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クマのおいとま(2)


 主と一緒にヒスイカズラを見たあと、主には帰宅してもらった。
 これは私の”お暇”なので、主がいてはいけないのだ。
 近所の公園は広く、大温室以外にも森や花畑がある。
 少し歩けばすぐに色とりどりの花を見つけた。

「ぐるりと咲いてます」
「ピンク、白、紫、赤……カラフルですね」


 調べると、この花はリナリアといい、和名は”姫金魚草”というらしい。
 よく見れば、花の下部分がぽっこりと膨らんでいる。
 これが金魚というものの形に似ているんだろうか。
 私はまだ金魚を見たことがない。知らないことばかりだ。

「ネモフィラも一緒に咲いてますよ、差し色になってて綺麗ですね」
「こっちはネモフィラのお花畑ですね」
「同じ青でもヒスイカズラとは少し違った色合いをしています」


 ネモフィラは主から写真を見せてもらったことがあるので知っている。
 茨城の方にはネモフィラで覆われた丘があるらしい。
 そこには異星のような景色の広くて大きな砂浜や、海、遊園地までついているんだとか……。
 一日では足りないくらい広い(でも踏破したけどね!)と語る主の顔が浮かんでくる。

 この公園だって広い。
 だって、見どころはお花だけじゃない。

「日本家屋が並んだ路地ですか」
「噴水と池のある洋風の中庭ですね」
「この柵の色、ヒスイカズラに似てて好きかもしれません」
「近代風の集合住宅の外観が並んでいます、緑がいっぱい……」


 等身大の建物が並ぶが、外観ばかりで中身がない。
 街を緑で彩ることをテーマにした場所なので、中身は重要ではないのだが、あるべきものがない姿は少し怖いような気もする。
 ……主は廃墟も好きだから、こういう場所も好むだろうか。

「花壇の縁に座って休憩にしましょう」
「この場所は静かで落ち着きますね……」


 たくさん歩いて、綺麗な花をいっぱい見た。
 春の日差しを浴びて、風に吹かれて、外の空気をたくさん吸った。
 心が洗われるようだ、と人はよく口にするけど形のないものを洗うってどういうことだろう? と思っていた。
 私はまた一つ、良いことを知った。

「日本庭園の飛石を歩くのって楽しいんですね」

 今日一日、お暇をもらっていい気分転換になった。
 主が一人で山に出かけていく気持ちが少しわかった。

 主は山小屋バイトに行く。
 私はひとりで編み物作品の掃除をしたり、ぼーっとしながら、主が山から帰ってくるのを待つ。ひたすら待つ。
 
 そろそろ家に戻らなくては。
 そして、微笑みながら主に言うのだ。

「いってらっしゃいませ。お土産、楽しみにしてますよ」


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