日記/雑音

2月25日

 朝6時、しばらく現れなかったイタチがまた来た。天井のガサゴソ音で起きる。超高周波を食らわせた。
 漫画はアホな場面をうまく描けた。

 昨夜は突然訳の分からない文章を書いたが、なにか言おうと思っていたのは、古事記が面白いという事だった。古事記は弥生系と縄文系の物語が融合しているようで世界観が複雑で物語もすっきり進まない。おかしな所も多い。イザナギも、スサノオも、ヤマトタケルも、英雄と呼ぶには頭がおかしい気がする。正義がない感じである。そこが本当に面白い。
 今昔物語集や宇治拾遺物語も変で、やたら下品な話が多い。今昔物語集の、畑のカブでオナニーしたら、そのカブを食べた女子が妊娠した話、あれは何なんだろう。ひでえ話だ。あれが昔の日本人の実像なのかどうかは分からないが、各地の民話も調べるとあまりに阿呆な話が多すぎる。
 ところで物語論に詳しくはないが、今は世界中に波及したヒーローズ・ジャーニーの脚本術を安直に当てはめて創作しようとすると、やっぱりどこか、ほつれる部分があるのではないかと思う。日本の土壌は特殊な気もするし、近代と古代では意識がずいぶん違う。どこか納得できないような気分ではある。
 自分の感覚的にはその土地を描こうとするだけで、古墳や地蔵や、亀石でも、二上山でも、長い歴史が染み込んだ「物」が登場して、その物自体の磁場が重すぎる為に物語が傾ぐ感覚がある。ノイズがやかましくて集中できない感じというか、枝葉末節が主張してくる感じがする。それはノイズミュージックについての本を読んだら何か納得できるかも知れない。自分のやり方はノイズミュージックだと言われたことがある。
 そういうようなことを昨夜は言おうと思ったのだけど、漫画を描くときの脳みその働きは、もっと掴みどころのない訳の分からん働きなのだから、やっぱり違和感を言葉にするなら訳の分からない文章のままの方が正しい。正しいというか忠実。
 考えを伝えようとすること自体に無理はあるかもしれん。漫画家は論文を書く必要が無いのだから、読者に伝わるような文章だとやっぱりこれは途端に間違ってくる。

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