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クマのおいとま(0)

  今日の主は早朝から起きて、机いっぱいに地図を広げている。
 いつものぐで~っとした様子はなく、熱心に地図と向き合う。
 その目はキラキラとしていた。

「主、本当に山が好きなんですね」


 ずっと夢だった山小屋バイトに受かり、働きに行くのだと言っていた。
 ついでに近くの山を登れるだけ登るクマー! と息巻く姿は、やる気に満ちていた。
(心が折れて山を下りてきても許してね、ともボソボソ言ってたが……)

「こんな生き生きとした主、初めて見ました」


 無職になってから、家に籠って配信しながら編み物やゲームばかりしていたから元気になった姿を見るのは嬉しい。
 主は、本当にやりたいことに挑戦しに行くのか。
 頭の片隅で何かが零れる音がした。
 主は部屋中に広げた衣類や登山道具を四苦八苦しつつザックに詰めている。

「クマの編んだメイド服、似合ってるクマー!」
「私はメイドではないのですが……」
「もっと可愛いポーズしてクマー!」
「ご勘弁ください……」


 目覚めてからというもの、私は主の趣味を手伝ってきた。
 だいたいは編み物作品をフリマサイトに出品する際の撮影モデルだ。
 主から”お願い”されるがまま着替え、撮影ブースに立つ。編み物作品に埃がつかないように掃除したり、配信に少しだけ出演したりする。
 それ以外は『ぼー』っとしている。
 頭の片隅の音は増えていく。
 ――私のやりたいことってなんだろう。

「これはね、草津にあるジュラシックパークだよ!」
「滑らかに嘘をつかないでください」
「これは真夏の尾瀬! 木道はロマンがあるクマー!」
「美しい草原ですね。え? 違う?」
「見事な雲海ですね」
「蝶ヶ岳のテント場から撮ったんだクマー!」


 主は写真を撮ることも好きだ。
 思えば、主は好きなことが多い。やりたいこともたくさんある。
 その分、スキルが足りずに嘆いていることも多い。だが、失敗しても楽しそうだった。
 変な人(自分は”かわいいクマ”だと訂正していた)だと思っていたが、その実、私はこの人が羨ましくて仕方なかったのだろう。
 頭の片隅の音が溢れて、そのまま声に出ていた。
「私も、主みたいに……」

 主が振り返る。
 私は微笑みながら告げた。

「私、お暇をいただきます。」




※Seriaで販売されている『ドル活』シリーズ、
 10cmサイズのボディを使用して作ったカスタムドールが出てきます。

※ぐでっとクマのメルカリや動画で出てくるドールと同じ子です。

※マイペースに更新していく予定です。
 のんびりと見ていただけたら嬉しいです。


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